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私の読む「源氏物語」ー55-柏木ー2

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「夕霧の母上、葵が亡くなった秋であった、自分は妹の死というのがこの世では最高の悲しいことと思っていましたがねえ。しかし女は交際する範囲は限界があって知己の人なども限界がある、その女を見知る人は少く、狭い範囲でどのような事でも、表面に現れるものでないから、、妹葵の死に悲しむ私を見る人が少なかった。ところが、不束者ではあるが柏木は、帝もお目をかけてくださり、、官位の昇進に伴って、柏木を力と頼む人達は、自然に多くなりなどするので、あの子の死を驚いたり悔しがったりする者もあちらこちらにおられましょう。私の、このように深い柏木への思いは、みんなが思う彼への声望や官位なんかは、考えられず昔のように健康で、体に異常が無く、無事息災であった時のあの子自身だけが辛抱することが出来ないほど恋しく思う。どうすればこの悲しみを忘れることが出来るのであろうか、どのようにしてもあの子を忘れることは出来ないであろう」と、夕霧の義理の父である前の太政大臣は大空を仰いで、じっと見つめている、「大空は恋しき人の形見かはもの思ふごとに眺めらるらむ」(大空は恋しい人の思い出の品でもないのに、どうしてもの思いにふけるたびにひとりでに眺められるのだ)と古今集にある、酒井人真の歌を思い出しているのだろうかと夕霧は思った。夕空は鈍い色に霞んでいて桜の花が散った梢を、今まで気もつかなかったことだが特に今日はじめて、柏木の父親は目をとめた。御息所の歌を夕霧が控えてきた畳紙に、

このしたの雫に濡れてさかさまに
       霞の衣きたる春かな
(桜の木の下の雫に濡れて、子が親の喪に服するという自然の順序とは逆に、親が子のため墨染の衣を着た春であるなあ)

 柏木の父は歌を詠む 

なき人も思はざりけんうち捨てゝ
      夕のかすみ君きたれとは
(亡き柏木も、考えていなかったであろう、父の大臣をこの世に残し置いて、墨染の衣を、父君に着てもらおうとは)

 と夕霧が答える。

うらめしや霞の衣誰きよと
    春よりさきに花の散りけむ
(恨めしい事であるよ、墨染の衣を誰に着よと言って、まだ春の来るより前に柏木(桜の花)は散ったのであろうか。父君が着給う事になったのは、悲しい事である)

 と柏木の弟の左大弁続いて歌った。

死後の御法要などは、世間のありふれた例と違い厳かに荘厳であった。夕霧の北方である実井雁に取っては、その法要は柏木の妹であるから当然の事であるので、夕霧は、法要も格別に営み、読経の僧への御布施などまでも立派に心を尽くした。 
 柏木の北の方である一条の宮、落葉宮へも夕霧は心を配って弔いに行くのである。四月の空は何となく心地がよいもので、単色である木々の梢も何となく意味ありげに見えるのを、悲嘆に沈む一条宮邸は、何事につけても柏木が亡きため静寂で心細く、一日がともかく長く感じるようなときに夕霧が訪ねてきた。庭もやっと若草の緑で一面が覆われるようになり、、緑の薄いところでは蓬が満足そうに芽を出していた。柏木が大事にしていた寝殿の前の前栽は主がいなくなって伸び放題にのびて茂りすぎて、一塊になった薄が、森のように自由に広がって虫の音のつけ加わるような秋が、自然思われるようになっていて、何となしにしみじみともの悲しく夕霧は涙ぐましくなって草の間をかき分けて中に入っていった。庭の中から見る寝殿は、ずっと喪中であるので粗末な伊予簾を懸け渡して、鈍色の几帳のかたびらを夏のに掛け換え、簾を透かして見える几帳の、形・色合が、涼しそうに見られ、綺麗な童女の、濃くて鈍色をしている汗杉の端や頭の髪の形などが、ほのかに見られるのも面白いのであるが、やっばり鈍色は目立つものである。夕霧は今日は簀の子に席を拵えてくれていたので女房が座布団を持ってきてくれた。女房は夕霧様を簀子に座らせるのは大変失礼なことであるから、奥に招じ入れ申してはと、言って御息所にいうのであるが、御息所は、最近私は、気分が悪いと、者に寄りかかって横になっていた。女房達が何かと夕霧の話し相手になって、時間を取り持つ間、夕霧は自分のいる前の木立が、悲しみに覆われている屋敷でありながら、何も感じずにぼうと立っているのを見ていて、全く何となしに感慨無量である。その木立の中に柏木と楓が、ほかの木々より何となく若く見えて枝を互に交えてあるのを見ながら、
「どんな因縁で、枝の末が一緒になったのであろうか」
言いながら落葉宮に近寄り、

ことならばならしの枝にならさなん
      葉守の神の許しありきと 。
(親しくされるのは、柏木と私と、どちらでも同じ事であるならば、柏木を馴れさせた枝である貴女として、この私は柏木とは、あの庭の柏木と楓とが枝を交わしている如くであった私を、貴女に馴れ親しませて欲しい、葉守の神となった柏木の許しの遺言が、既にあつたものと思召して)
御簾の外で貴女と遮られているのが恨めしく思います」

 と歌を詠み簀子と廂の境の下長押の許に夕霧は寄って行った。
「雄々しくて男らしい方であるが、それはそれで、なまめかしくあでやかな容姿は又」「大層やさしくしなやいでいるのでありますねえ」
 と、女房達のあれこれが、遠慮することなく落葉宮への愛の歌を詠う夕霧を、背中や膝を突っつきあって見ている。夕霧を主に接待して相手になっている、落葉宮の従姉妹である少将君と言う人をして、夕霧に、 
かしは木に葉守の神はまさずとも
     人ならすべき宿のしづえか
(私に葉守の神である夫がいないとしても、外の男を馴れ親ませる事のできるこの宿の下枝の私であるか、そんな下枝ではない。) 無遠慮に出し抜けな御言葉で、先頃の御訪問も、親切な情からでなく、懸想の故であったのかと、いかにも思慮が浅いお方と思ってしまいました」

 答えがあったので、本当のことを言い当てたと、夕霧は少し笑った。
 御息所がいざり出てくる様子がしたので夕霧は座り直した。
「情なくつらい、この世の中に、柏木の死後、悲嘆に沈んで過ごす月日が積るわけであろうか、気分が悪くてまあ、妙にぼんやりとして、私は暮らしておりまするけれどもねえ。しかしこんなに度々御使やら御自身やらで、御繰返しなさる御見舞が、大層勿体ない故に、どうにか元気を出して、対面仕りまする。」
 と、言う御息所は少し体の調子を崩しているように見えた。
「無情を感じて嘆くのは、世間の道理でありますが、でも、そう嘆いでばかりでは居られますまい、何事も全てがそのようになる因果であると見えます。ですから人の命に限りがあるのでございましょう、悲しみも限りというものがあります」
 と夕霧は御息所を慰めるのである。また落葉宮は、かつて噂に聞いたよりは、歌などで心の深さが見える、その落葉宮が、外聞の良くない降嫁の上に、間もなく降嫁などしたから、それ見た事かと、人からの物笑われ事である、夫との死別を更に追加しては、心の奥深い人であるから、きっと、どんなに世間体悪く思うことであろうか。