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私の読む「源氏物語」ー74-宿木ー3-1

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 薫は、ちょつとした気紛れの慰みに戯れ言を言ったりして近くにおいている女房のなかに、彼のお気に入りの女房もいたが、閨まで共にする女房はいなかった。薫はあっさりしたものである。そうは言うけれども、宇治のあの大君・中君の程度に劣らない身分の(孫王など)の婦人達も変わる時代に従って衰えて行き淋しく暮らす女達を、
薫の邸である三条宮に住む薫の母の女三宮に引取り、女房として住まわせなどして居る者が多くいたが、薫がまだ大君や中君を知る以前に、その多くの女房の中に、自分が出家するような時に、この女とは体の関係なく過ごして行けるであろうから供にして出家をしよう言う思いが深かったのであるが、大君に会ってその気持ちがねじれてしまった、などと考えると常よりも眠ることが出来なく夜を明かしてしまったその朝は、霧が立ちこめる中に色々な花が咲いていてその中に、朝顔が頼りなさそうに交じっていてそれが他の花より薫の目にとまった。それは「朝顔は常なき花の色なれや明くる間咲きてうつろひにけり」と言う歌を薫が思いだし、無常の世に較べられ可愛そうに思ったからであろう。昨夜は格子(蔀)も上げたまま、縁の近い所でうたた寝のようにして横たわり朝になったのであったから、この花の咲いているのをただ一人薫がながめていたのであった。
 供の男を呼んで、
「二条院へ参ろうと思うから用意をしてくれ、微行だからあまり派手にしないにように」
 供の者は、
「匂宮は昨日から内裏にいらっしゃいます。ご家来衆が車を引いて昨夜帰って参りました」
 と言う。
「それは、それで構わない。私は、あの対におられる御方(中君)の病んでおられると言うことであるのを、御見舞申そうと思う。自分も今日は内裏へ上がる日であるから、日が高くならないうちに参ろう」
 と言って衣裳を着替える。庭に降りて花の中に入っていった。ごく自然に振る舞っているのであるが、薫の動作はやはり他人が見ると艶やかであった。目に付いた朝顔を引き寄せるとつゆがしたたり落ちた。

今朝のまの色にや愛でん置く露の
     消えぬにかかる花と見る見る
(私は、今朝の僅かな間の美しい色のために、朝顔の花を賞翫しようか、しまい、花に置く露の消えないだけの短い間に、頼っている(かゝる)このような儚い脆い花と見ながら)
儚いこと}

 独り言を言いながら朝顔を折って手に持った。女郎花は布留今道の歌に「女郎花憂しと見つゝぞ行き過ぐる男山にし立てりと思へば」(女郎花を気にかけて見ながら通り過ぎた。女という名が付いているのに、男山に立っているから)、と言う歌を思い出したのか見向きもしなかった。明けるに従って霧が立ち上る空を見ながら二条院に来て、薫は女房達は匂宮が不在のため、だらしなく朝寝をしていることであろう。咳ばらいをして案内を乞うような事も、いかにも、気がきかず工合が悪いであろう、少し早く来すぎたようだ、薫は供を呼んで中の様子を中門の開いたところから見させた。
「御蔀なども、全部、上げてござります、女房の歩く気配がします」
 と言うので薫は車から降りて霧に紛れて中君の住む対へ歩いていくと、「匂宮が隠し女のところから帰られたのかな」と女房達が見ると、露に濡れた薫の体臭が例によって匂ってくるので、女房が、
「人から聞いていたが薫様の匂いは特別ですね」
「だけど、落ちつきすましているところが、いかにも憎らしいですね」
 などと、若い女房達が囁きあっていた。俄の訪問にも驚いた様子はなく、女房達はそれぞれ薫に挨拶をして、いつもの通りに茵を出して座を用意した。
「この茵にお座りなされと言うのは人らしく扱いなされるが、なお未だにこのように御簾前の簀子とは情け無くて、これでは此方に伺えませんね」
 と薫が言うと、女房が、
「そういうことをおしゃるならば」
「どう座席をお取りすればよろしいでしょうか」
 と薫に尋ねる。
「女房達が住んでいる北側の部屋などのような、いかにも目立たない所であるなあ、私のようなこんな老人などが伺うような際に相応な休息所は、隠れに休むのも、専ら、私を見下しておられる中君の御気持であるから、別に私からその事を、中君に愚痴を言う必要もあるまい」
 と言って敷居に寄りかかって薫が居るのを女房達は、
「それでも」
「御簾の前にお席を整えましょう」
 と中君に勧めるのである。もともと薫は男らしく態度が性急で、競い立つ事などはない性格であるが、最近はますますしんみりと落ち着いてなんとなく陰気になってきたので、中君は薫と話をすることが、次第にかつては、気恥ずかしくて気づまりであった点が少しづつ無くなってきて、馴染み深く感じるようになった。中君自身も気分が悪いときは、薫は、
「どうされました、気分でも悪のですか」 と尋ねるが、中君ははっきりとは答えない。いつもより中君の様子が苦しそうであるのは、匂宮と六君のことであろうと薫は推測して親切丁寧に、この世の過ごし方を丸で兄弟のように中君に教えて慰めるのであった。中君は声などが大君そっくりであると薫は何時も思うのであるが、今聞いてみるとただそれだけのことで御簾を上げて入り込んで中君と差し向かいで話をすれば、他人は見苦しいことをすると思うであろう。だが、中君が悩み苦しむことがなんとなく心配で惹かれていくのは、かような美人が故にとても放っておけることは出来ないのでは無かろうかと、薫はつくづくそう思う。薫は、
「私はひとかどの栄耀栄華を尽くせるような出世も、不遇だからと言って悩むこともなく、平々凡々とこの世を過ごすのが人の生きる道であると今までは思っていました。ところが、自分の心から求めて、大君を恋いつめた悲しい事も、御身を得そこねた、愚かしくくやしい思いに対しても、あれやこれやと気持ちが休まらず、くよくよ思い悩んでおりますのはまったく無駄なことであるので、世の人が官位や位階のことを重大な問題としているのは道理ある、官位の昇進しない事の不平で、嘆いたり悩む人よりも、自分が中君を妻にしたいと思う気持ちの方が罪は深いことでしょう」
 と言いながら、折ってきた朝顔を扇に乗せて見ていたが、花が萎れてだんだんと赤味ある色になって行くに従って、却って色合が味を増していくのを、急に御簾の中に差し入れて、

よそへてぞ見るべかりける白露の
       契りかおきし朝顔の花 
(朝顔の花(大君)に準じて、私は、御身(中君)を、(我がものとして)当然、御世話すべきなのであったっけ、かつて、(大君は、自分の身代りとして、御身を私に譲ると)約束して置いたかと思うから)

 特別に露を落とさないようにして持ってきたわけでもないが、露を抱えたまま枯れてゆく朝顔の花色が面白い、

消えぬまに枯れぬる花のはかなさに
     おくるる露はなほぞまされる
(露の消えない間にしぼんでしまった朝顔の花(姉君)の頼りなさに後れる露(私)は、(生き残っていても)やっぱり、いかにも、儚さは一層、花(姉君)にまさっている)
何を頼りにしている私の命なのであろう」

 と我慢をして、言葉を薫の歌に続けなくて、薫の歌を、遠慮深く控え目に小声で否定するのを、中君は、やっばり大君に性格も似ていると、薫は感じて悲しくなった。
薫は、