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私の読む「源氏物語」ー67-橋姫

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「さて、いいだろうが、姫達に伝えなさい。私には女をものにしようなどという乱れた気持ちはないぞ。美しい姫君達が居られると、私が言ったとおり、世の中の普通の女とは思えないからこそ私は垣間見たく思うのである」
 と穏やかに言えば、宿直は、
「ああ、申し訳ありません。垣間見などという無分別なことをしたと、後々咎めを受けるようなことになればつらいことであります」
 と言いながらも、薫を、姫達の居間の前の庭は、竹を編んだ透垣を構えて、姉と妹とは仕切りを別にしているからと、二人を隔てている透垣の処に薫を案内した。薫の供の者は西の廊下に案内して、宿直が相手をしていた。
薫は仕切りの間の戸を少し開いて姫達の部屋の方を覗くと、簾を上げて、姫や女房達が、うす霧の空に輝く月を眺めていた。簀子の濡縁に、薄着で寒そうにほっそりとした糊気の落ちた着物を着ている女童が一人と、その女童と同じように萎えばんだ着物を着た女房などがいた。
姉妹の一人は柱の蔭にいて琵琶を前に置き撥を手にして弄んでいたが、霧に隠れて薄明かりであったのが急に月が霧から離れて明るく照らし出したので、妹の中君であろう、
「扇で月を招くと言うが、この撥でも招くことが出来るでしょう」
 と月を見るために蔭から出てきた姿が、とても可愛らしく、顔色もつやつやとしている。物に寄り添うて前に屈んでいる姉の大君は、中君の弾いていた箏の琴の上に、覆いかぶさるように、斜になって、
「落日を招き返す撥は本当にありますが、月を招き返すとは、貴女は風変りにな事を思いつきますね」
 と笑う様子はやはり姉であろう中君よりは少し歳も上で何となく大人の風情があった。
「撥で月を招き返す事はできなくても、撥とても月に無関係なものではありません、琵琶の上部に半月の形がありますから」
 などと愚にもならないことを姉妹が仲良く語り合っているのを薫が、八宮のような聖僧のような心の持ち主に育てられたから、この姉妹はきっと世間離れな変わった女達であろうと想像して垣間見るのであるが、その想像は見事に破られて、心からなつかしい風情のある美しい姉妹であった。

 昔の物語などを若い女房達が読む読書感想を聞くと、そのようなことがあるものかと、馬鹿にしていたのであるが、今目の前に見る二人の女に、物語の話が本当にあるものだと、多分薫はこの女達に心が奪われたことであろう。霧が深いので二人の容姿ははっきりとは見えないが、また月がさし込むこともあろうと、薫は思って時を待っていると、部屋の奥の方から、
「誰か居るようです」
 と姉妹に告げる女房の声がした。急いで簾を降ろして全員が奥へ入ってしまった。驚きもせずに緩やかに入っていく姉妹は衣擦れの音もさせずもの柔らかくいたいけな感じがした。薫は二人を見て可哀想な境遇だなあと思った。
 透垣からゆっくりと離れて薫は、帰京用の車を持って来るように、京へ供の者を馬で急がせてやった。また、近くにいる宿直に、
「運悪いことに八宮の不在中に参上したが、なんと宮が不在であったために却って、姫君達を垣間見たいという私の願いが適って、却って嬉しく思いますよ。私がこのように来訪したことを姫達に伝えてください。はっきりと、このように霧に濡れてしまったことも伝えるのだよ」
 と言うと宿直は早速姫達に伝えに行った。
 姫達に女房達は、まさか薫に見られているとは知らず、気を許して話をしていた月を招く遣り取りを聞かれたのではないかと、みんなは大変恥ずかしく、さては先ほど漂ったあの薫りは、深夜に来訪者があるとは思いもよらぬ事であるから、気がつかないとはなんという愚かなことをと、気が動転して驚いたのである。薫のことを姫に伝える女も余りよく知らない若い女房であるので、丁度良い機会だと薫は降ろされた御簾の前に歩み出て立っていた。山里生活に慣れてしまった女房達は御簾越しに立っている薫に云う言葉がなく、簀子に差し出す円座も何となくぎこちない。
「このように御簾の前に遠慮無く失礼な姿で申し訳ない。私が一時のでき心なんかでこの険しい道を宇治まで来たとは思ってはおられますまい、そのような私が宮にお逢いして教示を受けたいという、気持ちでこの道を苦労して訪ねて来たのに、御簾の外とは扱いが、いかにも違うのではありませんか。露に濡れる旅を、何度もなされば、今私がこのように御簾の外に置かれていることが、あなた方の冷たい心にいつかお分かりになることと信じています」
 真面目に語りかける。田舎娘の若い女房達では薫に、穏かにすらすらと返事が出来る者もなく、薫のような貴公子に言葉を掛けた経験がないので、気が上ずってしまい、返事が出来る歳を取った女房を奥へ呼びに行く間無言の状態が続くのは失礼に当たると大君が、 
「何事も躾をしていない女房ばかりで、しかも心得顔でどうしてお相手が出来ましょうぞ」
 奥ゆかしい趣があり、気品の高い声で、しかも口から出るか出ないか分らないような小声で薫に告げる。 
「何事も躾をしていない云々と仰せられるが、一方では、世間の事を能く知っていながら人のつらさを知らないのも、世間では良いことではない。ところが貴女は、一人だけ憂きは憂きなどと色々と知っておられるが、知らぬように、とぼけなされていると思うと、お話ししても無駄なことと、思われて、貴女がたが、この世の万事を悟りきった八宮の住居に、父宮につき添っておいでになるその心中は、宮のように悟り切っておられると、私は思って私の、隠しきれない貴女に対する気持の深浅の程度をお分かりになっておられると思っています
 私を世の中の普通の男のような好色な男として思い御見捨てなされてはなりませぬ。そのような色恋のことは、妻を求めよと私に強く勧める者が居ますが、その言に惑わされるような男ではありません実直堅固であります。この私のことは貴女も自然に御聞きになることでありましょう。
 私は独り身でありますので毎日することもなく淋しく過ごしています。世間話も出来れば貴女を御相手として、また貴女が今は世間とのお付き合いもなく没交渉で、じっと物を考え込んでお出でになることでしょう、その御気持の慰め、うさ晴らしとして、その気分を少しでもなくすように、私と打解けなされ、文通をして御近づきになりますならば、私はどれほど嬉しいことでありましょう」
 と色々と薫が話しかけるので大君は、どう答えて良いか困っているところへ奥から歳嵩の女房が出てきたので、薫との応対を任せてしまった。出てきたのは薫が柏木と三宮の間に出来た子供であることを知っている弁御許である、彼女はだから割合無遠慮な口調で、
「まあ、大変失礼いたしました。簀子に座を置くなどと、失礼なことをして、御簾の中へご案内するのがたてまえというもの、若い女房は物事を知らなすぎるので困ります」

 と、大袈裟に言う声が、年齢の盛りを過ぎた年寄り臭さ丸出しであるので、恥ずかしくて姫君達は恥ずかしかった。更に彼女は、