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私の読む「源氏物語」ー69-椎本ー2

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(鹿の鳴く、宇治の秋の山里の日々の生活は、いかがであろうか。小萩の露が、袖に降りかかる、このような物悲しいタ暮には)

 今日のこの時雨と哀れ深い空の風情を、御理解なさらない風であるとしても、それも、あまりに、私にはどうも不愉快な事であります。世間の無常を思わせるこの、枯れゆく野辺も、今
具平親王の詠まれた「鹿の住む尾の上の萩の下葉より枯れゆく野べもあはれとぞ見る」のように特に眺められる時期でありましょう」

 呼んだ姉の大君は、
「時雨の空の風情を知らないと、おっしゃることもなるほど、その通り全くあんまり人情を理解しないようで、返事をしないのも悪かろうから、貴女返事をね」
 と中君に返事を書かせた。父が亡くなってから今日まで生きながらえたからは、文などと硯を引き寄せたが、どうしても、情なく過ぎてしまった日数であるなあと、思うと、中君は全く考えも付かず頭の中は真っ黒で硯を押しやって、
「やはり私には書くことができませんは、日にちが過ぎて何とかこのように起きあがることが出来ましたが、匂宮の言われるとおりなる程,悲嘆にも、限度がどうもあると、思われるのも自分ながら嫌な気持ちになって」
 いじらしげな様子で泣きしおれてしまったのを見て大君も苦しかった。
 匂宮の文の使いは宵過ぎに山荘に来たので、「今よりはどの様にして帰るのか」
「今夜はここに泊まっては」
 
取り次ぎを通して言うが、
「このまますぐに帰りませぬと」
 と言う使いの気持ちを察して気の毒で、大君は、いい顔をするわけではないが、返事が遅れるのは使いも困るだろうと、

涙のみ霧りふたがれる山里は
        籬に鹿ぞ諸声に鳴く
(涙ばかりこぼれ霧も立ちこめて、目は見えずに塞がっており、総てにふたがれる山里は、荒く作った垣根(まがき)の傍に、鹿が、私達と声を合わせて鳴いている)

 喪中であるので鈍色の料紙に、夜の事なので、筆使いもはっきりしないないから、上手にと気取る所もなく、筆にまかせて書き、礼紙(白い紙)で巻き、その上を包紙で包んで使いに渡した。匂宮の使いの者は木幡山のあたりも、雨の降る中で、大層恐しげであるけれども、そのような恐しげな山道でも物怖じしないと思う者を匂宮は選ばれて使者にしたのであろう、気味悪そうな笹やぶを、馬の歩みを止めて休息することもなく、急いで帰ったので普通よりも相当早くに匂宮の屋敷に到着した。匂宮はすぐに使いを呼び寄せて、びっしょりと濡れた姿を見て、褒美を授けた。

 すぐに、匂宮は使者の持ち帰った文を開いてよむ。その文は、かつて匂宮が見た筆跡ではない違った手で、以前の手よりも少し大人らしく上手で、風情のある書風と見ていた。以前のは中君、これは大君の筆である。匂宮は、どちらが、どちらの手であろうと、文を書くところは見てはいないので、もらった文を下に置くこともなくじっと文面を見つめてなかなか寝ようとはしないので、側の女房達が、
「返事を待って起きてお出ででしたが」
「来たら来たで又、御覧なされる時間が長いのは」
「どれ程、姫君を恋しておられることであろうか」
 と囁き合って、ここにも女がおりますのにと、匂宮が憎たらしく思うのである。半分は眠たかったからでもある。
 まだ朝霧が立ちこめている早朝に、匂宮は急いで起き出し、文を書いた、

朝霧に友まどはせる鹿の音を
    おほかたにやはあはれとも聞く
(朝霧に、友を行くえ知らずにし仲間からはぐれさせた鹿の泣く音を、ただ通り一遍の世間の事として、あわれと聞くか,いや、一通りならず同情して聞く)
貴女が鹿とともに泣くとおしゃるが、私も貴女に劣らずに泣いています」

 という文が姫達に届いたが、返事が、あまり、人情を理解しているらしいとしても、それも面倒である。今までは八宮一人の力でを頼みにして隠れたようにして生きて、私たちは何の苦労もなく過ごしていた。父と死に別れた後、心ならずも生き長らえて、もし男との何かの間違が思いがけなくあったならば、それは自分達の誤りである上に、生前私たちのことを気に懸けて下さった父のことまで疵付けることになる。と匂宮ぱかりでなく、男との交際を大君は、昔にまして気にして恐しく、匂宮から来た今回の文への返事はしなかった。 然し返事のことは別として大君は匂宮を軽くは考えてはいなくて、匂宮から送られた何気ない走り書きの筆蹟・文面を味わいのある、上品で美しい立派なものと、男からの文をそう沢山もらったことがない大君はこの匂宮の文こそは、立派な御手と言うのであろうと思いながら、手にしている匂宮の文に返事であるが、見たこともないような品位があり奥ゆかしく風情のある言葉にどの様に書けばよいのか、それも喪中であるので何か言葉を入れなければ、どうしよう、返事を書くことは、止めておこう。ただ、このような俗界を離れて
この先も暮らしていこうと気持ちを決めた。
 薫中納言への返事ばかりは、薫からは真面目な態度で便りをもらうので、大君も気にそまぬ風ではなく文を交わしていた。八宮の四十九日の忌が明けなくても薫は自身宇治へ尋ねてきた。母屋の東の廂の間の、一段低くなっている所に服喪中は姫達がひっそりと生活している近くに座を決めて薫は弁御許を呼んだ。亡き父宮を思慕暗い気持ちで、途方に暮れていた姫君達の部屋近くに匂いを振りまいて薫が入ってきたので、喪服で貧相に見える自分達の様子がきまり悪いので、対面は勿論のことお話なんかも出来ない、薫は、
「私を、このようにつれない御扱いをなさらないで、亡き八宮と同じように扱っていただければ、私と話を交わされることはその甲斐がありますよ。私は、好色らしい態度や話し方もまだ経験がありませんので、取次の人を通してのお話は長く続きません」
 大君は、
「私達は、あきれる程に今まで生きてきたようですが、父を亡くした悲嘆を諦めようとしても、その方法のない夢ばかりを見て、どうしても迷ってしまいます、喪の服している間は月日の光にも当ってはいけない事になっているのに意外に、月日の光を見まるような事も、いけないと思って、そちらの端近へよう身動きが出来ません」
「何か事があると貴女はものすごく遠慮なさる方ですね。その月日の光は、貴女が光を見ようと思って自分の御気持から、大っぴらに日に当るために、端近などへ出るならば、それこそ罪もござりましょう。私は、今、愁傷を弔いに参ったのでありますから、その志を受けようと、端に出て来られて、月日に当たっても、罪にはなりますまい。私は折角御訪ね申したのに行く所もなくこのままでは、どうしてよいのかわからない程、気づまりに思っています。貴女方の御考えなされる端々を承って、私は気を紛らわしてさしあげたく思います」
 聞いている女房達は
「お考えの端/\との仰せの通り、なる程、いかにも姫様達のもの悲しいお気持ちを」
「姫様方を慰めてあげようという気持ちが、薫様はいかに深いことであろう」