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私の読む「源氏物語」ー75-宿木ー3-2

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 匂宮は、並々でない情愛で、中君を何とかして、是非とも世話をしようと、万事を思い定めていたけれども、彼は細かな内々のことまでは薫のように気がつかなかった。皇子として匂宮は大勢の人から大切に世話せられて、それが当たり前のように思っていたから、世の中には、思うにまかせず苦労している者が居ると言うことを、知らないのは当たり前のことである。優艶(みやびやか)に懸想だって。花の露を、何となく寒いと感ずるのを苦労と思って、賞翫して、この世をば過ごすものであると、考える身分にしては、彼は、可愛い、愛しい人と思う中君のためには、始終、必要があるその時々につけて、生活上の事までも理解して援助をするのは彼の身分から言えば、本当に世に珍しい人物と言われよう。その彼の行動を、いやもう、匂宮が暮らし向きの世話までするのは、どんなものかと、非難がましげに言う中君の乳母もいた。中君付きの童女などで、よい着物もなくて身なりの、さっぱりと綺麗でない者が、時々まじっていたりなどしているのが彼女は恥ずかしくて、二条院がそんなに立派な住居でなければ何でもないのに、二条院のように立派な住居は、却って自分に不似合で迷惑な住居であると、考えてみることもある、それ以上に最近は世間に評判の高い、六条院の六君の生活の花やかなのに比較して、また一方では、匂宮の身内が見て、見すぼらしい事であろうと、中君は気持ちが落ち着かず嘆いていたのを薫がその嘆きを救ってくれたと、親しくないような所には贈りかねる、見苦しく、たしかにごたごたしているに相違ない、贈物の心遣いの態度も中君を馬鹿にしたようなこともなく、侮るのではないと言っても贈物を、大袈裟そうに仕立てたような態度もしない。人に見咎められることもないであろうと、以前から中君は思っていた。薫は今度は、改めてまた、例の通り、見苦しくない衣裳などを調製して、さらに、中君のための小袿の生地(綾)を織らせて贈り、また、綾の材料(生絹)を女房達のために贈った。
 薫も匂宮に劣らず、露を弄んで過ごすような匂宮にも以上に大切に育てられて、傍から見ても見苦しい程まで、尊大に振舞いもし、世の中を悟りきって超然とし、高貴な気質はこの上ないのであるけれども、宇治の八宮の山荘を初めて見てから、「静寂で、心細い不如意な生活の気の毒さは、特別なことであると、気の毒に思い、それから、世間と言うものをよく見て考え、その苦しさが自分達の住む世界とは比べものにならないほど過酷なものであることを知り、深い同情の心をまでも、体験したのであった。八宮の教えは薫にとっては大きなものであったと、言っても良いであろう。
 こんな状態で、薫が、冷静に考えるように、やっぱり、是非とも中君に対して、安心な年長者として、自分は徹底しようと、薫が思うのに、やはり色情は篩い落とすことが出来ず、中君が気になって薫は文を以前よりは事細かに書き、時には、こらえ切れない自分の懸想心を見せながら、中君に文で言うのに対して、中君は、更に又堪え難くつらい事の加わってしまった身である
と嘆くのであった。薫が全然知らない人であれば、気違い者とはねつけてしまえば済むのであるが、薫を昔から頼もしい人として頼りにしてきたのに、今になって絶交するとは人目には悪く映るであろう。懸想してくるのは相当につらく困るけれども、軽い気持ちではない薫の心、慕われる気持ちを自分は分からないわけではない。そう分かっていて自分が、薫と心が通じ合っているような風に応待するような事も、全く、慎しむ事であり、どうすればいいのかと、彼女も心が迷ってしまう。側にいる女房も多少とも、相談に乗るに価する者であろうと思うが、若い者はすべて薫の世話で採用した者でどうも相談がしにくい、心やすく話せる女房は総て宇治からの古女房である。だから彼女たちの思うことは中君と同じで親しく相談する事のできる人が無いままに、亡き姉の大君を思いだして居るばかりであった。大君が在世であればこのように薫が私に懸想することもなかったであろうにと、中君は悲しく、匂宮が冷淡になったことよりも、薫の懸想心の事が、大層苦痛に思うのであった。
 薫も無理押しして、中君恋しさに思いわずらって匂宮不在のなんとなく湿りがちな夕方に中君を訪問した。中君は女房に、そのまま直ぐに、端(簀子)に、御敷物を、差出させて、
「どうも気分が優れませんので、御話を申しあげる事ができませぬ」
 と女房を通じて話すのを薫は悲しくて、涙がこぼれそうになるのを、女房達が見ていると無理に堪えて、
「気分が優れないときは、見知らない僧など、祈祷のために、御側近く参り寄りますねえ。されば、医者など仲間にでもして、御簾の内に伺候させてはどうですか。このように簀子に坐らされて、女房の取次する応待は、どうも、訪問した気がいたしませんねえ」
 薫が、不愉快そうな様子であるのに、先夜、二人が無理に一緒にいた事情を見た女房達は、
「なる程まあ」
「 端(簀子)では、全く、見苦しゅうございますねえ」
 と言って、廂の間と母屋との間の御簾を下げて、廂の間の、夜起きていて祈祷する僧の席に薫を招き入れた。それを中君は気分も大層つらいけれども、女房がこのように簀子では見苦しいと言う故に、あまりに、あからさまに来訪を好まない様子で薫に面会するよりはましであろうと、女房達の見る目もあるので、何となしに気乗りしないものの廂の間の近くまでいざり進み、御簾越しに逢うのであった。

 話を微かな声で話をする中君を薫は、かって大君が病み始めた頃のように思い、中君にもまた、死なれはせぬかと、不吉に感じて悲しいので、薫は、思慮判断もわからなくなりまともに話も出来ないまま、と切れと切れに話をする。中君が警戒して奥に引込んだので、薫は、大層、情ないので、先程、おろした母屋の簾の下から手を入れて、几帳を少し傍の方に押しやって、いつものように馴れ馴れしく中君に近寄っていくが、彼女は妊娠中であるので気分が悪く、これではどうしょうもないと、少将の君という女房を傍らに呼んで、
「胸が痛むから暫く押さえてください」
 と言うのを薫が聞いて、少将の君を近づけまいと、
「胸は押さえるほど苦しくなるから、押さえないで」
 と、溜息をついて、少将の君が来るかと、中君を見ている、下心見え見えである。
「どうしていつも貴女はこのように気分が悪いと言われるのだろう。妊娠のことを人に聞くと、最初の頃暫くの間こそ、気分も悪いが、気分が悪くて、また、普通の場合もあると、教えてくれました。貴女は子供っぼく、心配なされるようですねえ」
 というと、中君は恥ずかしそうに、
「胸は何時痛くなると言う事もなく、時々、このように痛むのです。昔姉の大君も、時々、発作なされました。胸の病は長命しないと思う人の患うものであるとか、誰しも言っています」