小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

私の読む「源氏物語」ー73-早蕨

INDEX|4ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 

 薫が語ったり指図したことを弁は中君に話し、薫と共に話をした大君の話題が忘れることが出来なくて涙を流した。女房達は京に移ることが嬉しくて、引越準備のために、せっせと隙なく物を縫いながら、歳を取って体を曲げて歩いているにかかわらず、しなを作って動き歩いている弁尼は前より一層身なりを簡素にして

人は皆いそぎ立つめる袖のうらに
     一人もしほをたるるあまかな
(女房は皆、中君の御供にと急ぎ立っている所に、私は一人残って大君の事などを思出して袖の中に涙を流している尼(蜑)であるなあ)

と、哀しみを訴えると、中君はそれを聞いて

しほたるるあまの衣に異なれや
     うきたる波に濡るる我が袖
(大君を恋い慕って泣き濡れている蜑(尼)の衣と違うか、違わない。私も頼りない匂宮の浪故、今後どうなるのかと不安に嘆いて私の袖も濡れていますよ)

「そのような訳で私も匂宮のお屋敷にずっと住み着くのかどうか分からないと、思うので
私は事情によってはこの宇治へ帰ることもあるかと思う。私はこの山荘が荒れないように願っています。そうなれば、またの対面もきっとあるに違いないけれども、暫くの間でも後に心細い状態で残る弁尼に何もしてあげられないのが気にかかるのである。弁尼も、必ず世間とは絶縁して勧業ばかりに専念しないで、世間の尼達が出歩くようにして時々は京に見えられよ」
 と中君は弁尼にしみじみと言うのである。大君が使っていた調度類は総てこの弁尼にと
山荘に置いておくことにした。
「弁が大君を人より深く偲んでいるのをみると、前世でもしや二人は縁が深かったのではないかと思うほど、私は弁を憐れに思いますよ」
 弁は子供が親に甘えて泣くように、名残を惜しんで気持の落ちつけようもなく、茫然自失の体で泣き崩れていた。
 室内は総て綺麗に掃除し、荷物も整って迎えの車を玄関に集めた。前駆を勤める人は、四位、五位の人達である、匂宮は迎えに行きたかったのであるが、なにぶん宮様であることから仰々しい行列を組むことになるので、迷惑を掛けるからと、中君を忍び迎えをするようで可哀想にと匂宮は心を痛めていた。薫も自分の部下を多く派遣した。今回の引っ越しの大体は匂宮が手配したのであるが、事細かな点については薫が細かなところまで目を届かせて実施したのであった。
「早くしないと日が暮れてしまう」
 と供の者が心配するが、内にいる女房からも、外にいる御迎の人からも、出発を催促されるので、中君は気が落ちつかず、京は、どちらの方角であろうと、頼りにする者もいない京への旅立ちを悲しがっていたが、中君と同乗する女房の大輔の君が、

ありふればうれしき瀬にも逢ひけるを
     身を宇治川に投げてましかば
(生き長らえておるので、京に移るような嬉しい機会(瀬)にも逢うのであったのに、もし(弁尼の言う如く)、身を(つらくはかなく思って)宇治川に投げてしまったならば、くやしいのであろうものを)

 と中君を見てにっこりと笑っているので、弁尼とは全く反対の者もいるのだと、不快に思うのである。もう一人同乗する女房が、

過ぎにしが恋しきことも忘れねど
       今日はた先づも行く心かな
(亡くなってしまった大君が恋しい事も、忘れないけれども、それはそれで、今日と言う今日は、何をさし置いても、先ず第一に新しい地に行く嬉しい心である)

 此の二人の女房は昔から使えている人で、大君ともよく話し合い親密であったが、今は気分を変えて大君のことを語るのは不吉だというのも、現世というものは情なく恨めしい世であるよと、中君は思いものも言わずに不機嫌に車に乗り込んだ。
 京までの道のりは結構ある上に、山道の悪路もあり、中君は初めての経験であるので、匂宮や薫がこの険しい山道を自分達のために通ってくれたのかと初めて二人の男の苦労を知り、少しは反省したことであろう。
 二月七日の月がはっきりと輝いてその光の影が少し霞んでいるのを見ていて、中君は車の旅は遠路に経験がなくて、苦痛であるから、自然、じっと物を考え込み、

ながむれば山より出でて行く月も
      世に住みわびて山にこそ入れ
(眺めると、山(宇治)から出て空を(京に)行く月(私)も、この憂き世(京)に住みかねて、いかにもまた、山(宇治)に入(帰)るであろう)
土左日記、一月廿日に貫之が「都にて山のはに見し月なれど波より出でし波にこそ入れ」
を思い出して詠ったのであろう。

 中君は、今は匂宮に迎えられて行くが、匂宮の気持が変って見捨てられ、自分の境遇が変って、宇治に帰るようになれば、最後に自分はどうなるであろうと、将来が不安であるので、自分はこれまで長い間、宇治でどんな事を考えていたのかと、気分を早く昔の状態にしたいのであった。
 夜に入って暫くしてから二条院へ到着した。今まで見たこともなかった豪華な寝殿造り三棟と四棟の間に車は入っていって止まった。匂宮は今か今かと中君の到着を待っていたから、自分から車の側に寄っていって、中君を抱き下ろした。二条院の準備はあらん限りの善美を尽くし、女房の部屋部屋にまで、匂宮自身が、気配りをした工合が、はっきりと分かって全く理想的である。匂宮は浮気者であるからどんな待遇であろうかと女房達が思っていた中君がいきなり本妻となって二条院へ入ったので、匂宮は本当に中君を愛している
のだと女房達や付いてきた男達も驚いていた。

 薫は新築中の三条宮に、二月の二十日頃に移ろうとこのところはずっと三条宮にいて工事の監督をしていた。二条院は近いので中君の引っ越しの様子をうかがっていたが、宇治に派遣した自分の家臣が帰ってきて引っ越しの様子を薫に報告した。匂宮が中君を気に入って、大事にされていることを聞いて、中君のために良かったと思うが、一方自分の女にしようとすれば出来たのであるが、匂宮に譲ってしまったことを、自分は本心からそうしたとはいえ、さすがに馬鹿なことをしたと胸が痛むので、取り返せるものなら取り返したい、と独り言をぶつぶつ言っていた。そうして、

しなてるやにほの湖に漕ぐ船の
      真帆ならねども相見しものを
(真実の契りはないけれども、私は中君と、かつて一度は共寝をしたのになあ)

 と匂宮にけちをつけたいのである。

 左大臣の夕霧は自分の乳母の子供惟光の娘を側室にして女の子があったが六姫、六君と呼ばれていた。この六君を匂宮の正妻にと考えていたのであるが、この二月には是非とも匂宮に貰ってもらおうと準備をしていたのであるが、意外にも先の八宮の娘である中君を六君を迎える時より先に、夫人にしよ うと考えて二条院に住まわせたので、宮中からも六条院からも遠ざかって六君などを考えず、二条院に入り浸っているから、夕霧が不愉快そうに思っていると、聞くに付けても匂宮は夕霧が気の毒で、六君に時々文を送っていた。
六君の裳着の儀式のことが官人達の評判となり、夕霧が急いで式をとしたから、もしも延期すれば官人達の笑い者となってしまうから、二十日に裳着を行った。夕霧は自分とは同じ源氏の子供である薫を婿にするのは珍しいことではないが、この薫をよその人に取られるのは悔しいので出来たら六君の婿にしたい。