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私の読む「源氏物語」ー65-竹河

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「どうなる事かと、大君の事は決心もつかないことでありますが、冷泉院から院参のことを無理矢理に申してこられ本当に思い迷った末に院参を決心しました。蔵人少将が、真実に大君を思われるならば、院参の間を御辛抱されてお待ちなされて、私の行動を御覧になった上で、蔵人少将は気は休まりましょう。世間の評判も考えると、これが一番穏便であろうと、考えます」 と文を雲井雁に送る。玉鬘はこの大君のことを処置した後で、中君を蔵人少将の嫁にと思っているのであった。玉鬘は、大君の院参と蔵人少将の求婚を同じく見るのは、少し男の行き過ぎではないか、位もまだ少将と低いのになどと考えると、少将には中君がお似合いであるとしか思えないのであった。
 蔵人少将は姫二人の碁の戦いを垣間見てから大君の虜になり、姫の姿がまぼろしの影とちらついて見えて恋しく、何とかして自分の物にしたいと、それだけが頭の中にあり、彼女の院参が定まり、当てがはずれてしまった事を、残念で嘆きに嘆くのであった。
 「言ってもしょうがないことだが愚痴を言ってやろう」と、少将はいつものように、藤侍従の部屋に訪問すると、彼は、薫からの文を読んでいる様子であった。その文を藤侍従が隠そうとするので、薫の文に間違いないと少将は侍従の手から奪おうとしたが、「隠したら、大君と薫との事でもあろうかと考えるであろう」と思って、無理に隠さなかった。薫の文にはそんなに大事なことは書いてはなくて、ただ、男女の間の事から大君の無情を、恨めしそうにそれとなく書いてあっただけである。薫は文の中で、

つれなくて過ぐる月日をかぞへつつ
       もの恨めしき暮の春かな
(私の心も知らず薄情に過ぎて行く月日を数えながら、大君を慕った甲斐もなく大君は入内なされるから、何という事なしに恨めしい暮春であるなあ)

 この文や歌を読んで蔵人少将は、薫は、本当にこのように、あせりもせず、のんびりとして、それでも大君の院参を恨んでいるように見える。自分は人に笑われるようなせっかちで、私は見馴れているのでここの女房達に、私は大層軽蔑されているであろうよ、と少将は思うと胸が痛む、物も言う事ができないので、いつも消息文の取次をしくれる女房の中将御許の部屋に行くのも,「いつもの通り、どの道、頼んでも頼み甲斐はあるまいなあ」と思い、溜息をついていた。藤侍従は、薫への返事を書かねばと、薫の文を持って玉鬘の方へ行くのを、蔵人は腹が立ち不快で、若い彼はただ一つのことだけしか考えられないのであった。
 少将が男として情け無いほど中将御許に嘆くので、中将御許も冗談を言うことも出来ず、かわいそうに、と思ってどう答えて良いか分からず黙っていた。蔵人少将はあの垣間見た、姫達の碁のことを言い出し、
「せめて、碁の時程の垣間見をだけでも、もう一度見たい。ああ、私は何を頼りにしてこの世を生きていこうか、貴女にこのように訴えるのも、私の命も、もう少しになったからで、「うれしくは忘るることもありなましつらきぞ長き形見なりける」(あの人の情が深くてうれしいならば、あの人を忘れることもあるにちがいないのに。薄情であることが、長く忘れない思い出の種であることだ)という深養父の歌は、真実であるなあ」
 と、真面目な顔で言うので、女房もどう答えて良いのか、大君姫の院参は決まったことで、気の毒であるが少将に言うべき言葉がなかった。大君に代って、蔵人少将の気休めをしようとする中君には全く心を動かそうという気配はなかった。蔵人少将が言うとおり、大君と中君の容姿が、碁を打っていたタ暮れの時にはっきりと姿を見せていたのであろうか、このような無茶な気持ちを起こさせることになったのであろう、中将御許それも道理であると、
「貴方が姫君方を覗き見なされた事を、玉鬘様がもし御聞きになったならば、何と言う不都合な少将様であると思われることでしょう。そうなれば貴方を可哀想と思う私は、もうどうすることも出来ません」
 と女房は少し怒りぎみで言うと、

「いやそのように御許がきつく言われるならば、そんな垣間見たことなどはどうあっても構わない。私は、今はもうこれが最後の身であるから、何も恐れるものはありません。それにしても、大君が、先日の碁に負けなされた事は可哀想で、そっと私を同席させてくれたならば、大君に目で合図を送って大君を勝ちに導きましたものを」

いでやなぞ数ならぬ身にかなはぬは
       人に負けじの心なりけり
(こんなにまで物思いをするのは、いやもう、どういう因果応報であるのか、物の数でもない我が身であるのに、思う心の自由にならないのは、冷泉院に負けたくないと思う諦められない私の負けじ魂なのであるよ)

 少将の歌を聴いて中将御許は、笑い顔で、

わりなしや強きによらむ勝ち負けを
       心一つにいかがまかする
(無理な事ですよ、勝ちは強い方に寄って行く勝負事であるのに、どうして、自分の心一つに考える通りになるものですか)

 たとへ貴方を私が招き入れても、弱かったら負けるので、恨まれても私は困るります。という意味を込めて返歌するが、少将の恨み言を聞くより返歌の方が辛かった。少将は更に、

あはれとて手を許せかし生き死にを
      君にまかするわが身とならば
(私を気の毒と同情して、大君を私に許してもらいたいなあ、生きるも死ぬも、それを君に一任している私の身であるとするならば)

 鳴きながら少将は詠うのである。いい歳なのに何という弱さと、中将御許の女房は姉のような気持ちになって蔵人を抱き寄せ、二人はその夜は一晩中語り明かした。中将の慰めは何処までであったであろうか、熟した女と若く元気な男と二人だけのよるは無事には終わらなかったとは想像されるのであるが。

 次の日は卯月四月である。少将の兄弟達は衣替えの儀式に内裏に三条すると動きまわって忙しそうに準備をしているのを、少将は大変気を滅入らせて弟達を見ているので、母親の雲井雁はその姿が可哀想で涙ぐんでいる。父親の夕霧も、
「冷泉院が、大君を横から迎え取るような事を御聞きになることもあるであろう。そういう次第で、玉鬘はまあ、当方の申し入れを冷泉院に気がねして、聞いてはくれないだろうよ。元日に、玉鬘邸に行って、玉鬘に大君所望の件を話し出さなかったことが残念で仕方がない。あの折に私が強く申していたら、たとい、冷泉院へ入内させようという考えがあったとしても、私方の申し入れに、反対は御できなさらなかったであろうがなあ」
 と少将に言う。さて例の、蔵人少将の

花を見て春は暮らしつ今日よりや
       しげき嘆きの下に惑はむ
(春の間は、花(大君)を見て、私は過ごしておった。然るに、花も散ってしまった(大君の院参なされる)夏になっった今日から、私は、繁茂している木立の下に嘆いて、途方にくれている事であろう)

 と少将は大君に歌を送った。その時玉鬘の前で女房の主立った者達が大君への懸想人である薫や蔵人少将やその外の人のことを玉鬘に相談しているのであったが、中将御許は、
「あはれとて手を許せかし生き死にを君にまかするわが身とならば、と歌われました少将の様子は、口先だけではなく、誠に御気の毒であった」