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私の読む「源氏物語」ー72-総角ー3

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 一行の中で長老である大夫は、涙を流して泣いていた。八宮の若い頃を思い出していたのであろう。匂宮は、

秋はてて寂しさまさる木の本を
      吹きな過ぐしそ嶺の松風
(秋が終ってしまって、寂しさの深くなりまさる姫君達の山荘のあたりを、あまり過分に吹かないでくれ、峰の松風よ。残りの紅葉までも散って、一層、山荘が寂しくなるから)

 と詠って涙ぐんでいるのを、少しでも事情の知っている者は、世間の噂の通り、匂宮は中君を真剣に考えておられる。今日のこの好機を、逃がしてしまって、気の毒なこと、と察してくれる人はあるが、供の者達が続々と引き上げていくので山荘に寄ること出来なかった。昨夜、作った漢詩で、その興味のある所々を吟誦したり、和歌も宇治の秋の風物に寄せて詠んだのが沢山あるけれども、こんな遊興の酔の騒ぎの中で詠んだものには、普段の時以上に立派な歌があるはずがないから、沢山作品はあるが、一部分を書き止めて残すだけでも、気が重いのである。
 山荘には、匂宮が寄りもせずに素通りで帰られるのを、行列が遠くに去るまで聞える前駆の声々を悲しく聞いていた。山荘で色々と準備をしていた人達も、匂宮一行が素通りしていったのを、本当に悔しいと怒っていた。まして大君はやっぱり、匂宮は、噂に聞く通り、「いで人は言のみぞよき月草の移し心は色異にして」(さあ、人は言葉だけは立派だ。月草で染めた表のように、移りやすい心はうわべとは異なっていて)の歌のように、月草の如く変り易い御心なのであった。人の話すのを、聞くともなく聞くと、男という者は嘘をよく言う。男は恋しく思わない女を、思ているような振りをする言葉を多く使って言葉巧みにうまく女を騙すのである。ここにいる、身分の低い女達が、過去の体験談として話すのを、自分は、下走りの男の中にこそ嘘を言ったり、思いもしないのに思うように装う、そんな不都合な心のある者がまじつているのであろう、と思っていたが、身分の高い人となると、世間の噂や思わくが気にかかり、当然、勝手な真似はできないはずであると自分が思いこんでいたのは、実はそのようなことは無かったのであった。
 匂宮に男の色気を感じるように亡き父宮も聞かれて、中君の婿にするように近い間柄になるとは、考えも付かなかったであろう、それを薫が、人にはない程まで思いやりが深いと、何回も何回も話しなされ、うっかりその言葉を信用してその結果、中君の婿として匂宮を見るようになり、妹のために自分は身のつらさを更に多く被ることになって、情け無いことである。このように匂宮が情愛は深いと聞かされたのに、実際は浅くて見劣りする匂宮の心がけを、褒めておきながらその反面では、薫はどう考えているのであろう。この山荘には格別に何となく恥ずかしいと思うような女房は、まじっていないけれども、女房達の各自が、つまらない事をしたものであると考えるような事が、人からの笑われ物で、馬鹿らしい事である。と、心配するから気分も悪くなるので、大君はどうしたらいいのか苦しい立場に立っていた。
 中君本人は匂宮にたまに会うときに、彼が、中君一人を真剣に愛しているようなことを言い御約束するから、会う機会が少ないからと言ってまさか変心するようなことなさるまいと、気がかりな事があっても中君は、止むを得ない事情があるのであろうと、心の中で、匂宮が久しく来られないことを気にはするが、割合安心して気持ちを和らげていた。匂宮が訪れなくなって相当日数がたったが、そのことを気にしないわけでもないが、中途半端に、山荘近くまで来て立ち寄りもしないことが、中君にとっては辛く悔しくおもうのが、何となしに山荘中が寂しく感じていた。中君が我慢している様子を大君は見ていて、普通の姫君らしく中君を世話して、宮家らしい住居であるならば、匂宮はこのような態度で中君に接するようなことはなかったであろう。と姉として大君は、本当に中君は可哀想であると、見ていた。そうして自分もこの世に長く生きて薫と仲良くなって結婚して、あげくには中君のようなつらい目を経験することになるだろう。薫が自分にあれこれと言うのも、私の心の中を見ようと言うことであったのであろう。そうして大君は、自分が薫から逃げようと色々と理由を作り上げて、彼の気持ちを拒否できるのも、もうその理由という物がなくなってきている。我が家の女房達が、中君が匂宮の冷遇に困っているのを目の当たりにしながらも、私にも夫を持たせようと思い、色々と考えているようであるから、自分は不本意であっても女房達の手引きで薫が夜這いするに違いない
と、彼女は思うのである。そうして、亡き父の遺言である「夫を持たないで一生を送るように」
もしかすると、女房達の手で夫を取り持たされるような事もあるかも知れないと注意しておられたのだ。
 たとい夫を持ったとしても、運のない身であるから私達二人は夫に死に別れ、中君が匂宮に捨てられて笑いものになったのと同じように、私も世間の笑い者になってしまう。そのようなことで、亡くなった親の魂までも苦しめることになる、それがつらい事で、中君の事は今となっては仕方がないが、せめて自分だけでも、そんな結婚のことで悩むことなく、罪障などを重ねて重くなる前に死んでしまおうと、大君は暗い気分で考えるとそれだけで食事が喉を通らなくなる。ただ、死ぬとしてその後はどうしようかと、大体のことを朝に晩に考え続けているので気が細くなり、中君を見ても彼女が何となく気の毒で、ふぼにも、そして姉にも死に別れて中君を慰め支えていく人がおられるであろうか。そこらには居ない美しい中君を毎日見て楽しみ、何としても中君を、立派な縁につけて、その姿を見ようと、努力するのを、心に将来の希望として考えていこう。
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 この上なく高い身分の方である匂宮に嫁いでもこのように、夜離れが続いて笑い者になった中君が、世間並みの生活をするようなことは、例が無く、苦しいことであろう。大君は考えていると、何と言ってもこの世では心配事を解決する方法が無くて、このままで死んでいく自分であると、普通の女では考えない腺の細い心配性の固まりのような大君であった。
 匂宮は、忍んで宇治へ行こうと出発するが、
夕霧の子供の衛門の督が、
「このような秘密ごとの愛人を置く事があるために、宇治の山里へのお遊びも、出し抜けに宮は思いつかれたのですね、これを軽々しい行動と世間では見下してけなされます」
 と告げ口をしたので、匂宮の母、明石中宮も帝も許されぬ事として、
「これも多分匂宮が里住まいが、そうさせるのであろう」
 と厳しい申しつけが出て、匂宮は内裏内に住み留めさせられた。

 匂宮は左大臣の六姫を正妻として迎えることを拒否していたが、無理にでも承知させて迎えさせた。このことを中納言の薫が聞いて、色々と考えて、六姫が定まれば、匂宮は宇治に行かなくなる。そうなると自分が中を持った中君に責任があることになると彼方此方と奔走する。
 薫は、自分は少し変わっているのだろうか、