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私の読む「源氏物語」ー75-宿木ー3-2

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「これは私一存では決めかねることであります、匂宮に話をしてから、宮の気持ちに添うことです。そうしないと事の行違いがあって、軽く考えたものだと、匂宮が思うようなことになれば、その事が悪い方に向かうことになります。かまわないよと匂宮が繞解されたならば、宇治への道中の送り迎えも自分が出向いて、道中の送迎を致しましょう。私が後ろ暗い所がなく、他の人に似ない、心の潔白は匂宮もよくご承知のことですから」
 と話ながらも薫は時々過ぎてしまったこと、中君を手に入れる事ができたのに、みすみす匂宮に譲った事の悔しさを忘れるとが出来ないので、昔に戻って中君を我がものにしたい、という気持ちを少しずつ話の中に織り込みながら暗くなるまで御簾の中にいて中君と話していたが、中君は少し煩わしくなってきて、
「それでは気分が少し悪くなって参りましたので、今日はこの辺で、又気分の良い日にお話を承ることに致します」
 と言って奥に入ろうとすると、薫はなんとなく心残りがするので、
「そうであれば宇治行きはいつ頃にお考えですか、草の繁った道もそれまでに少し刈っておかせましょうに」
 と中君を引き止めようと言うと、中君は暫く奥に入るのを中止して、
「この月はもう駄目でしょうから、九月の一日頃を考えています。行くのは極忍んでのことですので、公式という大層なことは」 と言う声が薫には大君にそっくりに聞こへ、薫はいつもよりも昔のことを酷く思い出し、我慢が出来ずに中君が寄っている柱の側の簾の下から手を入れて中君の袖を捕まえた。中君は、なんと言うことをなさると、腹が立つが、返事をすることもなく、いっそう奥のほうへいざって行こうとした時、持った袖について、親しい男女の間のように、薫は御簾から半身を内に入れて中君に寄り添って横になった。
「宇治に忍んで行くのがよいであろうと、貴女が考えられるとは、私には嬉しいことですが、その嬉しい事は、私の聞き違いであるかと、貴女に確めようと思って、このように簾の内に入ったのです。そうですから私をよそよそしく思わないでください」
 と言うのに中君は答えるすべがなく、薫を憎い奴と思うが気を静めて、
「驚いた無遠慮なことをなさいますね、女房がどう思っていることでしょう。情け無いことを」
 と泣きそうであるが、薫は自分の非もあることだし中君にも気の毒であるので、
「御簾の中にはいることは人にどうこう言われるようなことではないでしょう。このような面会は昔の宇治時代を思い出してみてください、亡くなた大君のお許しもあり、
私が近づいたからといって、奇怪なことのように思われては却って不快であります、私には貴女をどうこうするという気持ちはありませんから、気持ちを固くしないで下さい」
 と言って落ちついて行動をしているが、中君を匂宮に譲ったので、長い間、残念であると、思い続ける薫の心中が、どうすることも出来ないほど苦しみが進んでいることを、中君に、よくよく念を入れてしんみりと語るのであるが、捕まえた彼女の袖を放そうともしない薫に、どうすることも出来ない。全然、気心を知らないような人の挙動よりも、気心を知っている薫であるから却って、中君は恥ずかしく、不愉快で、泣きだしてしまったのを、
「これはどうされました、子供みたいに」
 と言いながらも薫は目の前に泣き崩れた中君があまりにも美しいので、どうしようもなく、彼女が思慮深く、立派な態度がかつて宇治で間違って添寝して見た時よりも、
歳を重ねただけ成長したのを見て、中君はすでに他人の妻である、その彼女にこのように、自分は未だにくよくよと懸想じみたことをすると、自分の情け無い心に涙が出てきた。

 中君の近くに控えていた女房二人が、見た事もなく、何でもない男が御簾を上げて主人に近づいてきたのであれば、これは非常事態であると身をもって制止するとともに大声て人を呼ぶであろうが、侵入してきたのが日ごろから主人の中君とはわだかまりなく話をしている薫であるから、このようなこともあるであろうと、側にいては失礼に当たるであろうと、こっそりとその場を去って薫と中君二人だけにしてしまったので、中君には気の毒なことであった。薫は中君を匂宮に譲った昔を後悔する気持ちが堪えきれないく、今は全く抑えることが出来ない状態であるが、あの宇治で添い寝した昔、男としては珍しく、手出しをしなかった薫の心の慎重さであるから、この夜も、男の欲望を思のままに女をものにしようとするようなことはしなかった。このような男女関係の話は、これ以上細やかに語ることもあるまい。薫はただ帰るのは訪ねて来た甲斐がないものながら、中君を手込めにして体の関係が出来たならば、女房達が面白くない事と思うであろうから、彼は色々と考えた末にそのまま二条院を去った。 薫は帰る道すがら、まだ宵のうちと思っていたのがこのように暁近くなってしまったからなあ。だから自分達の一行を見咎める人もあろうし、と心配するのも自分の浮名よりも、中君の不名誉にならないための
心配をしていた。中君がなんとなく病に苦しんでいるようなのは妊娠のせいであろう。中君が、きまりが悪いと、思う腰のしるし腹帯に、自然、気の毒に思われて今夜の如き好機にも手出しもしないで、間抜けなものだと、思うけれども、無理を押し通す思いやりの無いような事は自分の本来の気持ちからは出来かねることである。一時の、自分の感情の興奮にまかせて、無理無分別な行動を取った後は、とても、気楽にあり得ないで一層うっとうしくなることであろう。そうかと言って、無闇やたらに中君に逢おうと、人目を忍んでの逢瀬を探し歩くようなことも気苦労であり、中君が、あれやこれやと思い悩むかも知れない事であるから。だから無理な感情の発作には従わなかった。色々と薫は冷静に分別する思慮には、燃え立っている情熱は堰き止められなくて、別れて出て来てすでにもう逢いたく恋しい心はどうしようもなかった。どうしてもこの恋を成立させないでは生きておられないようにさえ思うのも、返す返すあやにくな薫の心というべきである。中君に逢わなくてはならないのは、どこまでも意地の悪いことである。
 久しぶりの中君は少し痩せた感じで、昔は上品で、可愛らしいかった面影は、中君から離れてなくなっているとは、考える事ができず、昔の面影が、薫の身に付いていた気がするので、中君以外のことは何も覚えていないようであった。中君が宇治へ行きたいと思っているのを、それをなんとかしてあげたいと薫は思うが、そのようなことを匂宮が許されることではない。許されないと言って忍びで連れて行く方法はないであろう。どの様にして人目に付かず宇治行きの気持ちを実現しようかと、心も、どこへか行き、ぼんやりして、この一件を思いつめて薫は横になっていた
 朝早く薫から中君に文が送られてきた。
いつもの通り見た所は、あっさりした正式の書状の立文で、

いたづらに分けつる路の露しげみ
       昔おぼゆる秋の空かな
(無駄に踏み分けて帰った道の、夜露の多さに、昔、宇治で添寝して帰った時が、自然思出される、秋の空の様子であるなあ)