私の読む「源氏物語」ー56-横笛
などと、女房が雲井雁に告げ口をしたので、このように遅くまで起きて夕霧の帰りを待っていたのであるが、雲井雁は夕霧の行動がいい加減に憎いので、室内にタ霧が入ってくるのを知りながら、さも熟睡したように見せかけた。夕霧はなんとなく催馬楽の「妹与我」の情景に似ているので、つい口に出して唄う。
「妹と我と いるさの山の 山蘭
手な取り触れそや 貌まさるがにや 疾くまさるがにや」
(あの娘と私が分け入る山の 山の蘭
手に取って触れてはいけないよ もっと美人になるように 早くもっと綺麗になるように)
「お前は何故にこのように格子を固く閉めてしまったのだ。ああ鬱陶しいことよ。
このように家の中にいて、今夜の月を見ない人もあったのだなあ」
とぶつくさ言って、女房を呼んで格子を上げさせ、夕霧は御簾を自分で巻き上げて簀子近くに夕霧は寝るのであった。「このように綺麗な月の夜に月も見なくて気楽に眠っている者があるものか。雲井もこちらに来て月を見なされ。なんと情けないことよ。古今集で凡河内躬恒が詠っているではないか、「かくばかり惜しと思ふ夜をいたづらに寝て明かすらむ人さへぞ憂き」(これほど惜しいと思うようなすばらしい秋の夜を、むなしく寝て明かしてしまう人は、いかにも残念なことだ)」
と雲井雁に語りかけるのであるが、今迄、一条宮におったのであろうがと、雲井雁は不愉快で夕霧の誘いの声を聞えない振りをする。月の光に照らされて、夕霧の子供達があどけなく寝ぼけている様子などを、こっちにもあっちにもあり、、又女房も、幾人も込みあって横になっている雑魚寝の様子は、賑やかである故に、先刻の一条宮の様子とを較べて考えると全く違った光景である。
夕霧は頂いてきた笛を吹き鳴らし、落葉宮は、夕霧が退去した後も、まだ続いてじっと物思いに沈んで寂しくしているであろうか、琴などの絃楽器は、調子もその儘変えることなく、弾くのであろうなあ、御息所も和琴の名手である。などと一条の宮のことを頭に描きながら横になった。夕霧は亡くなった柏木は普通は人前では、落葉宮を親王の姫として大事に扱い申しあげながら、実際の気持ちは、落葉宮を情愛深く抱きしめて愛撫したのではないかと、推測し、それにしては、今の落葉宮の様子から柏木の情愛深い様子が見えないのは、タ霧は不審に思わずにはいられないのである。自分であれば、縁を結んで、もしも見劣りするとすれば落葉宮はかわいそうに思う。世間の実情を見ると、この人は優秀で何事にも精通していて限りもなく勝れていると世間で評判のいい人は、共に暮らすとだいたい、そのようでなく見劣りするものであるなあ。と考えてみると、タ霧自身の夫婦の関係は、夕霧が浮気をしていると言う想像は雲井雁に全くないのは、タ霧と雲井雁夫婦が、睦しく馴れそめた長い年月の間を振り返って見ると、雲井雁が、今のように我が強くて、夕霧を下に置くようになったのは、タ霧が、惟光の娘藤典侍の外には、外の夫人をつくらなかったという、浮気な心が他の夫ほどなかったからで、それで安心して今のような態度を取るようになった。無理もない事としみじみと自分があはれに思うのであった。夕霧はとろとろと少し眠りに入ったときに、あの柏木が存命当時の直衣の下に着る白地の袿姿で、直衣を脱いだ軽装で、いわゆる小袖姿で夕霧の隣にいて夕霧が御息所から頂いた笛を見つめている。夢を見ているのである。夢の中でも夕霧は柏木がこの笛を懐かしんで笛の音を尋ねてきたのである。と夕霧が思った時、
笛竹に吹きよる風のごとならば
末の世長き音に伝へなん
(竹に吹き寄って来る風が、この笛を何処に吹き伝えるのも同じ事であるならば、将来、何時までも、子々孫々に伝わる音として伝えて欲しい)
今はタ霧の所に伝わっているが、かつては君とは別人に伝えるつもりでした」
と言うので「誰に伝えるのか」と言おうとしたら、子供が寝ぼけて泣き出したので、夕霧は夢から覚めた。
子供がひどく泣き乳を吐いたりするので、乳母も起きて大騒ぎとなり、雲井雁、燈台の明りを子供の近くに持ってこさせて突然のことで雲井雁は寝乱れた額の髪をなどを耳に挟んで急いで子供を抱き上げた。雲井雁は少々太り気味で魅力的な美しい胸をあけ広げて子供に乳を与える、子供も可愛らしい児で母親雲井雁の肌は白くて美しいのであるが、乳は全く出ないのを、子供に気休めにと含ませてあやしている、夕霧も寄り添って、
「どんな工合かな」
と聞く。魔よけのまじないのため米をまき散らす散米を、そこら中に撒いて散らしなどする騒ぎのために、先程の柏木の夢でしみじみと心を打った感触も、どこかへ消えてしまっていた。
「この子は少し苦しそうに思えます。派手派手しい格好で、あなたがそわそわと浮かれ遊びされて、夜ふけに帰ってこられ、しかも格子などを引き開けたりなさるので物の怪が入ってきたのです」
と雲井雁が綺麗な顔をして、タ霧に恨み言を言うので、夕霧は笑って
「物怪の、怪しい道案内人よ。私が蔀格子をあげなければ、入って来る通路がなかったろう、なる程、そなたの言葉の通り物の怪は入ってこなかったてあろう。そなたも大勢の子供の親となって考えが深くなり原因の底までが見えるように成られましたね」
と言って雲井雁をじつと見やりなされた目もとが、見ているのも本当にきまりが悪い程美しいから、恨み言は言ったものの雲井雁はさすがにそれ以上は何も言えず
「どこかへ行ってください。こんな私の姿は恥ずかしくて見苦しい」
と夕霧に言って、近くに寄せた燈火の明るい光にタ霧の容姿があまりに美しいからさすがに、雲井雁が自分の授乳の姿を恥ずかしくて夕霧に何処かに行ってと言うのが可愛らしかった。本当にこの子供は苦しんで、泣いてすねて一夜を明かした。夕霧も、先ほど見た夢を思い出して、あまり考えもせずに受け取ったこの笛を、やっかいな笛であるなあ。柏木が執着心を持っていた物であるならば、自分がこの笛を伝承する者でなく、自分に落葉宮から贈られるとは、尚更柏木の言う伝授の甲斐がない。夕霧が持っていることを、柏木の霊はどう思ったのであろうか。
柏木がいきている時に何でもないと思っていたことでも、柏木が臨終の時に本当に心に思っている執念というものを、あるいはすごく愛着に思っていた物、そのような思いに附き纏われて無明長夜の闇に迷う事がある。恐らく柏木も、この笛に執心を残したのであろう。そうであるからどんな事にせよ、彼のこの世での執念を残したくない。夕霧は考えて柏木の葬送をした愛宕の念仏寺(珍皇寺)に、柏木追菩供養を行い、供養の僧達に誦経の礼をした。また柏木が信仰していた極楽寺などにも、追善供養を行って、
例の笛を落葉宮が、柏木にゆかりのある由緒の深いものとして、わざわざ夕霧に贈られたのを、急にすぐ柏木追善供養のために寺に施入するにしても、それは尊い御利益も顕著な事とは言うものの、無理して仏に差し上げる程の事はないであろう、と思って手放さないで笛を持って源氏の許に赴いた。
作品名:私の読む「源氏物語」ー56-横笛 作家名:陽高慈雨