私の読む「源氏物語」ー66-竹河-2
御帳台に横になっていると大君は薄着の上に表だけを羽織って入ってきて横になる、羽織った表は女房が手に持ちふたりのうえにかける。女房はそのまま隅に座って宿直につく。布帛はみな降ろされて御帳台は二人だけの密室である。暫く無言の時が過ぎた。冷泉院は大君のふるえを感じていた、初めて男に接して震えているのであろうと彼女が愛しく思っている内に女の温もりが伝わってきた。 帳を総て降ろしているので帳台の中は大君のうすぎぬの衣装や体にすり込んだ香の薫りが充満して心地よい少しみだらな感じがする。院は左手で大王の右手を柔らかくにぎる、
「よく決心してくれましたね、私は嬉しいよ」
「よろしくお願いいたします、冷泉院様」 ゆっくりと男は女を攻めていくことにきめていた、初めて男に接するのであるから、急いで攻めては女が嫌がることは明らかで、今後の二人の交わりに響いていく、冷泉院は若くない上に已に秋好中宮と弘徽殿女御で充分経験済みである。ゆっくりと胸に手を滑り込ませ、そっと大君の乳房を触った、一瞬彼女の体が細かく震えたがすぐにおさまった。女の息が少し上がってきた。冷泉院は静かに彼女の左乳を右手の中に納めた。柔らかく膨らんで形良いと感じた。大君は宿直の女房達が聞き耳を立てて興味深く此方を見ている視線を感じていたが、冷泉院は馴れているのか一向に気にしている様子はなく、腰ひもを解きだし、女の前を開くと自分も下着の前を開いて肌を合わせてきた。
「怖いですか」
かるく乳房をもみだして院は大君に聞いた。大君は初めての経験であるが、嫌な気持ちはあまりなかった。
「いいえ」
「そう、綺麗な体だねえ、若いからねえ」 大君は院参の前に中将御許が見せてくれた秘画の絵巻物に描かれた男女の交わりの数枚が頭に浮かんだ、あれと同じ事が起こるのか、何となく彼女には期待と恐怖が入り混じり身体の震えが止まらなかった。
「寒いの」
冷泉院は初めての経験で震いが止まらないのだと右手を彼女の肩に回し袖を抜いぐっと抱き寄せて彼女と自分の前をしっかりと密着させた。帳の外にある灯火だけの明るさで彼女の顔が白くぼうっと見えるが唇が分かり軽く重ねた
、そのまま動かなかった、彼女の体の震えが止まりお互いの体の温もりと共に二人の薫りが混じって神経を安らかにしていった。中宮とも弘徽殿とも違う大君の若い女の感触が大君の背中をさする院の手のひらに伝わってくる、大君は体から力が抜けていき何となくふわっとした空間を漂い始めたような気持ちになり自分も院に合わせて彼の背中を左手でなぜていた、何となく柔らかい物を触っているような気持ちであった。大君は自分の下腹部に何か固い物が当たっている感触があった。これはあの絵巻物の中の男のあの異常なものだと絵柄を思い出していた、と自分も何となく湿り気が体の中から滲んでくるように感じた、之は絵巻物に描かれていない経験であるが、嫌な感じよりも心地よいものであった。やがて院の手が自分の下の方に下がっていくのを感じ腰を少し引いた。
大君は初めての男との交わりに疼痛は感じたが、これで自分はこの男と同じ世界に生きて行くことになったのだと覚悟を決めた、そうすると冷泉院がとても頼りになる人に見えてきた。初めてのことであると、冷泉院は一回だけにしようと身を引こうとすると、大君は固く院を抱いたまま身を引くことを拒否して二回目を無言で要求した。女は男と違って体が喜びを感じると再度欲しくなるものだということを院は忘れていた。冷泉院は歳からいってもとてもその気力はなく離れようとしたが、若い女に抱かれているせいか体の中の精気が満ちてきてやがてまた愛の行為が始まった。二回目の行為が終わる頃に夜が明けてきた。大君は宿直の女房達がどのように局に返って二人の閨房を噂するのかと恥ずかしかったが、冷泉院が全く女房を無視しているのに何となく安心した。
大君は院内で冷泉院の大きな寵遇を受けて華やかに振る舞うことになった。
冷泉院は上皇であるので臣下と同じようにして気楽に暮らしているので、玉鬘の希望通り理想的で結構なことであった。玉鬘が暫くは院に滞在するものと思っていた冷泉院は、玉鬘が大君を院に置くとすぐに返ってしまったのを聞いて、昔玉鬘に思いを寄せたことがあった院は、とても残念に思うのであった。
源侍従薫を、冷泉院は始終呼び寄せて、側に置いて可愛がり、それを人は、かつて桐壷帝の慈愛の下に光源氏が成長した、その昔に負けないほどの可愛がりようであると言うほどであった。冷泉院の院の中で薫は秋好中宮や弘徽殿女御その他の女房達からも薫は親しく付き合いしていた。新しく院参した大君にも薫は好意を持っているように振舞って、大君は内心、自分をどんなに思っているのであろうかと、探る気持もあった。
夕暮れの何となく心が湿りがちになるときに、薫と玉鬘の子供の藤侍従が院内を連れ歩くと、大君の部屋の近くにある五葉の松に藤が綺麗に咲いて寄りかかっているのを、池の畔の石に苔を蓆代りにして、腰を掛けて二人は見ていた。大君の今回の院参のことをはっきりとは言わないが、薫は、女との関係を、それとなく情なさそうに藤侍従に語り、
手にかくるものにしあらば藤の花
松よりまさる色を見ましや
(自分の手に取れる物であればあの藤の花の色、松よりも美しいのを眺めましょうかなあ)
とあんに手の届かないところに行ってしまった大君のことを詠った。そうして藤の花を見上げている薫の様子を藤侍従はしみじみと同情し、気の毒に思われるから、大君の院参を、自分の本意ではなく、その時の情勢であると薫にそれとなく伝え、自分は大君を薫の許へと思っていたことを、
紫の色はかよへど藤の花
心にえこそかからざりけれ
(紫の色は、ゆかりの色と言われ藤の花の紫の色の大君は、私には、姉弟としてのゆかりがあるけれども、藤の花の大君は、私の心のようにに勝手にする事ができなかったのであります、残念に思うのです)
藤侍従は真面目な男なので、薫の心痛を見ていられないほどかわいそうに思うのである。薫も夢中になる程大君を思っていた訳ではないが、院参したことは悔しく思っていた。
あの蔵人の少将は、大君を真剣に思い込んでいたから、彼女が院参した後、自分の身の振り方を、何とかするにしても、一体、どうしたものであろうかと、何か事件を起こしそうな自分の心を抑えることが出来ないでいるようである。大君に、言い寄った人達には、この際中君を得ようと、考えを変えた人もある。蔵人少将の母親の雲井雁が自分を強く恨んでいると少し恐ろしくなって、玉鬘は、中君を少将に譲るようにでも取り計らうかと、思って、その事をそれとなく、話しをしたのであるが、少将は院参の後は玉鬘邸を訪れることはなかった。
作品名:私の読む「源氏物語」ー66-竹河-2 作家名:陽高慈雨