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私の読む「源氏物語」ー58-夕霧

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 と言ったが帰ることは全く後髪引かれる思いがし、なまなか帰り給へと、言われて却って帰ることが出来そうにもないのであるが、出来心のように、女に手を出す事が、本当に慣れたことではないので、落葉宮が気の毒であり、夕霧自身も、これ以上のことをしては,落葉宮が見下げた男であると、考えるであろうと、二人のためには人目に付かない霧が立ちこめている間に夕霧は落葉宮の許を離れたのであった。帰る夕霧の頭の中は全く空虚であった。

荻原や軒端の露にそぼちつつ
  八重立つ霧を分けぞ行くべき
(荻原の軒端の荻の露に濡れながら、幾重に立ちこめている霧を、分けて帰って行くのである。さぞや、行き悩むであろう)
 私は露に濡れて帰りますが、濡衣(浮名)は貴女とても、私と実際に関係はなかったにしてもやっぱり、打ち消しなさる事は、できますまい」

別れ際に詠う。
 浮き名の濡れ衣は貴女もかかりますよと、夕霧が言う通りなる程、落葉宮の浮名が、多分漏れることであろうが、浮名の事を、せめて自分の心だけでも潔白を立派に明言しようと、落葉宮は決心して、夕霧より離れた考えで、

分け行かむ草葉の露をかことにて
    なほ濡衣をかけむとや思ふ
(貴方が、帰路に、分けて行かれるかも知れない、その草葉の露に濡れるのを口実にして、私にまでもやっぱり、濡衣を掛けようと考えるか。それは全く、珍しい仕打ちとしか言いようがないことであるなあ)
そんな事はまだ聞いた事もない」

 と去って行く夕霧を非難してたしなめる落葉宮の様子は、綺麗で奥ゆかしかった。夕霧は柏木亡き後宮中に上がる官吏とは違って親切気のある堅い人になって、御息所と娘の落葉宮の面倒を色々と見てきた名残も捨て去って、落葉宮を油断させ、好色がましい態度に出た事は、落葉宮には気の毒であり、
夕霧も恥ずかしいことと、よくよく反省しながら、一方ではまた、自分の気持ちに反して落葉宮の言葉に従い、早朝に帰っても、落葉宮が靡いてくれないのならば何をしたことか、馬鹿らしい事をしたもんだと、思い焦がれたり、
色気を出した後悔にと、心が乱れたまま彼女の山荘を後にした。帰路の露も草一面に降りていて、タ霧も草も共に一杯に濡れそぼっていた。こんな、女の許から早朝に帰る忍び歩きに慣れていない夕霧は、早朝の空気も周りの様子も、心苦しく切なく自然におもいながら、三条殿の自宅に帰ればこのように衣服が濡れた姿を雲井雁が、おかしいと、色々と尋ねることであろうと、源氏の住む六条殿の被害の街に住む自分の養母である花散里の許に帰った。夕霧は、まだ霧も晴れないし、小野の山荘ではもっと深いであろうと、想像していた。
「朝帰りとは、普通ではありませんね」
「女遊びのお帰りか」
 と、朝早くの夕霧の来訪に女房達はざわざわと囁き合っていた。
 夕霧は暫く休んで衣服の着替えをした。衣装はここに、夏物、冬物と花散里が常に清潔なものを用意していて、
彼女は、装束を入れた衣の香を長く保たせる香木製の唐櫃から取り出して、タ霧に渡した。夕霧は朝食を取ってから源氏の前に出て行った。
 夕霧は早速小野にいる落葉宮宛てに文を送るが彼女は見ようともしない。昨夜、夕霧から思いもかけず呆れた行為にひどい目に逢ったことを、心外にも、恥ずかしくも、落葉宮は思が故に、タ霧のあの自分の体を狙った態度が気に入らず、しかもこのことが母に知れるだろう、そうして母が、こんな事があったのか、夢にも知ることがないであろうと思うのに、落葉宮の悩むため、普段とは違う身ぶりそぶりで何となく感じたり、人から耳打ちされるやも知れぬし、隠すことが出来にくい世の中であるから母御息所が自然とうわさ話で聞き知って、あの娘は隠し事をしている、
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 などと母親が自分のことで心配し病気にさわるであろうと、落葉宮は心配で、女房達が昨夜の出来事をありのままに御息所に言うであろう、それを母が、困った事よ、と気に懸けるようになればどうしようか。彼女は気持ちが収まらない。落葉宮と母親の御息所の間には隠し事というものが全くなかった、何事もあからさまに話し合っていたのである。他人は、秘密でも漏れ聞くけれども、親に隠すということは、昔の物語によくあるが、落葉宮にはそのようなことはなく、
「御息所が、それとなく、昨夜のことを耳にされて、タ霧と落葉宮の間に肉体関係でもあったような風に、あれこれと、心配なさることがあるまい」
「肉体関係なんてまだ早い事よ、無かったではないの」
 と女房達がひそひそとお互いに話し、どの様な内容の文であろうかと考える女房同士は、タ霧の、この文(懸想文でないから竪文)が見たいけれども、落葉宮が、御引きあけなさらないから、気が気でない(じれったい)ので
「やはり全然お返事を差し上げないのは、それはそれとして。お開きになって中の文だけでも読まれないと」
「いかにしても子供が駄々をこねているようでござりましょう」
 と女房達が言うので落葉宮も文をひろげて見る。
「どうしてでしょうか私が、うっかりしている瞬間に、タ霧に少しの間でもこの姿を見られた軽率に、それは自分の過ちとして考えるけれども、しかし昨夜の彼の無遠慮な態度については、私は心穏やかではない。御文は、よう見ないと、返事を送って下さい」
 と全く不機嫌な口調で女房に言い、物に寄りかかって伏せてしまった。夕霧の文は腹の立つような文章ではなくて、大層情愛こめた文章であり、

魂をつれなき袖に留めおきて
   わが心から惑はるるかな
(魂を薄情な貴女んの袖の中に残して置いて、自分の心はもぬけの殻の私は、どうしたらよいのか、判断もつかず、迷っております)
 思うにまかせぬ物は心であると、言って、昔でも、私のような男が居たのであろうかと、色々と思ってみますが、私の心が、一向に行く道が分からないだけのことである」
 古今集の中の歌で、女友達と話をした後で陸奥が送った歌、
飽かざりし袖の中にや入りにけむ我が魂のなき心地する(話が尽きることがなくて、満ち足りない思いが、あなたの袖の中に入りこんで留まっているのでしょうか。家に帰っても私の魂が脱けてしまったようにぼんやりとした気持でおります。「袖」は玉を包み隠すもの、と言う伝えを引いた歌を引用し、
更に後の文は同じ古今集の凡河内躬恒の歌
「身を捨てて行きやしにけむ思ふよりほかなるものは心なりけり」(あなたについ御無沙汰してしまったのは、心が私の身から離れてどこかに行ってしまったためでしょうか。ほんとうに思うにまかせぬものは心でしたよ)と、よみ人知らず、
「我が恋はむなしき空に満ちぬらし思ひやれども行く方もなし」(私の恋の思いは何もないはずの大空いっぱいになってしまったらしい。いくら思いを晴らそうとしても、そのやり場もないのだから)
などを引用した文面は大変長い物であったが、女房達は落葉宮に遠慮して充分には読めなかった。男女間の逢瀬の翌朝男から昨夜状を交わした女へ送られる例の後朝のような今朝の文ではないようであるが、宮の表情が優れないのは女房達にはその原因が分からなかった。