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私の読む「源氏物語」ー72-総角ー3

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 このように薫が山荘に籠もりきりのことが、それからそれへと、聞き伝え聞き伝えしたのであろう、薫への御見舞をしに、山荘までわざわざ来訪する人もある。病む大君を大事に看病をしていると、見舞いに来た人達は薫を見て取って薫に仕える者達はそれぞれ病気平癒の祈願をする。豊明の節会は、今日であるなあ。この節会は、新嘗祭(十一月の中の卯の日)の翌日、即ち十一月の中の辰の日、天皇が新穀を召し上り、群臣にも賜わる宴のことである。薫は都を思っていた。風が強く吹き雪も降ってきて荒れた様子に、薫は、都におれば、豊明の節会の日でもあり、こんなに寂しい事はあるまいなあと、自分から求めて心寂しい毎日を送り、しかも、二人の関係は、夫婦にもなられず、他人行儀でよそよそしくしていて、このままの状態できっと終ってしまうのであろうかと、考えることはつらいけれども、大君を恨む事ができそうもなく、親しみ深く可愛らしい態度であるから、ほんの暫くでも、回復させて、今まで思い続けていたことを語りたいものだと、薫は思い続けながら大君を見守っていた。日が照ることもなく夕暮れになった。

かきくもり日かげも見えぬ奥山に
     心をくらすころにもあるかな
(空がかき曇って日の光も見られない、宇治の奥山に、引き籠もり(五節の舞も見ず)、悲しみに、私は心を暗くしているこの頃でまあ、あるなあ)

 薫がこのように山荘にいるのを、姫達女房も全員頼みにしているのである。薫が大君の病床近くにいるので、御几帳などに風が当たって几帳を吹き上げて辺りが丸見えになるので、中君は奥に入っていった。年を取った女房も薫を、照れくさく、恥じて隠れてしまった時に、薫は大君の近くに寄っていって、
「気分は如何ですか。私が精一杯思い残すことなくご回復を祈っていますのに、貴女はお声さえ一度も聞かせてくださいません、私は本当に寂しい思いをしています。私をこの世に遺されては辛う御座います」
 薫は涙を流して大君に話しかける。大君は判断が付かないほどに弱っていたが、其れでも恥ずかしいのか上に掛けた表に顔を隠してしまった。大君は、
「体の調子が良ければ貴方に聞いていただきたいことがありますが、死にそうになっていくのは悔しいことで御座います」
 と、本当に気の毒だという状態であるので、薫は益々涙を止めることが出来ず、こんなに悲しみを人には見せられないと涙を止めようとするが、声は止めることが出来ない。
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 どの様な縁であろうか大君を思い焦がれて私は辛いことが多く、死に別れをしなければならないのか。私にせめて、少し、欠点などを見せなされたならば、其れを原因に大君を恋い慕う気持を、冷静にして、諦めるきっかけにと、大君を、じつと見守るけれども、薫は憐れな彼女を新しく可愛いと見えてしまう。腕なども細くなってしまって、ものの影のように見えてしまうほどであるが、肌の色は変わらず白く美しく、しなやかで白い衣姿の優美さは、夜着を側に押しのけて、衣のなよびかな物の中に、顔を隠していたので、体もない、衣裳だけの雛人形を臥せたような気がし、そうして髪は、多過ぎることもなく、投げやられているのが、枕からこぼれ落ちて靡いているあたりの艶々しているのが綺麗であるのが、大君は生きておられないのではないかと、助かりそうも見えぬではないかと限りなく惜しまれ、大君を失うことはこの上なく悲しいことである。久しく病床にあって、取り繕わない、大君の様子が油断なく気をつけて、傍から看病する人がきまりが悪い程に、飾り立ててうろうろしている女に比較しても、それより、美しさがずっと勝っているので、薫の恋心は収まるところを知らなかった。
「ついに私を捨ててしまいなさるか、私もこの世に少しでも留まっては居られない。命が、万が一、定命があるので、後に残るであろうとも
出家して山奥に入ってしまおう。その折りに中君が悲しみのまま留まっていることが心配である」
 と、大君に答えるようにと、中君のことをもひっくるめて言うと、大君は顔を隠していたのを少し降ろして、
「このように私は病弱で多分薄命であるのに、貴方のお気持ちを受け入れなくて、情け知らずの女であると私を思いなさったでしょう、私は今更どうあがいても生きることは出来ないでしょう、ですから、後に残る妹中君のことが、私に対する貴方の愛情と同じように、この中君に懸けてください。とお頼みすることに従っていただければ、渡しは後のことを心配なく死んでゆけます、これだけが、この世に残るもので、死んでもこの心だけが魂となってこの世を彷徨うことでしょう」
 聞いて薫は、
「どうして私は色々と苦労を背負うのでしょうか、貴女以外の人を妻にと思う女はいませんでしたから、先に貴女が言われた中君と結ばれることをお断りしたのですよ。でも貴女の希望に従わなかったけれども中君のことは決して心配なさいますな」
 と薫は慰めの言葉を言い大君が苦しそうにするので、祈祷師の阿闍梨達を病室に入れて、あらん限りの念法を駆使して祈祷を行わせた。薫自身も自分の持つ力一杯経を念誦する。人生をことさらいとわしくなって離れて行けと薫に仏達が誘うように、目の前の悲しみが進行しているようにうに感じる。見ている間に草木か何かが枯れて行くように、息を引き取ってしまわれてしまったのは、甚だしく悲しい事である。死に行く大君を引き留める事のできる方法もなく、地団太でも踏んで泣きわめきそうで薫は今は人間の醜く愚かしい一面を見せても良いと思った。
 大君の臨終であることを中君が看取って、自分も遅れまいと考えるのは当然のことである。中君が気を失ったように見えるのを、老女房の弁御許らが
「亡くなられた大君の側に、今はおられることが、全く不吉な事です」
 と言って、中君を大君の遺骸から引き離す。薫は、重態であるが、亡くなられるとはと、大殿油をかかげて大君を見ると、袖で隠した顔が寝ているように見え生前と変わらず美しく安らかに寝ておられるのを、薫は、このまま蝉の脱け殻のように何時までも見ておれるのであれば、嬉しいのであるがなあと、途方に暮れていた。
 臨終の作法である受戒の剃髪をするために、大君の髪を梳る時に、さっと匂いがして、生前の懐かしい香りが漂い、薫は大君の欠点を探して恋を諦めることは出来ないほどの性格の女で、大君が自分のこの世を捨てる道しるべであれば、その自分の気持ちを止めるような欠点を、大君の遺体の上に示してくだされと、佛に念じるのであるが、たとい念じても彼の悲嘆の情を思い鎮める方法がないばかりであるので、早く火葬にしてしまおうと、色々と葬送の仕来りの式などをするのが、情け無い気持ちであった。葬送の式場に足を運ぶが地に着かないような感じで、その上、火葬の煙も多く立ち上らず、はかなさを更に深く感じてがっかりして山荘に引き上げた。