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私の読む「源氏物語」ー67-橋姫

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 この阿闍梨は冷泉院にも出掛けていっては、親しく経典を冷泉院に教えることもあった。阿闍梨は京に出たついでに冷泉院に立ち寄って、読むに良い経典などを見ながら、その中の疑義などを冷泉院の質問を阿闍梨が答える機会に、
「八宮が、ご立派に仏書の御学問に造詣が深いお方であります。前世からの運命で、仏典に深い理解をなされるように御生れなされた人で、仏縁が御ありなされるのでしょうか。仏道を心に深く御悟りなされた姿は、在俗ながら本当の聖僧の心構えに、見えました」
 「未だに出家はなされておられないのですか八宮を在俗の聖僧とか、ここにいる若い薫達がそう呼んでいるのである。殊勝な事であります」 と冷泉院は返事をしていた。薫も丁度その折りに冷泉院の前に伺候していてその話を聞きながら、自分は柏木の子と知り世の中を大層つまらないものと悟ってはおるものの、仏道修行など人に言われるようなこともしないで、心残りなことと思って過ごしている、と人知れずに思っていたのであるが、八宮が俗人でありながらも聖のような心をお持ちであると、聞いて更にこの阿闍梨の話を真剣に聞いていた。
「八宮は出家の希望は始めからありました。しかし始めは北方への情愛というちょっとした些細なことで躊躇し、今は又お二人の姫の身の上を考えて諦めてお出で、嘆いておられました」 と冷泉院に語る。僧俗ではあるが、音曲の趣味を持つ阿闍梨なので、
「この世を捨てかねていると言うも尤もであるが、それはそれとして別に又、この宮の姫君達が、絃楽器を合奏しておられた、楽の音が川の流れの音と競いあうように聞えたのが大変面白く拙僧はごくらくにいるようにおもえました」
 と、極楽などと古風に褒め立てるから、冷泉院は頬笑んで、
「あのような聖僧八宮の傍に成長したために、姫君達は、世間向きの事特に音楽などは、上手くないであろうと推測されるのであるが、優秀であるとはおかしなことよなあ。それではますます八宮は気がかりで、思い捨てて出家もしかね、姫君達の行く先を懸念されるであろう。もし私が少しでも八宮より長生きしたならば、その残りの間は、私に姫君達を八宮は預けなさらないであろうか」
 と言う。この院は亡き桐壺帝の十番目の宮である。兄の朱雀院が亡き源氏に預けた三宮のことを思い出して、八宮の娘達を遊び相手にしたいと、思うのである。聞いていた薫中将は、仏道に八宮が心を専念なされたような御気持を、八宮に対面して見てみたい、思う心が深くなっていった。話が終わって阿闍梨が宇治へ帰ろうとすると、薫は、
「私は必ず宇治へ参って、何かと教えて戴きたいと思いますので、取りあえず阿闍梨から八宮の意向をお聞きいただき、内諾を戴いて下されませ」
 と頼む。冷泉院は阿闍梨に言づてに。
「しみじみとした淋しい暮らし向きを人づてに聞いたものよ」
 と八宮に伝えるように頼む。そうして、

世を厭ふ心は山にかよへども
      八重立つ雲を君や隔つる
(この世を厭い離れる私の心だけは宇治山に通うけれども、(この身の行き得ないのは)御身が幾重にも立ち重なっている雲を、二人の間に隔てているためであろうか)

 阿闍梨は都から帰ると、この歌を持った冷泉院の使者とともに八宮の許を訪れた。普通の人の使いでもあまり来ないこの山奥に、冷泉院の使いの者が来たとは珍しいことであると、八宮は嬉しくて、宇治の山陰に相応した酒の肴などをだして、山里らしくもてなした。八宮は返歌として、

 あと絶えて心澄むとはなけれども
      世を宇治山に宿をこそ借れ
(俗世間から絶縁して悟りすまして住んでいるという聖の心ではないけれども、只この世を憂いもの、情ないものと思って、宇治の山に、いかにも宿を借りて仮住いをしておりまする)

 ぞく聖と言われるのを卑下して、喜撰法師の「わが庵は都の辰巳しかぞ住む世を宇治山と人は言ふなり」の歌を頭に思い出して宮は詠ったのである。呼んだ冷泉院は、まだ八宮は「世を憂う」などと言ってこの世に未練が残っているのであると、思ってこの返歌を読んでいた。
 阿闍梨は、八宮に
「薫中将の君は、仏道修行のお気持ちが深いようです」
 などと語り、
「薫様は、経文などの理念を、探求したい気持ちがあり、幼少の頃から、その事を、常に心に思っていましたが、この世を見捨てることが出来ずに俗生活をしている間に、公私にわたって暇がなく、それではいけないと、無理に一室に籠もり、経文を習得し、私のような生半可な者でも世捨て人というような顔をしても良いのだと思うが、ここで気が緩み、公私の用事に取り紛れて、このように過ごして来ておりますから、八宮の仏道精進の様子を阿闍梨に教えていただき、宮を心に留めて、仏道修行の師匠と頼りにいたしましょうと、拙僧を介して真剣に、薫君は申されましたが」
 聞いて宮は、
「この世の中に住んでいるのを、私は、仮の姿と悟り、この世が煩わしい世界であると考えつくし、自分の身に憂うることがあるとき、誰の歌かわ知りませんが「明日香河我が身ひとつの淵瀬ゆへなべての世をも怨つる哉」という歌も詠まれています、すべてこの世間を恨めしく情ないと感じたはじめが、どうもそこらにあると思っていますし、仏道を修行の志を立てたのもその辺にあります。然し歳も若く将来に向かって思いが叶うような、なんの不足もないと、誰もが思う薫のような、身分で、私のような思いで世を厭い、仏道修行の志を立てて、来世のことを探求するとは、奇特で珍しい事である。私は、親王としての立場を失い、妻には死別、邸宅は焼失など当然、現世に背を向けるような宿命を持って生まれたような者で、仏の道からのお誘いがあったから、自然と現世を離れたのである。
 心静かな仏道修行の私の念願も、こうして世を背いて、思うようになって行くけれども、残された寿命もあと少しのようになるが未だに悟りが開けないまま時間が過ぎていく。過去も未来も、一向に問題解決しないと自然に思い知らされているから、そのような状態であるから生半可な私が仏法を教えるなぞということはとても恥ずかしいことで、薫は仏法修行の仲間として頼もしい存在であります」
 と語って、この後薫と文のやりとりをしたり、薫も山荘を訪れたりするようになった。
 阿闍梨からも聞いてはいたが、なる程、来て見ると、聞いていたよりも、何となしに寂しくかんじた。 薫の目には全く、間に合わせの草庵で総ての造りが簡素であった。山里というてんでは同様であるが、ここは、それなりに興味惹かれ、のんびりとしたところもあるのだが、宮のこの山荘は荒々しい川の音、岩から落ちる波頭の響きで、昼は物思いを忘れたり、夜は気安く夢などを見ることも出来ないようで、川から吹き上げる風がまた凄まじかった。
 僧は、樹下石上を宿とし、一所不住と言うから、聖僧らしい生活を志す八宮のためには、特にこのような場所が、俗界に執心の残らない道心を固めるためにも格好の場所とはいうものの、娘の姫君達はどのような気持ちで過ごしているのだろうと、薫は彼女たちの心を色々考えてみた。世間の普通の女らしく、柔和な点は乏しいのであろうかと、思っても見た。