私の読む「源氏物語」ー59-夕霧ー2
雲井雁は何やかやと夕霧と言い合いして、例の文は隠したままであるので、彼も無理をしてまで探し出そうとせず、雲井雁がすげなく寝室に入ってしまったので夕霧は、古今集の小野小町の歌「人に逢はむ つきのなきには思ひおきて胸走り火に心焼けをり」(人に逢う手だてもない月の出ぬ闇夜には、熾火の燃えるような恋の思いで寝られもせず、胸の中は落ち着くことなく火が走りまわり、心はいらだって焼けていることだ)のように文をどうして取り返そうかと、思い、多分御息所からの文であろう、何事が起こったのであろうかと、睡れもしなかった。雲井雁が夜に坐っていた場所の敷物の下を、それとなく探してみるのであるが、見付からない。雲井雁が何処かに隠したのであろう。御帳台の中は狭いから、すぐに探し出す事が出来るのだが、横の彼女が目を覚ますので探し出されないのは、本当に不快で、夜が明けたけれども、雲井雁の身振り、そ振りに注意をしているのだが彼女はなかなか目を覚まさない。雲井雁は子供達にまとわりつかれて目をさまして、御帳台の内からいざり出ると、夕霧は自分も目を覚まされたように振る舞って、彼方此方とこっそりと探してみるが、見つからない。雲井雁は夕霧がこのようにしつこく探している文を、まあ恋文のようなことはあるまいと、関心がなくなり、男の子は飛び跳ねて遊び、女の子達は、雛人形を作り、手のひらに据えて眺めている、年長の子供は読書に手習いと、年齢によってそれぞれ忙しそうにしている。小さな子供は這い寄ってきて母の袿などを引っ張るので抱きかかえなどして、雲井仮は夕べ夕霧から取り上げた文のことはしっかりと忘れてしまっていた。夕霧はこれと反対に文のことしか頭になく、小野に早く返事を送らないと、それには夕べの文をしっかりと見なければ、もしも、文を見ないで変事をすれば、文をなくしたのではと、御息所が思われるであろうし、どうして良いか困っていた。一同が食事でその辺が静かに無人となった昼食時に、夕霧は思いあまって一人残っていた雲井雁に、
「昨夜のあの文は何処にやったのですか、何かありましたか。警戒して私に見せないで。花散里様を今日お訪ねするのにどうするのですか。しかし此方も色々と困るので文で訪問をお断りしたいのですが、内容が分からないとねえ」
とさりげないように言うと、雲井雁は恋文でもないものを邪推して取り上げてしまってと、彼女はどう言っていいのか、文のことは何も言わないで、
「先夜の小野の山風に、当てられての病気なのであると、御返事はそのことを風流に、こじつけなさいませ」
「まあ、なんという事を言うのだろう、そのようなことを度々言わないでおくれ。そんな事を趣あるようには書けないよ。世間にありふれた浮気者と私を同じように考えられるのは本当に恥ずかしいことです。女房達も蔭で、私が色々と一条院のことを世話をやくのを、雲井雁がひがんでいると笑っていますよ」
と言っても彼女は文を出さないものだから、雲井雁と少し話して夕霧は横になって寝てしまった、そのまま日が暮れてしまい、夕霧は蜩の鳴く声に驚いて起きあがり、小野の山はさぞかし霧が立ちこめていることであろう。訪もせず、返事もしないのは失礼な事である。返事だけでも書かないと、御息所が気の毒で、表面は平静をよそおって硯に墨をすりはじめた。どのような文面にすればよかろうかと、回りを眺め回して考えた。そのとき目に付いた雲井雁の坐るところの敷物が、少し膨らんでいるのを見つけて、試しにそこを引き上げてみると、こんな所に隠していたのかと、見付けた嬉しさと、こんな所にあったのを、今迄見付けられなかった自分が愚かしく思われ笑いながら見てみると、それは苦しい複雑な心を重態の病人が伝えているものであったから、読んだ夕霧は、驚き悲しんで、先夜の事を、タ霧と落葉宮との間に情事があったと御息所がお聞きなされたのだと、思うと御息所が気の毒くで、御息所の文に、昨夜は婚姻第二夜で、御息所はどんなに私を待ちこがれておられたか、そのお方にこの時になっても文さえ出さずにいてと、どう文を書いてよいのかと思案するのであった。御息所の文は、大変体が苦しくて文字もどうと言って言いようもないほど乱れていて、思いあまって心配しての結果、このように書かれたのであろう。
然るに訪ねて行かないのみならず、返事もやらない冷淡な状態で今夜も明けてしまった。今さら悔やんでも仕方がないが、雲井雁が、何の理由もなくこんなにわるふざけをして文を隠したので、タ霧は、情け無く思うのである。
このような雲井雁のわがままな仕草もタ霧の躾けが悪かったと、色々と自分を反省して泣きたい気持に夕霧はなっていた。
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しばらくして夕霧が小野へ行こうと考えるが、小野へ行ったとしても落葉宮と会うことも出来まいが、落葉宮を許す事を承知のように御息所は言われている。行こうか行くまいかどうしようか。今日は考えてみると外出を控える坎日でもあるし、もしも、御息所が落葉宮と自分との関係を許すと仰せになるとしても今日は坎日であるから、日柄が将来のために悪いであろう。やっぱり、将来何時までも長く幸運であるような事を願っていると、几帳面な夕霧の一面から夕霧はまず返事を書くことにした。
「大変貴重な御文を頂き、御息所直接の文であり、病状も文を書き得る程、快方に向ったと、嬉しく拝読いたしました。お文の、一夜ばかりの宿を借りけんの御咎めに対しては、いかにも、御息所が私の事を、どんな風にお考えであるか納得がいきませんので、
秋の野の草の茂みは分けしかど
仮寝の枕結びやはせし
(先夜、御見舞のため、秋の野の草深い所は踏み分けたけれども、落葉宮と、かりそめの一夜の枕を結びはしたか、しなかった)
でありますから、言い訳するのも筋違いではありますが、昨夜訪問しなかった御咎めは、そのまま私が承ることでしょうか。御咎めを受ける理由はありません」
と書いて、落葉宮には多くの文面を使って書き記して、厩で、足の早い馬に鞍を置いて、先夜、タ霧が小野に泊る時、打合わせをした、五位の将監に命じて小野へ文を持って行かせた。向に行っては、
「私は昨夜から六条院の源氏の許に行っていて、お前が出かけるときに三条邸に帰ってきたと、言うのだ」
と使者の口上を伝えた。
小野の山荘では事情が分からないので新婚第二夜に当るも、タ霧が来訪せず、消息もなくて冷淡に扱われたと、御息所は我慢が出来なくて、御息所から消息して、積極的であったなどこの後世間の評判になることも、気にすることなく、夕霧に恨み心を伝えた文に
作品名:私の読む「源氏物語」ー59-夕霧ー2 作家名:陽高慈雨