小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

私の読む「源氏物語」ー60-夕霧ー3

INDEX|4ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

「何と言われる、文句を言わずに黙って貴方も死になさい。私も死にます。見るだけでも憎たらしい。声を聞くと不快であるこの嫌らしい奴。貴方を置いて私が死ぬのは未練が残って心許ない」
 と腹立てて言へば言うほど雲井雁が益々艶やかになってくるので、夕霧は穏やかに笑って、
「私が側にいるのが貴女は嫌なのでしょう。けれども、遠く離れていても、生きてあるからにはどうしても私の噂を聞くことになりますよ。貴方は死に給ひね、まろも死なん、とこの言葉は、我等両人の因縁の深くあるという夫婦仲を、私に知らせようと思う気持ですね。どちらでも、一人が先に死ぬ時は、いつでも早速、その後に、当然続くべきはずであるという、冥途への旅の支度は、心配無用である。そのことを前々から約束していますよ」
 と簡単に言って、何やかやと雲井雁をなだめるので、本当に子供っぽくあまり深く考える性格でもなくて、気立てが無邪気で、嫉妬はしても、それはそれで又、愛すべき心持があるので、夕霧の慰める言葉を、真実ではない、いい加減な事を言ってと、思っていても、自然に機嫌が直って、なごやかになってきたのを夕霧は可愛い女と思うのであるが、落葉宮が頭にあると心は上の空になり、雲井雁は、死ね、とか死ぬ、とか言っているが、落葉宮も、彼女の主張を押し通す気が強い女には見えないけれども、夕霧の妻となる事が、やっぱり不本意な事で、もしも尼になどになろうと決意してしまったならば、タ霧は見捨てられた事となって馬鹿らしくもあるであろうなあ。と夕霧は思い、当分の間夜の訪問を絶やすことがしたくないと思い、落ちつかず、せき立てられる気がして、日が暮れていくと夕霧は今日も亦、落葉宮から返事がないとおもうと、その返事のない事が気にかかるので気持ちが沈んでしまった。夕霧のことで悩むことから昨日今日と少しも食事が喉を通らなかったが、今は少し食べるようになった。
「一緒になった始めから貴女のために、心も体も愛情を尽くしてきましたそれは、貴女の父上が私に辛く当たり、私は愚か者と潮弄せられた世の中の評判がたったけれども、その評判の忍ぴ難いつらさを貴女と結ばれようと我慢して、その時に縁談を、こちらあちらから、私に積極的にまたそれとなく申込んで来た所を私はどれもこれも断ったことは、女でも、一人を守り通すではあるまいと、私の困苦しさを、その当時世間の人が非難した。今思うと、どうして私はそんな風に固苦しい生真面目であったであろうかと、自分の心ではあるものの、若くて下級官吏あった昔でも、出所進退はしっかりしていたのであったのだと、想っているのである。現在は貴女がこのように私を憎まれるとしても、貴女が大事にして捨てることが出来ない子供達がこのように大勢であるから、君の心一つで勝手に私から離れていくことは父母としてすることではないでしょう。それと別に又、たとい私を憎むとも、私の志を見でいて下さい。人の命はいかにも定めがないものであるが、けれども、私の情愛は変りはしない」
 と言って涙を流す。雲井雁も夕霧との昔のことを想い出すと、しみじみと、感慨深く、この世に珍しかった愛を通し続け曲折のあった間柄で、恨めしい事もありながら、さすがに、因縁が深いのであったなあと、思い出を感じていた。
 夕霧は糊気が落ちてなよなよとしている衣類などを脱いで、とくに立派な直衣や単衣などを重ねて着るために、香を焚きしめる。立派に身づくろいをし、化粧して出かけて行く夕霧の姿を、燈火の光で眺めて、気持ちが晴れずにくさくさして涙が出てくるのを、夕霧が脱ぎ捨てた衣を引き寄せて

褻るる身を恨むるよりは松島の
    海人の衣に裁ちやかへまし
(古くなって疎んぜられる不運を恨むよりは、尼の衣を着る身に、我が身を変え(尼になり)ましょうかなあ)
やっぱり、このままの姿では、私は過ごして行く事のできるはずがあるまい」 と独り言を言うのを夕霧が聞いて、
立ち止まり、

「それ程まで情なくつらい貴女の心なのであるのかなあ、

松島の海人の濡衣なれぬとて
   脱ぎ替へつてふ名を立ためやは
(長い年月、着なれた潮びたし衣のように連れ添うた生活が、褻れて古くなってしまったと言って私を嫌って、貴女が尼衣に着替えて尼になってしまったという評判が、立つでしょうか。立たない方がよいであろうのに)

 急いで詠んだからこの一首は平凡なものである。
 
 一條宮では落葉宮があのまま塗籠に籠もって出てこないため、女房達が、
「こんな風に何時までも、塗籠に隠れておられますか出来ませんでしょう」
「考えもない幼稚な、不都合であるという評判も、きっと出てきましょうから塗籠でなくて、自分の御居間に平生のようにおられませ」
「御自分の御考を夕霧様にお告げになっては」
 と色々と言うのであるが、落葉宮はその通りだと、思うのであるが、タ霧に逢えぱ、今後の世間体も、又、落葉宮自身の気持の、柏木との婚姻、母御息所の死の憂悶に対する苦痛も、総てがあの気に入らない、不快で恨めしいタ霧が原因であると、思いこんでしまっているので、来邸している夕霧にその夜も会うことがなかった。夕霧は、
「冗談も言いづらく、風変りな珍しい方である」
 と恨み言を次々と女房達に言うのを少将の女房はおきのどくにと夕霧を見ていた。少将は、
「少しでも、もし気持ちが落ち着いておられるときがあったならば、その折に私を無視されなければ、その時には夕霧様のことを言いましょう。御息所の服喪中の間は、せめて他の事で思い乱れる事なく、一途に供養に専念したいと宮は深く思いこみまたそうおっしゃってお出でですから、貴方様と、色々と関係があるという人が多いものですから、タ霧が通っていると、そのことがとても辛いことであると宮は言っておられます」
「宮を思う気持ちは、落葉宮の心に反するような事はないから安心なのにねえ。しかし思い通りには行かないこの世でありますなあ」
 と夕霧は吐息を付いて、
「いつものようにお部屋にお出でであれば、几帳などを隔ててでも、私は思う事だけ申しあげて、落葉宮のお嫌な無理な事はしない。心が落ち着くまでと言う長い年月をお待ちいたしましょう」
 少将を仲介に、言葉を尽くして落葉宮に伝えるのであるが、宮の返事は、
「私のこのような喪中の悲しみに輪をかけて、夕霧様のこの一条宮に入りぴたっての無理無体な御気持が、どうも私にはとても辛いことです。また、世間の人が、貴方様が入りぴたっているのを聞いたり考えたりするような事にも一通りでないのですが、私の身のつらさ情なさには、それはそれで我慢するとして、一条宮への無遠慮の押しかけは情なく恨めしい、タ霧の行為である」
 と、言い返されて夕霧の行動を恨み、
夕霧を遠ざけていた。夕霧は、そうか遠ざけて持てなすと言って、この思いのかなわぬ状態でばかりはおられようか、おられない。世間の人が聞いて吹聴するような事も、このような状態では、道理であると、彼はここ一条宮の女房の手前も、きまり悪く、ここの人目もあるので、