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私の読む「源氏物語」ー71-総角ー2

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       心もゆかぬ明けぐれの道
(来る時には案内した私の方が、却って迷うであろう、思をも遂げなくて帰る、暁の薄暗い道に)
こんな例が世間にもあるでしょうか」

 大君は心底から、思うにまかせず苦しいと聞いていたが、
かたがたにくらす心を思ひやれ
     人やりならぬ道にまどはば
(御身のために、妹の身の上や自分の嘆ぎとあちらこちらに、苦労している、私の気持を御察し下されよ、御身が、人ごとでない、自分勝手な道に迷うならば)

 と、よく聞き取れない声で大君が返歌するのを、薫はもどかしさと飽き足りなさに、
「何としても二人の間が、このように隔たっていますから、私はとても苦しんでいます」
 大君をあれやこれやと恨み続けていて、そのうちに夜も明けていき、匂宮が昨夜入っていった部屋から出てきた。物軟かに、わざと立ち居する時に漂う匂などは、風流な思いの懸想の場合にはことさらに用意して燻きしめてくる匂宮らしかった。弁御許など老女房達は、部屋から出てきた人が薫でなくて匂宮であるのが、全く不思議で納得できないで、これも薫の考えたことと安心してよいと考えていた。
 暗い中を薫と匂宮は急いで帰る。帰り道は往きより道のりが遠いように感じて、気楽に宇治に通って行く事が難しいことが、前々からつらいから、匂宮は新婚早々に「若草の新手枕をまきそめて夜をや隔てむ憎くあらなくに」(若草のように初々しい手枕を初めてまいて、どうして夜を隔てよう、憎くなどないものを)ではないがどうしようと匂宮は悩んでいた。人が起きて騒しくならない早朝の間に六条院に到着した。中の廊下の処に車を寄せて降りる。変わった女の乗る車網代車で、女房などの下車するようにして人目を避けて隠れるように、中へ入る時に二人は顔を見合わせて笑い、薫が、
「このような人に隠れての行動は、中君への、真心からでありますなあと、私は御察し申します」
 と匂宮に言う。
 薫自身は、大君と寝ることも出来ずに帰った匂宮の道案内の馬鹿馬鹿しさで、匂宮に愚痴も言わない。匂宮は、早速男のつとめである、中君に後朝の御文を送った。宇治の山荘では、姫二人に女房までもが、昨夜のことは現実にあったことであると気が動転していた。

 色々に計画なされたのであった事なのに大君はその片鱗さえも教えてくれなかったと、中君は大君を誤解して憎らしく、情なく姉のことを思うので、姉とは目を合わせることもしなかった。大君は昨夜は自分がまったく外された局外の人であったことを中君に明らかに話すこともできず、中君を遠く気の毒にながめていた。女房たちも口々に、
「昨夜はどうしてあのようなことになったのか」 と、姫達の顔色をうかがうが、思いあまって、ぼんやりしているので、力になる大君がおられるのに、合点の行かない事が起こったなあと、互に昨夜のことを思い出して考えていた。匂宮からの文を大君が取って中君に渡すが、彼女は見ようともしないで横になったままである。
「返事が手間取っていること」
 と、匂宮の使者は待ちわびていた。

よのつねに思ひやすらん露深き
      路のささ原分けて来つるも
(私の気持を世間並として考えるであろうか、露の深い山路の笹原を踏み分けて来たのであったにつけても。決して世間並の軽薄な心ではない)

 書き慣れた墨の継ぎ工合などが、今日の御文は、特に優美であるにつけても、かつて匂宮が初瀬参りの時立ち寄られた昔、特別の関係がないものとして見た頃は、匂宮の書は興味深く、思われたけれども、中君の婿として見る今は、中君が捨てられはせぬかとこれから後が気にかかり心配なので、返事のことはが自分が代筆するとしても、それも問題があるから、大君は妹に後朝の返事であるから、慣用の文句を教えてきつく中君の尻をたたくようにして返書を書かせた。使いに来た者には表が蘇芳(赤紫色)で、裏が萌葱(緑)のかさねの細長一かさねに、表裏の間に中重(なかえ)のある袴を添えてお駄賃の禄として与えた。使いが固辞して受けぬために、物へ包んで供の人へ渡した。この者は、儀式ばって祝儀をやる程の御使でもなく、匂宮が、いつも宇治に遣しなさる、童殿上している者である。匂宮は特に、様子が漏れないようにと、思っているので、使いの者が頂戴したものは、出しゃばり女房の弁御許のしたことであると、良い感じではなく使者の報告を聞いていた。
 その夜も薫を誘うけれども、
「冷泉院へ今夜は必ず参上しなければならない事がありますので」
 と言って匂宮の誘いを断ってきた。匂宮は、薫はいつも女の関係することになると、自分は男女関係の事には興味ない風な格好を付けてと、匂宮は薫を憎い奴だと思うのである。

 宇治の大君は、どうしようか、こうなっては、以前には大君は、中君に薫を望んだのが自分の本意であったから、今回の匂宮と中君が共寝をしたことは希望もしなかった事であるからといって、匂宮を粗略にもてなしたのではないか、と気落ちしていたがそれでも気を取り直して、中君の部屋の飾りなど、何もかも万事揃わない住居であるけれども、そんな不揃いな点に、風情あるように敢えて飾りつけて、匂宮の二夜を待つのであった。

 京と宇治の間の遠い中道を匂宮は急いで来られたので、大君はあまり歓迎しない匂宮でも、通って来てくれる事は嬉しい事であるが、どうも、一方から考えるとどうも可笑しい何かあると思っていた。中君は正気もなく放心の状態で、姉大君があれこれと指図して女房達に衣装を付けさせたり神を梳かせたり、化粧をしたりと、本人はされるままである。紅の色の濃い上衣の袿の袖が何となく濡れているので、姉の大君も涙を流し、
「私は長生きするとは思っていませんから、毎日の生活に、貴女のことだけが気の毒に思っていますのに、それなのにここの女房達は、良いご縁でありますと、うるさいほど貴女に言っているようですが、年を取って経験を積んだ老人達は、もういいというほど教えるこが、世の中の道理を歳の数だけ多く知っているのであろう。この姉が、たいした自信もないのに、自分我を張って、貴女を、独身の儘に放っておいてはいけない、然るべき時があったら、薫君に嫁がせもしようと、考えたこともありましたが、この度思いもしなかった、匂宮が貴女と忍び逢われた恥ずかしい突然の出来事で、私が心を痛めることとなるとは、全然考えの外でした。このことは、世間の人の言う、逃れることが出来ない前世からの宿命ということでしょうか。私は本当に心を痛めております、貴女が少し考えた上、心が落ち着いたときに、匂宮が貴女を夜這いされたとき、私は何も知らなかった訳を話しましょう。私を憎い姉とは思わないで下さい、罪のない人を憎むと反対に自分に罪が返ってきますよ」

 と中君の髪を梳りながら姉は妹に話すが、聞いていた中君は何も答えず無言でいた。それでも、このように姉が申すにはなる程、大君の言葉の通り、私の将来を、不安であり、悪かれと考えられることはないと思うが、匂宮に万が一捨てられる事があれば、人から笑われて見苦しいことである。このようなことも合わせて姉の世話になるのは辛いことである。と、中君の頭の中は考えることで一杯であった。