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私の読む「源氏物語」ー58-夕霧

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 女房達は、昨日に変った主人の様子をどうしたことであろうと、困ったと思って眺め、夕霧と宮との間に、一体何があったのであろう、今の世では珍しく親切なタ霧の態度が、柏木亡きあと長い間続いたのであったけれども、
宮が男として情を結んだ後で、落葉宮が見劣りして、タ霧の情愛が薄すくなるのではと、夫であった亡き柏木が割合落葉宮に冷淡であったのを例にして危ぶむ者、女房達はそれぞれ心配していた。御息所は知らせる者がなく、娘の落葉宮と夕霧とが一夜を共にしたことは知らなかった。
 桃も怪にとりつかれた御息所は、意識がない重態と見られているけれども、時には意識が戻って気分のさっぱりしたときもあるので、そんな時は、物を考える事が出来る。今日もそのような気分の良いときで、昼の御祈祷が終ったので、伴僧達はその場を去り、律師の阿闍梨が只一人、そこに残って、ずっと継続して陀羅尼経を唱えていた。御息所が気分の良いことにこの律師は嬉しくて、
「御祈祷の本尊大日如来が嘘を御つきなさらないならば、どうして、こんなに、私が誠心こめて奉仕する御祈祷に、効験のないわけがありません。一般に人を悩ます、物怪の悪霊というのは、離れ難くて執念深いようであるけれども、物の怪はこの世に犯した罪業の障害に死んだ後までつき纏われ、成仏できないつまらぬ者であります」
 と律師は連日の読経に声をからして物の怪を誹謗する。律師は僧都に次ぐ僧官で五位に相当する聖僧らしく、飾り気のない一本調子のなので、遠慮もせず出し抜けに、
「夕霧大将は何時頃からこの落葉宮の許へ通ってお出でになるのですか」
 と病の御息所に尋ねる。御息所は、
「そんな娘の許に通って来る事は、タ霧にはござりませぬ。タ霧と、亡き柏木が友人でもあり従兄弟でもある親密な仲なので、生前に柏木が、死後の事をタ霧に遺言なされた御心情に背くまいと、それはそれは大層珍しいと思う程親切に御世話下さって勿体なく思っております。私が病気しているのを見舞いと言って、こんな山荘にわざわざ昨日も、お出で下さり勿体ないと聞いておりました。」
「さあ、その仰せはお考え違いのようです。何も隠すことでは御座いません。私が今朝後夜のお勤めにこちらに参ります折にあの西側の部屋の、西の開き戸から、大層きりっとした立派な男が、御帰りなされたのを見かけました。霧が深う御座いましたから誰であるかとは判断できませんでしたが、伴僧のこれらが、夕霧大将が出られた、夕べも車を返してここへお泊まりでしたと、申します。実際に衣の香ばしい薫りがして鼻につく用でした。彼の香は私も覚えがあります、夕霧大将はいつも独特の香ばしい香をお使いになっておられます。落葉宮とタ霧大将の関係を御許しなさる事は、お奨めしかねるところであります。タ霧大将は、大層学識のある方であられまする、あの方が童であられた頃あの方のために祈祷を、祖母である亡き大宮より私に依頼がありましたので祈祷のことは、現在でも御引き受け申す所であるけれども、落葉宮と夕霧大将の仲をお許しになるのは何のお得にも成りません。タ霧の本妻雲井雁は、勢力の強いお方であります。彼女は現在羽振りのよいあの藤一族で、高位の権門の一人であります。お子達も七八人いらっしゃいます。されば、雲井雁を落葉宮はおさえる事が出来ますまい。また、地獄・餓鬼・畜生の三悪道に落ちて成仏のできない女人としての罪の深い身を受けて生れ、死後は地獄に落ちて、長夜の闇に惑うのは、生前このような愛慾によって恨み嘆く罪によって、その長夜の闇に迷うような、恐しい応報を受けるものなのであります。雲井雁の嫉妬が、出て来てしまったならば、長い、今生後生、末来永劫、成仏不能の係累と、きっとなってしまうでしょう。全く、この縁は賛同できませぬ」
 と、律師は頭を振り動かして、熱心に遠慮もなく、言い切るので
「全く、それは、妙な話でありますねえ。タ霧は一向にそんな女をたぶらかすような様子には見えない人ですが。
私が、気分が苦しくて途方にくれてしまったから、タ霧は休息して後に私を見舞おうと、暫く待っておいでであった事と、この女房達が言っておりましたが、そのようなわけでお泊まりになったのでしょう。夕霧は大層真面目で、堅い性格であるから、落葉宮に通いなさる事はあるはずがないと思う」
 と律師の話を、不審に思いながら、心の中では、そのようなことがあるやも知れぬ、夕霧が落葉宮を見る目が好色じみるときが時々見受けるが、夕霧の人となりが、才能も勝れ、人の非難があるような事は、無理をしてまでも避けて、端正な様子をしていたから、
容易に、気を許されない事(行為)は、あるまいと、私は気を許して心配はしていなかった。が昨夜はこちらに多くが来ていて落葉宮の周りに人が少なかったので、ひょっとしたら入り込みされたのではないか。と色々と考えた。
 御息所は律師が立ち去った後で女房の小少将の君を呼んだ、小少将は御息所の甥である大和守の妹である。
「このような(タ霧が落葉宮の許に忍び入った)事を聞いたのであるが、どういうことであるのか。落葉宮は何故か私にこのようなことがありましたと、言わないのであろうか。そのようなことはなかったであろうとは思ってはいるが、気になることだ」
 問いウェアれるの出、少将は落葉宮には気の毒であるが、ありのままを御息所に順序をただして説明した。夕霧が今朝送ってきた文のこと、落葉宮がそっと少将に漏らしたことを御息所に話をした。
「このところ。タ霧が、心に隠していたことをを、落葉宮に申しあげてと、いうことだけでしたでしょう。それはとても注意して夜を明かしてお帰りになったのを、人はどう思って見ていたのでしょうか」
 と御息所に告げ口したのが律師とも知らずに、少将は誰かが告げ口したのだと思った。聞いていた御息所は何も言わずに、情けのないこと悔しいと、涙を流し悲しむのであった。その様子を見ていた少将の女房も御息所が気になって、どうして昨夜のことをありのままに知らせたのだろうか、御息所の病が益々苦しいことになるのに、と自分の喋ったことに反省していた。
「襖だけは、締めておりました」
 慰めようというのであるが、
「襖は締めてあっても、なくてもどちらにしても、それだけのことで、外には、何の用心もなく、気を許して、簡単にタ霧に姿を見られたとしたら、女としてはそれこそ問題であります。たとい、真実の気持は何でもない潔白であったとしても、夕霧大将殿が落葉宮の部屋から出てこられましたと、こんなにまではっきりと言う伴僧達や、なんでもない童などは、噂のありったけを、言い散らすであろう。だから人はどんなに弁解しても、落葉宮とタ霧との噂は事実無根であると、思わないであろう。行き届かない者ばかりが落葉宮の側にいたのでこんなに、情ないことになったのである」
 と言って御息所は後を続けることが出来なかった。御息所は病が重いところに思いもかけないタ露の事を聞いて
心配し、驚いたので、御息所の様子は、見ることが出来ないほど悲しみが酷い。