小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

私の読む「源氏物語」ー69-椎本ー2

INDEX|6ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 

 何事も、なり行きにまかせて、個性を押し通す事もなく、性質が大ようで温和な人は、専ら周囲のことを気にして、夫婦仲がどうこうしても、どうしようもないと、自分から諦め、これは前世からの定めであると、今さらしかたがないと我慢して済ますでしょうから、個性を主張しない大ような女は、却って、長く添いとげる例になるような事もあり、然しそのような女で夫婦仲が崩れはじめると、竜田川の濁るように、不名誉な事も起し夫婦の縁が、取り返しがつかずに切れてしまい、長く添うことが出来ず、捨てられた女として終わるということも、そのような個性のない女には、多くありがちのようであります。
 宮が心を惹く女性に逢い、その女性が宮を愛し続ける限り宮は、態度を変えて心を他の女に移すようなことがない方だと私は信じています。
 匂宮と私のお付き合いは長いから、だれも見抜けないようなことも、私だけは細かく知っています。もしいい御縁だと思いでしたら、私は姫達の仲介人を心からお勤めいたしましょう。
 もし私が仲介人となれば京都と宇治の間の道程を、脚を痛めてでも往復いたします」
 心を込めて薫が二人の姫に説くので、大君は薫が自分のために言っているとは思わず、中君のこととおもい、中君の親と言うことでお答えしようと、おもうのであるが、さてどう答えて良いか言葉が見つからず、
「おっしゃることにどうお答えしたらいいやら、何となく女を口説いているようでして、答えの言葉が見つかりません」
 と笑って言うが、おっとりした女であるから答え方も可笑しく感じた。
「匂宮の話は必ずしも大君のこととお聞きにならずに、私が雪をかき分けてこの山荘に来たことを理解していただけば、後は姉君としてお考え下さい。匂宮の気にしている方は、大君ではなくて中君に向けての文のように私は思うのです。けれどもまあ、それも、大君なのか中君なのかどうかわからない事で,他人の判断申しにくい事です。匂宮への返事は姉君ですか妹君ですかお書きになるのは」
 と問いかけた。大君は、よくぞ、礼儀としても匂宮に返事を書かなかったこと、薫君がこのように彼のことを言われるのに、儀礼的な返事を出していれば恥ずかしくて胸が潰れるところであったと、思うのであるが、大君は口では薫には言えずに薫の言葉には応えず、

雪深き山のかけはし君ならで
      またふみかよふ跡を見ぬかな
(雪の深い山の懸け橋は、御身でなくて、外に又踏み通って来る足跡を私は見ませぬよ)

 と書いて御簾の下から薫に渡した。薫以外とは文通しないと、暗に気持ちを詠った。薫は、

「言い訳されますと、かえって私としては不安です」と言って、

つららとぢ駒ふみしだく山川を
      しるべしがてらまづや渡らむ
(氷が閉じ、駒が踏み砕く宇治の山川を、匂宮の案内かたがた、私が、先に渡ろうと思う)
 とくに私が大君と逢うならばこそ、私が御伺いすることも、無意味なことではないようです」

 会いたい気持ちで答えると、大君は意外に不快になって、薫に何も答えなかった。目立って怒って近寄り難いようには見えないが、若い者のようにあだっぽい姿でもなく、多分会ってみると、見た目も立派で、温和な性質であろうと、几帳越しに自然推量される無言の大君の姿である。

 女性という者は、このようであって欲しいものだと、薫の思いに本当に適った気持ちになった。薫が時々意中を遠回しに伝えるが、大君は御簾の中でそしらぬ顔で居るので、薫は気恥ずかしいから、八宮存命中の昔話などを細かく話をする。この状況を側にいる薫の供達が見て、聞いていたが、
「日が暮れると雪が又降り始めます」
「大地も空も、きっと塞がるに違いないようです」
 と、供の人達が、咳ばらいをして暗に帰京を促すから、香は帰ろうとして、
「御気の毒に、自然に見廻されるお住まいの様子でありますねえ。すっかり、山里のように、大層、閑静な所で、人の出入りもありませんでしょう、私の住んでいます京の屋敷を、貴女方がそこに住もうと思われるならば、私は嬉しいのですが」
 と大君に言うが、京住まいとは嬉しいことを言いなさると、密かに聞いて喜ぶ女房もいるが、中君は、そんな醜くいことを、大君が京に移るような事があるわけがないと、姉と薫の二人を見ながら思っていた。
 姫達は薫の一行に、薫には果物を、供の人には酒肴を、体裁よい工合にして、宴席を作った。あの、薫の移り香を人から騒がれた宿直人が、鬘鬚という頬つきで、姫の守り役としていかめしい格好でいる。頼りない姫君の守り役よと、薫はそれを見て、彼を呼び、
「八宮亡き後はいかがであるかな、さぞかし心細いことであろう」
 と問うと、彼は顔をしかめて泣きそうになりながら、
「世の中に頼みとする身寄りもござりませぬ身で、八宮方の御世話のもとに安穏に過ごして三十余年になりますので、八宮存命中でも、頼む蔭は、八宮一所だけでありました。然るに殿の宮が亡くなられた後、現在は、八宮在世中にもまして今は、仮に出家をしようとしても頼むところが一カ所も有りません。
 と言って泣いてみっともない姿を見せていた。
 生前の八宮の部屋を、薫がこの鬘鬚の男に案内させて見てみると、塵が積もって仏像だけは、それでも花のように美しい珠玉を連ねた首飾りの瓔珞などが昔に変らず、姫君達が、ここで勤行していたのであろうと、薫は考えていた。八宮の勤行の時の御台座などは取り除いて、綺麗に掃除してあった。
「もしも出家の本意をなしとげられたら、師匠と頼んで勤行しようと、八宮に、かつて約束したことがあった。と八宮と約束したことを思い出して薫は、

立ち寄らむ蔭と頼みし椎が本
      空しき床になりにけるかな
(出家せば立ち寄るような蔭と頼んだ椎の木の下蔭が、空しい床即ちゆかになってしまったのであった)

 と詠って柱に寄りかかっていたが、几帳から若い女房がそんな薫の姿を覗き見て、何かはしゃいでいた。日が暮れそうになったので、薫の供の者が、この姫達の宇治の山荘に近い所で、薫の荘園などを管理している人達の所に、今夜泊めて貰うということと、馬の秣を取りに使者が行ったことを、薫も知らないことで、荘園管理の田舎の人達は、秣を持って何人も山荘に来たので、薫の知らない間に部下の者が手配したことと、自分は今日は忍びで来ていることとあわせて、これは全くきまりの悪いことをしてと、思うが山荘来訪は弁御許に会うためであると言うことで紛らし荘園の者達に、今後もこのように、姫君達の山荘の御用を奉仕するように命じて置いて、薫は山荘を去った。

 年が開けると、大君二十六歳、中君二十四歳、薫二十四歳、匂宮二十五歳になった。
 空はうららかに晴れて、汀の氷も融け始め

生きて行くのも困難なこの世をこの歳になるまで生き延びたのは、珍しいということであろうと、姉妹の姫は、色々と考えながら庭を眺めていた。阿闍梨の寺より、
「雪の消え間に摘みましたものです」
 と文と共に、沢の芹や、山の傾斜の蕨 を山荘に持ってきてくれた。それらを調理して精進用の台盤にのせて、姫達に差し出したところ、女房が、