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私の読む「源氏物語」ー75-宿木ー3-2

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 貴女の、冷淡な態度のつらさにつけても、私は、理由のわからない苦しさぱかりが、いかにも貴女に分かっていただくことは出来ません」

 とあり、返事を書かないのは女房達の目もあるから、中君は気が重いのであるが、
「文頂きました、今は体の調子が悪いので
これ以上は書けません」
 とだけ書いておくる、受けとった薫は、何と短いことと、物足りなさを嘆くとともに可笑しかった。中君のことばかりが恋しく思われる。彼女は、少しは世間の男女の情を理解したのであろうか、薫の行動を、あれ程に、驚き呆れ、困ると、昨夜は思ったであろうに、一方的に薫に対して、嫌らしいと思う態度ではなくて、物馴れ、また、相手が気恥ずかしくて手を引いてしまうような、奥ゆかしい立派な態度も加わって、人なつかしく、うまくなだめすかしなどして、薫を帰した時の、中君の機転などを思い出すと、匂宮が妬ましく、自分は悲しく中君のことが色々と気に掛かって、薫は物寂しく何事も、昔の宇治時代のことに比べてみては現在のことを多く思い浮かべていた。人妻だろうと遠慮する事はない。

 匂宮が中君を見捨ててしまわれたならば、彼女は自分を頼りにしてくるだろう。私が頼みになる人としても、世間に公然と気がねのいらない夫婦では、あり得まいと思うから
人目に隠れて外にまた、情愛がこれにまさる人のない、自分の心の落ちつき所で中君はある。などととにかく薫は中君のことばかりを思っている、けしからぬことであるか、薫はこのように思慮あるように振る舞ってはいるが、大体男という者は女から見ると情なく、いやなものなのである。亡き大君の悲しいことは、いつも言っても甲斐のない、悲しいものであっても今のように苦しいものではなかった。然し人妻中君を慕うのは、色々な点で苦しいことが多くあると薫は思い知らされていた。女房が、
「今日は匂宮が二条院へ行かれるそうです」
 と言うのを聞くと薫は、中君を助けようという気がなくなり、胸が苦しく匂宮を羨ましく思うのである。
 匂宮は二条院を尋ねないのは、その冷たい自分の心が嫌になって中君の許に急に帰ってきた。匂宮を恨んでも仕方がない、避けているように匂宮に見られないようにしよう。宇治へ行こうと思っても頼りにする薫があのようにとんでもない懸想をしてくる。と中君は周囲のことを見回すと、何と狭い世の中であると思い、やっぱり自分は情け無い身の上である、死だけはなるに任せて気楽に生きようと、彼女は行き方を決めて、可愛らしく、美しく、気持ちも大らかにして自分態度を決めていたので、匂宮は久しぶりに会う中君を憐れに嬉しく思い、日ごろの無沙汰を色々と言葉を尽くして言い訳をしていた。中君は腹も少し大きくなり、あのときに薫に見られて恥ずかしかった腹帯も匂宮は見て、妊婦を目の前で見たこともない匂宮はとても興味を覚えたのであった。彼は暫く六条院の気の許せない窮屈な所(六君の許)に、今まで住んでいたので、二条院の自分の屋敷に帰って、中君方に逢っていれば、万事が気楽で、又久しぶりに見る中君の美しさに色々と愛の言葉を並べ立て、中君との終生の契りを誓うのである、その言葉を聞いて中君は、男とはこのように言葉巧みであることと、昨夜異常なまでに自分を求めてきた薫をも思い出し、長い間、親切な薫の態度であるとは、ずっと考え続けてきたけれども、昨夜のように、懸想の下心では、薫の折角の思いやりは、とんでもない事と、思うと匂宮が口軽く言われる約束は、いやもう、頼みになるまいと、思いながらも彼女は、少しだけ耳にとめて信用しようかと思っても見る。
 匂宮の言葉に、少しは心を引かれた中君にも、自分をすっかり油断に油断をさせて、薫はよくも御簾の内に入ってきたことよ。
昔姉の大君に直接に関係がなくて、終ってしまった事などを薫の語る通りなる程、珍しいので有り難いけれども。それでも薫に打ち解けて相談することは出来ない。中君は以前より一層警戒しようと決めてはいるが、匂宮が、長く自分の許を離れて六君の処に滞在されれば、薫が接近して来る機会を与えることになるかと、怖いと思うが言葉に出して匂宮などに言わないで心の中に止めておき、以前の睦み合いよりは、匂宮が自分を離れたくないと思わせるように、少し自分を崩して匂宮を纏わらせるように女を前に出して睦み合いを積極的にしたので、匂宮はそれに対して、こうまで自分を待っていたのかと抱きしめると、彼女の衣から薫の匂いが香ってきたので、世間にあり触れた香を焚いて、その香の中に入れて
焚きしめたものとは違って薫独特の匂いであるのを香の達人である匂宮が見逃すはずがなく、怪しいと、
「何事があったのかな」
 気がついて尋ねると、まるっきり見当はずれのことであるので、中君はどう言って良いのか困ってしまっているのを匂宮は、
「そう、薫が中君に接する事は、きっとあると、案じていた通りなのであるなあ。薫は、中君を無関心で放っておくことはあるまいと、今までずっと、疑い続けていたのだよ」
 と彼は心が穏やかでない。実のところ中君は昨夜のことがあったので単衣の衣を着替えていたのであるが、薫の香りは中君の体に染みついていたのであった。
「離れて逢っていれば、移り香がこれ程にしみ込んでいる事はあるまい。関係ができたのであろう」
 と人には聞かせられないような言葉を中君に浴びせ倒すのを、中君は体の置き場がないほど縮こまって聞いていた。
「私がお前を愛する気持ちは深いのに、私が六君の処に居座って此方に帰らないのを、なんとお前から先に男を捨てようなどと、お前が薫に心を移すように、夫に背く身分は、私達と身分がいかにも違う賎しい者なのである。また、私の夜がれは、お前が心変わりをするほど長い間であったか、それなのに他の男と寝るほど辛かったのか」

 と責め立てる、それでも自分は彼女を愛していると言うのであるが、中君は何事も答えない、それがまた腹が立つので、

またびとになれける袖の移り香を
     わが身にしめて恨みつるかな
(私があるのに私と別に、他の人(薫)に馴れ親しんだのである、その人の袖の移り香を、私は、自分の身にしみて、御身を恨んでいるのであったよ)

 中君は、色々と非難を言う匂宮にどう答えようかと、

見なれぬる中の衣と頼みしを
    かばかりにてやかけ離れなん
(連れ添うて、見(身に着)馴れてしまっている夫婦仲(中の衣)と、かつては頼りにしていたのに、これ(移り香)位の事で、きっと別れるのであろうか)

 と返歌して泣き伏してしまった中君を、本当に可愛らしいのを見るにつけても、薫の邪恋も、彼女がこんなに、可愛らしいからであるなあと、一段と気がもめるので自分までも涙を流していた。女好きのせいであろうか。中君に事実過ちがあっても匂宮は本当に彼女を捨てようなんては思わない、中君が可愛らしく、いじらしい様子をしているのでとことん恨むことは出来ず、言いかけて止めながら、その一方では中君に宥めるように優しい言葉をかけていた。その夜は彼女は妊娠中であるにもかかわらず、匂宮が動かれないほど愛撫の限りを尽くした。