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私の読む「源氏物語」ー75-宿木ー3-2

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 翌日心ゆくまで昨夜は中君と愛撫しあったので気持ちが晴れやかで、朝の洗面や朝ご飯も二条院ですませる。室内の御装飾なども六条院の六君方の、あれ程光り輝くばかりに、高麗や唐土から舶来した、珍しい錦や、美しい絹織物を裁ち切って、幾重にも装束したのを見なれた目を移して、中君方の装飾を見る場合には世間に普通にありふれており、見なれた気がし、そうして女房達の姿も糊気が落ちて、くにゃくにャになったような姿がまじったりなどして、その上人も少なく匂宮が改めて見回すと静かな雰囲気である。中君はなよなよと軟い練絹で、薄紫色の単衣などを下に着て、表衣(うわぎ)の上には、撫子襲(表は紅梅、裏は青)の細長を着て打ち解けた様子が、
何もかも一から十まで、大層きちんと整うて飾り立て、物々しい程まで、今を盛りである、六君の装束や、その他の何やかやに比較して考えるけれども、中君は劣っているとも思われず、人なつかしく美しい風情のある感じも匂宮の気持ちが中君におろそかでないから、室内の装飾も装束も、また盛りを過ぎた方であるのも六君に比較して、引け目を取る事がないようである。かつては、丸々として可愛らしく太っていた中君が妊娠してから少し痩せてほっそりしたように見えるが、色は益々白くなり見た目が美しい。薫の移り香などはっきり気づかないときでも中君のかわいさや気品のあるのを他の女の人よりもずっとまさっていると匂宮は思いながら、中君の兄弟でもない男がなんとなく近寄って、事に触れては自然に彼女の声や、行動に聞き慣れ見慣れて、どうして、無関心でいられようか。薫のようにあんなに中君に思い寄るのには注意すべきであると、匂宮は自分の抜け目のない、浮気な心の癖で他人を見ているので証拠の品か文などがないものかと、中君の側の厨子や足のある小さい唐櫃などをさりげなく見て回るが、証拠のような物はなかった。
ただ、薫の懸想文などではなく生真面目で、文言が少くて簡単で、平凡な文などを、いかにも薫の文として、特別に大切にしていると言うのでもないけれどもそこらの物と一緒にしてあるのを、これは怪しい、文はこれだけではないであろう隠してあるのではと、疑い、一段と今日は、移り香を知ったのに証拠の文が出て来ないから無理もないことである。薫の風采も、男をよく見る女であれば、しみじみといい男であると、きっと惚れ込むに相違ないから、中君も薫から誘われればむげに断ることはないであろう。二人は気が合うから互いに思い合っているのであろうかと、思うとなんとなく匂宮は淋しさを感じ腹が立って薫が妬ましく思えた。

 そのような気持ちでいるので匂宮は中君のことが気にかかり、二条院にそのまま留まった。六条院の六君から二度三度と文が送られてくるが、二条院の老女房は、
「三日程の別居なのに、何時の間にかこんなに貯まって」
「愚痴でしょうよ」
 ぶつぶつ不平を言う老女房などもいる。
 薫は匂宮がこのように二条院に留まっているのを聞いて、気分が悪いが、どうしたらよいのか、困ったことだこれも自分の撒いたことだ。心配のないように世話しよう
と考えて中君をこんな邪恋の対象に考えていいものであろうかと、気持ちと反対に無理に思い直し、しかも匂宮の心が六君に移ったとは言うけれども、彼は中君を思い捨てる事が出来ないようであると、中君のためには喜ぶべきではあるが、中君の女房達の衣裳などが、糊気が落ちてごわごわせず、奥ゆかしいように、着古されてあったから、薫は思いやり母の女三宮の許に参って、
「相当な、女の装束で、用意されている物などが、ありますでしょうか。急に必要なことがありますので」
 と頼むと、三宮は、
「来月の、例の法事用として、白い衣裳などがあるであろうが。染めた衣裳などは、只今は尼であるので置いてはないが、入用であれば急いで誂えよう」
「そのように急いで仕立をなさらなくともよろしいです。大袈裟な事ではありませんから。手元にあるので結構です」
 と言って装束を裁縫する所の御匣殿 に問い合わせて女の装束を幾かさねに、立派な細長や、白い練絹の織物などを、只有り合わせて贈り、それに、染めない白地のままの絹織物や、模様のある絹織物なども取添えた。中君本人用には薫の召料として用意してある、紅色で、光沢を出すために、槌で打った跡(擣目)が並々でない単衣に、染めてない白い綾などの装束を、幾かさねも沢山贈ったのだがそのなかに薫の召料などであったので、それらの中に女の袴は無いのであったが、どうしたことか、幸にも、偶然に、裳の引腰が一本あったのを結んで、贈る装束に添えて、

結びける契りことなる下紐を
    ただひとすぢに恨みやはする
(私と契る仲であったのに、現に結んでいるのであった、夫婦の契りの違う匂宮であり、私ではない御身(下紐)を、私は、只一途に、今更恨む事をしない)

中君の女房で、大輔と言って、年輩の女房で、薫に親しい者あてに、これらの衣裳と、それにつけて歌とを贈った。その口上に、
「取る物も取り敢えない、間に合わせの状態で、見苦しい物であるけれども、貴女から適当に、人に知らせないように、取計らって下さい」 
 と言って、中君の物は目立たないようであるけれども、箱に入れて、それを包んだ風呂敷(包み)も立派なものであった。大
輔君は中君には見せないけれども、以前からも、中君に対する、このような薫の心遣いの贈り物はいつものことであるので、返礼など、改まって互にやったり取ったりす)べきものでもないから、この贈物をどうしようと気を遣うこともなく女房達に分配したりなどしたから、女房達は、各自、継ぎ合わせたり、縫ったりなどして、自分の着物に直していた。ただ、若い女房達で、中君の側近く御仕えしている者などを、特別に着飾らすように取り分けて縫うようにした。しかし、下働きの者達が甚だ着古して、糊気の落ちたようであつた装束の者どもなどは、白い袷などで、派手に目立たないものがなかな良い感じであった。薫の他に中君に色々と援助する者はなかった。