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私の読む「源氏物語」ー72-総角ー3

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十月一日神無月朔日ごろ、網代で魚を捕らえるのも面白い見物ですよと、匂宮をそそのかして、紅葉狩りを薫は匂宮に申し出た。匂宮は、匂官邸に奉仕している者ども及ぴ殿上人でごく親しい者を連れて行こうと思うが、彼は帝と明石中宮との寵愛の御子で大層な威勢の人であるから、忍びごとがいつの間にか広がって、左大臣夕霧の子供の宰相の中将がお供として付いてきた。そのように供は、上達部はこの薫だけが従い、上達部以外の、普通の殿上人が多かった。

 宇治の山荘には薫が文であらかじめ、
「無論、匂宮は山荘に御一泊なされるであろうから、御一泊あると御考えあれ。先年、初瀬詣の春も、山荘に花見と訪問して来た誰彼が、こんな機会を利用して立ち寄り、季節柄時雨の雨宿りの混雑に乗じて姫達を見ようとすることがあると思います、充分ご用心を」
 その他事細かに書いてきた。そこで、御簾を掛け替えたり、彼方此方と掃除をし、岩が隠れるほど落ちた紅葉の葉を払いのけ、遣り水の雑草を取り除きなどした。薫から果物、魚などの他に料理人として何人か山荘に来させた。薫に頼るのは何となく気が進まないが大君は、薫以外に頼る人がいないので宮家としての奥ゆかしさはないけれども、これも薫との縁であると、彼女は考えて接客の用意をした。
 匂宮が宇治川を上ったり下ったりして、管絃を面白く舟の中で演奏する曲が、山荘にも聞える。遠くに演奏の舟が見えるのを、舟が見える川岸に若い女房達が出て見物する、匂宮がそれであると、はっきり見分けがつかないが女達は満足していた。紅葉で飾った舟が、錦で装飾したように見え、それぞれの楽器が出す音色が風に乗って見事に聞こえてくる。匂宮に官人が仕える様子が、こんな人目を忍んだ紅葉狩のような遊の御出かけにも、このように立派であるのを、見ると、山荘の姫達は、なる程、世間に言う、年に一夜だけ逢う七夕の織女程であっても、夫としては、こんな彦星の如き立派な夫を、いかにも迎えたいと、意識するのである。当然一行の中には文即ち詩を作る助言人として文章博士など供の中にいる。本来、詩は文、散文は筆と言った。タ暮れ時分に、タ霧の別荘、宇治院の岸に、舟を寄せて、宇治院に管絃の演奏をしながら詩を作る。冠に薄く色づいた枝、濃く色づいた枝を、飾りとしてさして、海仙楽を吹奏してみんなは満足した様子なのに、匂宮は、古歌に言う、「見る目(海松藻)のない近江の海(思う人を逢い見ない)」のような気がするので、七夕も逢うのに中君の、私に逢えない恨みは、どんなであるかとばかり考えていて、薫と初めての話はこのような大事ではなかったのにと、上の空であった。供者達はそれぞれ時にあった題を付けて詩を作り互に、小声で吟じたり読んだりしていた。人の騒ぎを、いくらか鎮めてから、山荘に出かけようと薫は考えて匂宮にもその旨告げると、内裏より明石中宮の命令で宰相の兄である衛門の督が大袈裟な随身を引きつれて、随身は、大将八人、中将四人、少将二人、督四人、佐二人である。衛門府の随身を引き具して来たのである。しかも正装で迎えに来た。そのきらびやかなこと、匂宮の迎えにと来たのである。皇子がこのように遠出は、いかに忍びごとであったとしても自然に行動が広まって聞こえて後々の例にもなることで、供の数も少なく宇治へ急に来たことを帝と明石中宮が聞いて驚き、衛門督が規則通りに殿上人を多数連れて迎えに来たのに匂宮も薫も工合が悪くなってしまった。匂宮も薫も困ったと、当惑してせっかくの楽しみも興ざめしてしまった。この二人の心の中を知らずに一行は酔い乱れて遊び明かした。
 今日一日は、このままで宇治で過ごそうと、匂宮は考えるが、明石中宮はまた続いて中宮職の大夫即ち長官や、そうでない、匂宮の供をしなかった殿上人などを、大勢宇治に迎えにさし向けてきた。匂宮は心が落ちつかず、中君に逢う事のできないのが残念で放心状態である。しかたがないので中君に文を書く。文面は、風流めいた事もなく、真面目に思いつくことを細々と書いたのであるが、匂宮の側に人が多く見られもしたらと、中君からの返事はなかった。中君は匂宮一行の様子を見て、自分のようなつまらない身分では、匂宮の立派な御そばに侍ることは無理な事であるなあと、中君は自分の身の程を知ってしまった。ある程度離れていて、久しく逢う事が無く月日が立つときは、待ち遠しいことは道理であり、たとい、隔てても、そんなに間が開かないでその中に会えるものであると、心を慰めるのであるが、今日は騒がしい声も近くに聞こえるところに匂宮はおられて、それなのにお出でにならないとは、中君は辛く、悔しく心が乱れてしまった。匂宮は彼女の辛さ以上に、中君を訪ねられなかったことを、耐えがたい苦しみである、口惜しいと、限りなく悔やむのであった。
 網代で捕れる氷魚も、匂宮に心を寄せて好意を示し、沢山捕れるので、色々の木の紅葉した葉を敷いて、その上に載せて賞翫しているのを、お供の人達が面白そうに見ているのを、その人その人に応じて、満足する遊びであったのに、計画を立てた匂宮自身の気持は、中君に会えない悲しさで胸一杯となり空を見上げると、姫達の山荘の木々の梢がとても風味があり常磐の木に張り付いた蔦の色が奥ゆかしく見えて遠くから眺めただけでも、物寂しく荒涼としているのであるの、薫は、予告などして、姫君達をあてにさせたのに、訪れる事が出来ず、却って悲しませてしまった事よと、思っていた。

 去年の春に匂宮の初瀬参りに供をしてこの地にやってきた君たちは、山荘の花を思い出して、八宮を亡くして姫達が遺されて寂しく暮らしているであろうと話をしていた。中には、こんな風に、匂宮がこの山荘に内々で通われると、言う者もある、事情を知らない者もいるので、匂宮との関係などでなくて、一般的にこのような山里に姫達のような美人がひっそりと暮らしていること自体が、人の噂に上るものであるから、供人達は、
「姫君達は、いかにも美人であるという評判だよ」
「箏の琴の名手だそうだ」
「亡くなられた宮が、明け暮れ教えられたとか」
 などと口々に勝手なことを言っている、夕霧左大臣の二番目の息子の宰相中将は、

いつぞやも花の盛りに一目見し
     木の下さへや秋はさびしき
(何時であったかまあ、桜の花の盛りに、かつて一目見た姫君達の寂しい生活は勿論、その上、木のもとまでも、秋は寂しい事であろうか)

 山荘の主人方であると薫に詠うと、薫は、

桜こそ思ひ知らすれ咲きにほふ
       花も紅葉も常ならぬ世に
(桜が、いかにも思い知らせてくれる、咲き匂おう花も、美しい紅葉も、生滅輪廻の無常の世である事を)

中将の兄の衛門の督は

いづこより秋は行きけん山里の
      紅葉の蔭は過ぎうきものを
(今は十月で冬であるから何処から、秋は立ち去って行ったのであろうか、この宇治の山里の紅葉の陰は、心残りかして立ち去りづらいものなのに)

中宮職の長官(大夫)は、

見し人もなき山里の岩がきに
       心長くも這へる葛かな
(かつて昔、眺めて賞翫した八宮も、今は亡くなった、宇治の山里の岩の垣根に、気ながにまあ、相変らず這っている葛であるなあ)