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私の読む「源氏物語」ー70-総角

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 薫は障子の処まで大君を見送って、昨夜侵入した戸口から出て、昨日用意してくれた座に戻り横になるが眠れない。昨夜大君を抱きしめた余韻が残り、こんなに、大君を恋しいと思うのであったなら、長い間、私は馬鹿みたいにのんぴりと潔白のままでいたのだろうか、などと考え、京に帰るのが何となく億劫に感じていた。 大君は二人の仲を人はどう言うだろうと、気恥ずかしくてなかなか横になれないで、力になる父母がいなくて、どうこの世間を送っていこうかと心配なのに、女房達が、つまらない男どもを何かの縁から次々に各人各様に言い出して来るのに従えば、思いも寄らないつまらぬ男を婿とする事も、きっとある、と思うのである。とすると薫のことは決していやらしい事ではなく、父八宮も、「もし、薫に、婿になるような御気持があるならば、大君を許そう」と、かつては、時々仰せになり、またお望みでもあったが、自分では、まだこのままで過ごし行こう。大君よりは、むしろ姿、形が優れて今盛りの中君をこのまま埋れてしまうのは惜しいので、ひとなみに婿を得るならば本当に嬉しいのだ。その父の思いをもしも、中君と薫を結ばせたならば、あらゆる方面に気を配って中君の事を考え、世話をしよう。中君を薫に許せば、私は自身の身の上を、薫でなくて、外に誰か世話をしてくれるであろうか、くれる人はないと、考える大君である。実のところ大君は内心、薫を思慕しているのである。薫という人は平凡で、何かに紛れて目につかない様な人であれば、大君も、こんなに長い間色々と世話になって、親しくなってしまうこともなかったであろうし、薫に心が靡く様なこともなかったであろう。しかしながら、薫と会うのが気恥ずかしくなるほど美しく面と顔を見ることが出来ないような逢いにくい容姿であるので、非常に気が引けて、まともに話も出来ないような状態では、大君は、私の一生はこんな風に独身で、最後まで行くのであろうと、彼女は思い続けて、声を出して泣きながら薫を諦め朝を迎え、疲れが出てきたので中君が寝ている奥の間に行き中君の横に添い寝してしまった。
 中君は昨夜遅くから、普通とは違った大君方の女房達が、ざわざわと騒がしかったが、何かあるのかと思いながらも寝てしまったので、姉の大君が自分の横に添い臥してくれたのが嬉しくて、大君が側に添うて臥したから自分の掛けている夜の掛布団に使う夜の衣の端を引っ張って大君に掛ける時に、大君の衣への移り香が薫って、紛れもなくこれは薫の匂いである、鬘鬚の宿直人が、かつて、薫から頂戴した衣を持てあまして処理したとか言った事も、思い出して昨夜の女房達が騒いでいたのも、薫と姉が関係したのは本当であると、姉の心が気の毒に思い、寝た振りをして姉に話しかけなかった。

 薫は弁御許を呼び寄せて、事細かに話をして、大君に対する山荘を去るに付けてのことを口上で真面目に申しつけて、帰路についた。
 大君は昨日は催馬楽の総角を冗談のようにして歌にしたこと、自分の気持ちで薫とは少し離れて対面したと、いずれにしても中君は私と薫との間に男女の関係があったと思うであろう、恥ずかしいので、
「気分が悪い」
 と言って一日悩んでいた。女房達は、
「八宮の一周忌まで、日数が残り少なくなりました」
「些細なことでも、大君の外には、はきはきと、命日の準備を申しあげる人もないのに」
「都合の悪いときに体調を崩された」
 と言っている中で、中君は名香の包に掛ける組糸などを作り終へ、
「心葉などは、どうも、考えつく事ができませぬ」
 と、糸を結び合わせて作る飾り花のことを、姉の大君に喧しく言うので暗くなったのを潮に大君は起き出して、中君と共に心葉造りを始めた。薫から文が届いたが、
「今朝より更に気分が悪くなる」
 と女房に代筆を頼んで返事をする。女房達は「後朝の文の返事を代筆でなさるとは、見苦しく失礼であります」
「考え方が、浅はかです」
 と、女房達はぶつぶつ不平を言っている。
 服喪の期間、一周忌が終ったので、喪服を脱ぐのであるが、父宮に遅れはしない、と思っていたのに、あっさりと一年が過ぎてしまい、振り返ってみると、父の死に後れてしまい、考えもしない、情ないつらい身の上であると、二人の弟妹が涙を流して気分暗くしているのを女房達は、辛くてやりきれない気持ちで見ていた。
喪の間は喪服の黒色に目慣れてしまい、姫達の姿も艶めかしく見えていたが、中君は今が歳も丁度女盛りで、その美しさは前より数段優ってきた。中君に髪などを洗い清め手入れをさせて、ゆっくりと見てみると、世の中のことなど忘れてしまうほど美しく立派であるから、大君は、
中君を薫にと心中密かに考えている、その望み通り中君は魅力的になって、薫に縁づいても、大君をおいて中君に心が移るはずはないと、思っていても、薫が近づいて見れば中君が大君に劣るとは思わないであろうと、大君は中君を頼もしく思い、世話をする人もないので、中君を、親の気持で、大君は面倒を見ようと決めていた。 薫はかつて大君が、薫を自分の部屋に入れないのを喪服の所為にしていたことがあったその喪服も、普段の服装に戻す喪明けの九月が待ちきれないで、喪が明ける八月二十日前に山荘を訪ねた。
「先夜のように、御逢いして語り合いましょう」 と、女房を通しての伝言があるが、大君は、
「気分を悪くしてます。所労からだろうと思っています、お会いすることは出来ません」
 と、割合はっきりと断って会うことはしなかった。薫は、
「何と情け無いことを言われる、女房達も心配していますよ」
 と、今度は文を書いて渡す。大君はこれも文で、
「今は、一周忌もあけたと言って、喪服を脱いだのですが、着替えのさいの心の悲しみ嘆きで、今までよりも更に気落ちしています、返事も書けません」
 受けとった薫は大君を恨んで気力もなくなり、弁御許を召し出して、くだくだと愚痴を言う。弁御許達女房は、どうしてよいのか分からない心細さを救ってくれるのはこの薫しかいないと、力と頼む方であるので、自分達の希望が薫と大君の縁であると思い、大君と薫が関係が出来ることを目出度いことと思い合わせているので、薫を大君の寝所へ入れてあげようと、女房達は相談していた。大君はそのような女房達の動きは知らなかったが、薫が弁御許と格別に親しくしているのは、ひょっとすると弁は薫に味方して何か企んでいるかも知れない。昔の物語にも、女が自分の心では、気を許して男に靡き、男に近づくことはない。男との関係は皆女房達の謀によるものと書かれている、ここで気を許してはならない、薫のことで女房は何か企んでいるであろうと、大君は思い、自分が靡かぬからと私をひどく恨むならば、せめて私の代りに妹の中君を差し出そう。少し器量が悪い女でも、体の関係が出来てしまっては、薫は薄情なことにはしないという性格であると思うので、まして中君はあの美貌である、関係が出来てしまえば、薫が私に袖にされた恨みが少し和らぐであろう。しかし例え中君と関係ができて彼の心が収まるであろうけれども、こんなことを例えば女房達に言い出しても他に良き女は居ないであろう。