私の読む「源氏物語」ー55-柏木ー2
と夕霧は思うと、半分は落葉宮に懸想しているので夕霧は、同情して心を引かれ平静ではない、注意して落葉宮の様子を御息所と話すのであった。柏木との仲から考えると落葉宮は、顔はどうも十分綺麗ではないであろうと、夕霧は思う、けれども、せめて、あまり醜く不体裁な程度ででもないならば、見た目で、容姿が悪いと言って、女を飽きてしまい、容姿が良いと言っても、柏木の三宮に対するような恋に、何としても心を惑わすべきものではない。このように、容姿に迷うのは、体裁の悪い事よ、言って見れぱ、気立てが一番で、大切であろう。容姿などを重く考えるのは、宜しくないと、思う夕霧には落葉宮に懸想の下心がありありと見られる。、
「柏木の亡くなった今は、私を柏木同様に思いなさって、他人行儀でなく親しく御扱いして下さいませ」
何となく落葉宮に懸想しているように見えるが、丁寧親切に、意味ある風をして、一条御息所に夕霧は言うのである。夕霧の直衣姿は小ざっばりと、背たけは堂々として高く見えた。
「柏木様は、どの点でも万事、人なつかしく、あでやかであり、気品も高く、顔に可愛げがあり愛敬がよく、較べる者のない御方であったねえ」
「夕霧様は、男らしく、快活で、それに、ああ綺麗であると、見た瞬間に、顔色のつやつやしい美しさが勝れて、柏木様に似ていないなあ」
こそこそと女房達は勝手なことを言っている。
さらに
「誰が出入るも、出入りは同じ事であるならば、このように、夕霧様が、ここに出入りなさるとよいがなあ」
女房達が言い合っている。
「右将軍保忠ガ墓ニ草初メテ青ナリ、」
と夕霧は口ずさむ、保忠の死は承平六年(九三六)七月であるからそう遠くない時期である、ただその詩は「初メテ秋ナリ」とあるのを夕霧はそれを「青」と変えて口ずさんだのである。色々と、右大将保忠や柏木のように近い世や、又遠い昔でも、人々の死ぬ世の無常で、人の心が悲しみに乱れるようであった世の中に、身分の高い低いもなく、柏木を深くいつくしんで、残念がらぬ者はないのに、死んでしまった。このように惜しまれるのも、才学・芸能方面のことは当然であるが、柏木は不思議と情愛が深く曲げることがなかったから、冷たい感じで愛情などが少ない朝廷の役人や、その上女房などで、年取った者どもまで。
柏木の死を悲しむのであった。それらの人以上に帝は、楽奏の遊びの折などには真っ先に柏木のことを思い出されて忍ぶのであった。そのような空気のある中で「気の毒な柏木」ということが何事があるときでも人々の口癖になってしまった。源氏は人よりも可哀そうな事であったと、柏木を御思い出すことが多く、月日が経つに連れてますます柏木を思い出していた。薫を柏木の形見と思うが、柏木と三宮の隠し事は人が誰も気のつかない事であるから、柏木の形見の若君とも言う事ができないので、全く、何にもならない。秋が近づくと薫ははいはいをするようになり、その格好がとても可愛らしく、実子でないと、怪しまれないための人の手前だけでなく、本当に薫を可愛いと思い、いつも抱きかかえて自分の愛玩品のように扱っていた。(柏木終わり)
作品名:私の読む「源氏物語」ー55-柏木ー2 作家名:陽高慈雨