私の読む「源氏物語」ー54-柏木ー1
源氏が、三宮の出家に反対する意見を申し、三宮の許で朱雀が色々と考えて愚図愚図している内に夜が明け始めた。
「山へ帰ろうと思っても昼は人目につくでありおう」
と朱雀は三宮の受戒を急がせ、祈祷の僧の中に地位の高い者がいたので何人かを呼び寄せて三宮の剃髪を実行した。美しい三宮の髪に剃刀が当たり長い髪が削ぎ落とされていくのは、いくら作法とはいえ悲しく悔しく、見守る源氏は見るに忍びなく大泣きしてしまう。源氏は源氏として三宮の父である朱雀院は、出家を勧めたものの、もともと三宮をほかの三姫よりも可愛く大事にして育てたので、来世のことは分からないがこの世では、尼なんかにしてしまったのは悲しく力が抜けてしょんぼりして三宮の行事を見つめていた。儀式が終わると、
「貴女もこのように尼になっても、平穏無事に、達者で生きるのだよ。父と同じ出家であるからには、尼として、心に仏を念じ口に経を読む勤行を怠らないようにしなさい」
と諭して、明るくなる前に急いで六条院を後にした。三宮は力なく父の帰りを見送ることが出来なかった。前にある食事も手をつけることもなく、言葉も言わないので、源氏は退去する朱雀に、、
「三宮の出家は本当に夢を見ているようです、わたしの心はもう乱れて考えがつきません、今日の訪問の御礼を、朱雀院に見て戴く事の出来ない私と三宮の無礼は、私から改めて山寺に参上致しまして御詫び申しあげましょう」
と見送りが出来ないことを朱雀に謝り、六条院の家人に送りをさせた。 「私の命も今日終るか明日尽きるかと以前は思ったものですが、私以外に知人がなくて、三宮が途方にくれるような事があれば可哀そうで、貴方は希望ではなかったであろうが、三宮のことを思って三宮の事を貴方に頼み込んで私は安心して暮らしておりました。三宮がもしもこのまま住まうことにでもなれば、尼姿では六条院のような人がよく集まるところは不似合であろうからといって、適当な山里などに俗世界から離れているようなことも、尼とは言っても女のことであるから、さすがに心細いと思うはずであろう。尼の姿でこのまま面倒を見てくれないか。」
と朱雀は源氏に頼む、源氏は、
「これ程までのお頼みとあれば、今までの私が三宮のお暮らしに生きとどかなことがあったかのようで、申し訳なく恥ずかしく思います。今は出家されたり体が弱っておられたり悲しい気持ちが一杯で何かと混乱しておりますので、同時分を処置していいか気持ちが混乱して決めることが出来ませんが、」 と朱雀に答える源氏は、あまりの急な変わりように気持ちが耐えきれないのであった。三宮への夜半から暁にかけて(子の三刻から寅の刻まで)の御加持の際に六条御息所の物の怪が現れ出てきて、
「いかにも我が執念により見ての通り三宮を尼にしたのであるよ。おまえ達の念力により我より、うまく紫の命を取り返したと、紫一人を源氏は大事に思っているので我はそれが妬ましく、、三宮に少しばかり恨みを近頃はかけているのである、しかし三宮は出家をしたので我は退散する」
と憑坐を通して源氏達に訴え、大笑いをする。其れを見て源氏は、六条御息所の怨霊はここまできて三宮に取り憑き三宮を出家に追いやったのかと、三宮が可愛そうでいとおしく、御息所の怨霊のしつこさにこんな女と関係を持った自分が悔しくて堪らないのであった。
三宮はその後少し小康を得たようであるが、まだ目が離せない状態であった。使えている女房達も三宮が出家をしたことを、張合がなくつまらない行動に出られたと思うのであるが、出家して体が元気になるならば嬉しい事であると、出家は残念であるが、病気回復じっと待っているのである。三宮への加持祈祷を毎日行わせるなど源氏はいろいろと手を尽くして三宮の病気回復を願うのであった。
柏木は三宮の無事出産を聞いて、さらに弱ってもう回復は不可能のようになった。柏木は夫人の落葉宮が自分のことを心配して居るであろうと、気の毒で、柏木の所に見舞いに訪ねて来ることは、たとい今日・明日の命とはいえ、急な見舞い訪問することは一般的に夫婦といえどもいかなる場合も対面などのないのが習慣であるので、自分の考えは軽率で思慮のないことだし、柏木の母や前大臣の父も柏木のそばに付き添っているから、落葉宮が見舞いに来て会うつもりがなくても、両親にうっかりと顔を合わすことにでもなれば、それは落葉宮にとっては面白くないことであると、柏木は思い、病を何とかして治して落葉宮にもう一度会いたいと、願うのを両親は許されない。そうであるならば、落葉宮の将来のことを柏木は両親に頼むのであった。
元々落葉宮の母はあまり柏木と娘落葉宮との結婚には気乗りしていなかったのであるが、柏木だけでなく柏木の父の前の太政大臣までもが、真剣に真心を持って手厚く懇望したのでその気持ちに折れ、夫の朱雀院も、これほどまで真剣に懇望されるのであればと、柏木達の気持ちをくんで許された、と言うことを朱雀院の周りの人たちが、「三宮に源氏が冷淡である事を、御心配なされる折にも、この二宮の落葉宮は、三宮よりも将来が心配なく、真面目な夫をお決めになったと、おっしゃておられる」
と言うことを柏木は聞き、その信頼に応えることが出来なかったことを申し訳がないと、思い出していた。
「このような私の状態では、落葉宮を見捨てることになります、私は常々考えているのですが、落葉宮が気の毒で可愛そうでなりません。思うようにはいかない人間の命ですから、もし私が死んでしまえば落葉宮との断ち切れない夫婦の契が恨めしく、彼女が私の死を嘆かれるであろうから、其れが私には気になっています。落葉宮への親切な御気持がおありならば、落葉宮を見舞って御世話をしてくださいませ」
と、柏木は心中にも思い、母上にも頼むのであった。母親は、
「さてさて、思うには行かない人間の命とは、まあ縁起でもないことを言われますな。貴方に死におくれた後には、私がどれ程この世に生き長らえる事が出来ると思いですか」
泣き伏してしまったので、柏木はそれ以上のことは言うことが出来いので同席している弟の左大弁に、今後のことを詳しく頼むのであった。柏木は気だての優しい男であったので、弟たちもみんなが柏木を親のように思って慕っていたので、柏木の遺言のように言う言葉を悲しいと思わぬ者がなく、邸内で働く女房やその他の人までも嘆くのであるが、その上に朝廷においても柏木の重病を残念に思うのであった。帝は柏木が重篤と聞かれて急いで柏木の位を権大納言に昇任された。帝は、「昇進の喜びが元気を取り戻して、もう一度参内してくれるように」
という御考えで昇進の事を決定したのであるが、柏木の病を和らげることは出来なかった。柏木は病床の中からありがたく辞令を頂いた。父の前太政大臣もこのように重い帝からの御寵遇を見るにつけて、死に行く息子の柏木を悲しく惜しいと、ますます強く悲しく嘆くのであった。
作品名:私の読む「源氏物語」ー54-柏木ー1 作家名:陽高慈雨