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私の読む「源氏物語」ー72-総角ー3

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 薫が大君の死後山荘に四十九日の法事まで滞在するので、共に留まった人が、大勢であったので、山荘の人達の心細さは少しまぎれることはできたが、中君は自分が匂宮に捨てられたのを苦にして大君はなくなったと、人が思うであろうし見ているであろうから、我が身のつらさ情なさで沈んでいて、大君と同じように死んだ人のように見えた。匂宮からの弔いの使者が何回も来訪した。思えば辛いことであると、匂宮のことを考えて、大君はそのまま病に倒れたのは、中君にとっては全くつらい匂宮との縁であるとしか言いようがない。
 薫はこんなに悲しいことばかりのこの世を離れようと、元々から思っていた出家のことを実行しようとするのだが、母親の三条の三宮のことを思い、更にここの中君のことを大君から頼まれたことを考えると思いが固まらず、大君が言ったように大君の形見として中君を見るべきなのであるが、自分の気持ちはたとい、姉妹と身を分けなされたとしても、大君以外の女に、気持ちが移るという考えは出来なかったのであるが、匂宮がこのように中君から離れてしまって中君を苦しめているのであれば、自分が中君と話し合って故人を忍ぶ慰め相手として二人で語り合う身になって宇治へ通っても良いと、薫は思っても見た。
 薫は大君没後少しも宇治を離れず、京での色々と付き合いも絶って山荘に籠もっているのを、人々は、そこまで大君を恋い慕っていたのかと、知り内裏を初め各人から見舞いの声が多く寄せられた。
 これと言ったこともなく大王が亡くなって哀しい日が経っていった。薫は七日目事の法事のことを立派に行っているが、夫婦ではないのでやはり限度というものがあって、着る物の色も変わらずにいるのをかって大君に仕えた女房達が黒い喪服に着替えているのを見て、

くれなゐに落つる涙もかひなきは
      かたみの色を染めぬなりけり
(深い悲しみによって紅色の着衣に落ちる涙であるけれども、いくら涙を流したとて、流し甲斐のないのは、大君の形見の黒い色に服を染めない事なのであった)

 薫はゆるし色の薄紅の直衣を着ていたのであった。その直衣が氷が溶けたのかと思われるほど濡れているのが、艶めかしく清らかに女房達は見ていた。女房達は蔭から薫を覗き見して、「大君の御他界の悲嘆に対しては 言うまでもない事で、薫君が私達にこのように馴れ親しみなされ、て大君亡き後は今はこれまでと、縁のない人として、処遇しなければならないとは、又新しい残念なことであります」
「大君と薫君は思いの外の宿縁でありなさった」「こんな深い薫君の情愛であるのに、大君は他界し、中君は匂宮に定まって姉妹共に、薫から離れなされた事であるよ」
 と涙を流していた。薫は中君に、
「前に大君からいろいろと話があったが、今は貴女には何とも思いを寄せてはいませんから、私を鬱陶しい者と隔てることがないようにしてください」
 と言うが、中君は、総てのことが辛いのでと、何となく恥ずかしく、未だに薫と話をしようとはしなかった。薫はそんな中君を、てきぱきとしている点は、大君よりは少し上であるが、上品で親しみ深くほんのりとしたやさしさの点は大君に遅れておいでであると、見ていた。
 雪が一日降り続き、薫はそんな雪景色を一日眺めていたが、世間では興味がないという十二月の月がなんの雲の妨げもなく輝いているのを簀子まで出て御簾を巻き上げて見ていると、阿闍梨の住む向かいの寺の鐘が、今日も暮れたとかすかに響いてきた。

おくれじと空行く月を慕ふかな
    終ひにすむべきこの世ならねば
(私は後に残るまいと思い、空を行く月(大君)を、慕わしく思うなあ、永久に住む事のできる、この世でないから)

 風がひどく吹き始めてきたから蔀を降ろさせるが、四方の山の姿を写している鏡の様な汀の氷が月に輝いて、なんとなく見栄えがする。新築中の京の家を磨き立ててもこのような風景は見れないことであろうと思った。何とかして持ち直して大君が生きのびて、この景色や風情を一緒に見たり語ったりしたら楽しかろうになあと、薫は思い続ける、哀しみが胸にこみ上げて、

恋ひわびて死ぬる薬のゆかしきに
      雪の山には跡を消なまし
(大君の恋しさに堪えられないので、死ぬ薬が欲しい故に、薬草の多いと言われる天竺の雪山に入って私の過去を消してしまえばいい)

 薫は
「身を代償として、雪山重子に四句の偈の半分を教えたとか言ったような鬼がおればよいなあ。そうすれば、私も求法を口実にして、一身を鬼の口に投げ入れようと思う」
 と思うのは、釈迦がまだ雪山童子の頃、半偈を教えて貰って、鬼に身を施した事をかんがえていた。これも恋が原因の汚い求道の心であった。
 女房達を近くに呼び寄せて薫は、女房達に色々と物語を話させる、大変落ち着いた雰囲気でのどかに落ち着いた心の深い男として薫を見る若い女房、老いた女房はただただ大君の死を悲しんでいる。女房は、
「大君の病が重くなったのは、匂宮の中君を捨てなされたのを世間の人が笑うのを恥じられてのことである」
「さすがに中君は大君がこのように心配していたとは思ってはおられないでしょう。大君は匂宮と中君の間を心配の余り果物も口になさらず体を衰弱させた」
「大君はうわべでは、このような心配事があるようには人に見せなかったが」
「大君は亡き父宮の遺言に従わなかったことを気にして病が始まった」
 と口々に薫に言って、大君が時に語った言葉を互いに言い出し合って、泣き出すことが尽きず。薫は、自分の考え不足の心から、匂宮を中君に紹介して関係を結ぶことになり、匂宮の通いが途絶えるという心配を、大君にかけたこと」 を取り返そうと誦経をしっかりとして眠ることなく夜通し経を唱えていた。夜更けの雪は寒気が酷い時に、大勢の人の声がして馬の音も聞こえてきた。誰がこのような夜中に来訪されたのかと、夜伽の僧が驚いていると、匂宮が狩衣装束で大変疲れ、濡れて来訪したのである。門扉を酷く叩くのを匂宮来訪だと、察知して、薫は、人目につかない物陰に、隠れた。四十九日までには、まだ日数が数日あるのであつたから、遠慮すべきであるけれども、気がかりでやりきれなく、夜中雪に惑わされながら匂宮は来たのであった。匂宮の来訪に日ごろの疎遠の辛さが忘れてしまうほどであったが、中君は匂宮と会うことを拒んだ、大君が中君が匂宮に見捨てられたと思い嘆きしたことが、中君に取っては、きまりが悪いことであったが、そのまま匂宮は態度を改めずのままであった、今後匂宮が態度を改めたとしても大君は死んでしまって甲斐無いことであると中君は思っていたが、女房達が物の道理を事細かに言うので、その言葉に従って中君は物越しに匂宮と対面した。宮は日ごろの無沙汰を謝って、宮中から出られない理由を事細かに説明をするが、中君はじっと聞いていた。中君はか細い声で言うのを、姉の大君に後追いするのではないかと、いうような気配に匂宮は悪いことをしてしまったと、匂宮も思っていた。そのような訳で宮は母の明石中宮や帝のお叱りなんかを考えずに山荘に泊まることにした。
「物を隔てないで直接話をしよう」
 と真剣に詫びるのであるが、