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心の奥の雨の森

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教室がざわつき始めた。
始業のチャイムが鳴っても、岡嶋先生が、教室に入ってこなかったからだ。
「遅いな。どうしたんだろう?」
となりの席の香代子に、ぼくは言った。
「今日は自習になるわ」
香代子がぼつりとつぶやいた。
「岡嶋先生はお休みよ」
「どうして、そんなことがわかるのかな」
「だって夢にみたもの」
香代子が言い終わるか、言い終わらないうちに、隣のクラスの島崎先生が、慌てた様子で教室に入ってきた。
「一時限めは自習にします」
島崎先生は教壇に立つと言った。
「岡嶋先生はインフルエンザでお休みです」
クラス中がざわめいた。
「すごいな」
ぼくは声をあげずにはいられなかった。
「正夢か!」
「小さな頃からときどきあるの」
香代子は言った。
「小さい頃、角のタバコ屋のおばさんが死ぬ夢をみたから、お母さんに言ったら、すごく怒られたわ。そんなこと言うもんじゃないって」
「怒られるよ、それは」
「だけど、そのおばさん。次の日、心臓発作で本当に死んじゃった」
「へえー」
「普通の夢とは違って、細かいところまで、クッキリとしてるの。だから正夢ってわかるのよ」

やがて、二時限目になり、三時限目になっても、かわりの先生は来なかった。
「今日は一日、自習かな」
ぼくは伸びをして言った。
「どうなっちゃってるのかしら? まったく」
香代子が口をとがらせた。
「かわりがいないんだよ、きっと」
「それなら早く帰してくれればいいのに」
「そういうわけにもいかないんだよ。授業時間はきっちりと教室にいる。たとえ授業がなくてもね。学校はそういう場所なんだ」
「まったくロクでもないわね」
「まあ、学校はロクでもないところさ。だけど、しょうがないだろう。そうなってるんだから」と、ぼくは言った。

あくる日は、たくさんの先生が、かわるがわるやってきて、授業を進めた。
授業がすべて終わって、ぼくが教室を出ようとすると、うしろから声をかけられた。
「瀬尾くん!」
振り返ると、香代子だった。
「これ、落ちてたわ」
香代子がぼくに手渡したのは、一枚の写真が入ったパスケース。
「大切なものなんでしょ。名前が書いてあった」
ぼくは、じっと写真のその人を見つめた。
「だれ? その人」
「亡くなった母さんなんだ」
「きれいな人…。きっと優しかったんでしょうね」
「覚えていない。母さんが亡くなったのは、ぼくが本当に小さい頃だったから」
「そう」
香代子はつぶやいた。
「じゃあ、お父さんが一人二役をこなしてるのね」
「それはどうかな」
ぼくは言った。
「父さんか…まあ、いるにはいるけどね」
「いるにはいるって何よ? 仕事が休みの日はいっしょにいられるんでしょう?」
「そうでもないよ」
「いられないの? どうして?」
「父さんには今、好きな人がいるんだ。だから土日も、ぼくはほとんどひとりさ。父さんはその人に会いに出かけてしまうからね」
ぼくが言うと、香代子はしばらく黙った。
「それで良く平気ね。私だったら、そんなのたえられない」
「別に子どもじゃないんだし…大人のおつき合いには、口を出さないようにしているんだよ」
「瀬尾くんて、大人なのね」
「違うよ」
ぼくは首をふった。
「あきらめてるんだよ」
「あきらめてる…」
「何かを期待しても、がっかりさせられるだけだもの。それなら最初から期待しない方がいい」
「ふうん」
香代子は、くっつきそうになるぐらい、顔をぼくに近づけて言った。
「がっかりさせられる位なら、最初から期待しない方がいい。小説のセリフみたい。クールでハードボイルドな感じ」
「そんなんじゃないんだよ。本当に」と、ぼくは言った。

数日後、インフルエンザが治った岡嶋先生は、学校に戻ってきた。
香代子はなんだか様子がおかしかった。
ぼくか話しかけても「ええ」とか「そう」としか言わない。
だけど、そう答えた後に、何か言いたそうに、じっとぼくの顔を見るのだ。
放っておくつもりだったけれど、ある日、たまらなくなって、ぼくはたずねた。
「きみはぼくに何か言いたいことがあるんじゃないかな?」
すると香代子は、ぼくの顔をまたじっと見つめ、やがて口を開いた。
「瀬尾くんはとても親切。だけど、冷めてるのね」
「まあ、ほめ言葉と受け取っておくよ」
「ほらね。とってもクール。だけど、それはうわべだけ」
「きみは何が言いたいのかな?」
少しいらいらしながら、ぼくは言った。
「瀬尾くんには、何か特別なものがあるのよ」
「はあ?」
「瀬尾くんは特別なのよ」
ぼくも香代子も、しばらく黙った。
「きみは何か勘違いしてるんじゃないかな」
ぼくは辛抱強く言った。
「ぼくは至ってふつうだし、きみが言うような特別なものなんて、何もないよ」
「夢をみたの」
香也子は言った。
「森にいる夢。そして、夢の中で、私は知っているの。あ、これは、瀬尾くんの心の奥にある森だって」
「心の奥にある森…」
「瀬尾くんの心の奥には、森があるの。深い深い森よ。迷い込んだら出てこれないほどの奥深い森。そして、そこでは、いつも雨が降っているの」
「やっぱり、勘違いしてるよ、きみは」
香代子は構わず話を続けた。
「私は必死で探すんだけど、瀬尾くんは見つからないの。そこには、ただ森があるだけなの。そして、雨が降っているの」
「探してくれて光栄だけれど、たぶん見つからないよ。ぼくは逃げ足がはやいしね」
ぼくの冗談は香代子に通じなかった。まあ、確かに面白くもない冗談だ。
「木の葉の合間からは、雨の雫が落ちてきて、私は思うの。ああ、冷たいなあ。瀬尾くんはどこへ行ったのかなあって。いつもそこで、目が覚める」
「きみの正夢はすごいけど、その夢には意味なんてないと思うよ」と、ぼくは言った。やれやれ。どうしてぼくは、こんな話に、つきあっているんだろう。
「瀬尾くんは、いつもそうして冷めてるように見えるけど、それは本当の瀬尾くんじゃないって、私は思うんだ」
「繰り返しになって悪いけど、その夢に意味なんてないんだよ。本当に」
ぼくは肩をすくめた。

翌朝、ぼくが自分の席につくと、香代子は開口一番に言った。
「今日の体育はサッカーよ。瀬尾くん、気をつけて。瀬尾くんが怪我をする夢をみたの」
また、香代子の正夢か。
なんだか、嫌になってきた。
「とにかく気をつけてよ。ねっ、瀬尾くん」
「気をつけるよ」
ぼくは、そっけなく言った。

結局、香代子の夢は、正夢になった。
その日の体育は、サッカーだった。
試合は一進一退。どちらも決め手に欠けていた。
試合終了間際、ぼくの前にいいボールがまわって来た。
ヘディングシュート!
のつもりだった。
ところがボールは、あっさりと脇をすり抜け、ぼくはゴールポストに激突。ひどく頭を強打した。

幸い怪我は、額を少し切っただけですんだ。
保健室から、教室に戻ってきたぼくに、香代子は言った。
「だから言ったじゃない。気をつけてって」
その言葉に、ぼくはカチンときた。
「人にあれこれ言われるのは、あまり好きじゃないんだ」
ぼくはきっぱりと言った。
「ぼくはぼく。きみはきみなんだ。そんなふうに指図するのは、もうやめてもらいたいんだよ」
「指図なんてしてないわ。アドバイスよ。受け止め方の問題だわ」
作品名:心の奥の雨の森 作家名:関谷俊博