私の読む「源氏物語」ー54-柏木ー1
と三宮に薬湯を渡す。三宮はすごいこと顔色が青みがかり痩せて情けない姿で臥している様子は、それでもおっとりとして可愛らしいので、源氏は、間違いがあったにしろ、この姿では許さざるを得ないであろうと考えていた。
山ごもりの朱雀院も我が子三宮が無事に出産したことを聞いて、三宮の様子を、ゆっくりと見たいものと思うのであるが、顔色が悪く痩せてしまって臥しいるということばかりの知らせであるので、娘はどうしたこのとなのであろうと心配で、朝夕の勤行も気が入らない。三宮は体の衰弱が一向に泊まらず、食事も喉を通らない状態で日にちが経っていくので、自分も、もうこれで死ぬのではないかと思い、
「長い年月、父朱雀院に御逢いしていないが、最近は、父院が大層恋しく感じるようになり、このように病んで、死にでもして二度と父朱雀院に御逢い出来ないのではないだろうか」
と父恋しと泣くのである。三宮がこのように嘆いているということを源氏が聞いて、使いを送って朱雀院に知らせた。朱雀はそれを聞いて、こんな悲しいことはない、と山籠もりの修行者にはあるまじきことであるが、夜の闇に紛れてこっそりと西山の寺を出た。
源氏に連絡もなく急に六条院へ訪問したので、源氏は驚いて出迎えた。
「煩わしいことの多いこの世を捨てて、二度と振り返って見るつもりはないと考えましたけれども、悟り切れなくて、やっばりまだ煩悩の中から追い出すことが出来ないのは親と子の関係です、親が子供を思う心の惑いで三宮が病重いと聞いて仏道の勤行も怠って、死が老者は先という順序の通りでなくて、三宮と別れてしまうならば、このこと生前に会うことなく死別したということがいつまでも私の心に残るであろう、情けないことであるが世間から修行の身でありながらと誹られるであろうが、そのようなことに捕らわれずにこちらへ参ったのだ」
と源氏に告げる。朱雀の姿は俗人と違い、上品で美しく親しみのある様子で、人目につかぬように装束も粗末に略して、今夜は出家の正装でなく、黒い衣姿が、源氏は出家したいという希望があるので特に清楚に見えた。それで源氏は出家をしたいのがなかなか出来ないので例によって涙ぐんで、
「三宮の病は特別なことではなく、ただこのところ体が弱り食事もなかなか普段通りには召し上がれないので、体が弱っておるのでしょう」
と義父でありまた兄でもある朱雀に話、
「失礼な場所ではありますが」
と三宮が臥している帳台の前に座布団を敷き朱雀を案内した。三宮を女房達が衣装を整えて帳台の浜床から下に抱えおろして、失礼のないようにする。三宮の前に据えられた几帳を朱雀は少し手で開いて、
「私がここに居ては夜居の僧に感じるであろうが、貴女に霊験を与える程の修行にはまだ至ってないから、こうしてここにおるのも、不体裁であるけれどもね。そうであるがこうしておるからには専らたゞ貴女が会いたいと気にしている父の姿をよく見てごらん」
と言って涙を拭く。三宮も久々に会う父に懐かしく涙を流し、
「私がここに居ては夜居の僧に感じるであろうが、貴女に霊験がつく程の修行にはまだ至ってないから、こうしてここにおるのも、不体裁であるけれどもね。そうであるがこうしておるからには専らたゞ貴女が会いたいと気にしている父の姿をよく見てごらん」
と言って涙を拭く。三宮も久々に会う父に懐かしく涙を流し、
「私はもう長くは生きられないと思っています。見舞いにお出でになったついでに私を尼にしてくださいませ」
「そのような出家の本望があるとするならば、それは大層尊い事であるけれども、いくら重病人といっても必ず死ぬとは限らないこと、もしも長生きをする人ならば、出家をしたことがかえって煩わしいことになる。出家の身でありながら俗人のような振る舞いをして世間の人に誹られることになるやもしれぬ。出家のことは少し考えなさい」 と三宮に朱雀は言って源氏に、
「このように進んで出家したいとこの娘は言っているが、もう命が助かりそうでない容態であるならば、そうすれば暫くの間でも尼の姿にして出家の功徳を得るようにしてみてはどうだろうか」
「日頃から出家をしたいと言われますが、それは物の怪などが姫の弱みにつけ込んで言わすことでありましょう、と私は思い姫の希望を聞き入れなかったのです」
「たとい、物怪の誘惑であろうともその誘惑に屈してますます病気を悪化させるようなことであれば、物の怪の言うことに反対もしようが、姫はこの通りすっかりと弱ってしまっている、その病人が出家したいとの頼みであるから、もし希望通りさせないで姫が死ぬようなことにでもなれば、出家させたら良かったと後悔すると思うのであるが」
と朱雀は源氏に言い、腹の中では、よき後ろ身として安心して任せられると三宮を輿入れさしたのに、源氏は引き受けたのはいいが、三宮に対する情愛が少なすぎると、自分の意に反していると朱雀は事あるごとに聞こえてくる源氏の三宮に対する愛情の浅いことを、表だって源氏に言うのもどうかと思って、これ以上は言わないで、世間の人が噂をするのを朱雀は悔しくてならない。このようなときに三宮が病気を理由に出家して、源氏から離れてしまうのは、世の中の夫婦が恨みを持って別れるということではなくて、病気を理由にして夫婦が離れるのは、世間の人も合点がいく適切な処置であると、朱雀は考えた。仮に三宮と源氏が別れたとしても、現在と変わらない後見はしてくれる、二人が分かれても源氏は三宮の後見として面倒は見てくれる違ないから、朱雀は三宮への形見分けとして、朱雀が父の桐壺帝からいただいた広くて趣のある三条宮を修理して三宮の住まいとしよう考えた。この三条宮は、後に三宮の子薫の御殿となるのである。朱雀院は自分が生きている間は三宮が尼の生活をしても、このように形見として三宮に与えておけば気がかりが無い、また源氏も三宮に冷たい態度をとると言っても、三宮を全く捨ててしまうようなことはないであろうと思い、しばらく源氏の態度を見ようと、朱雀は心の中で考えて、
「それならば、ここに、私が見舞いに来た機会に、三宮にせめて五戒を受けるような事をだけでも、仏との縁結びとして私が勤めよう」
と朱雀は言って、三宮の受戒の仮儀式を準備した。源氏は三宮を憎らしいと思っていることも忘れてしまい、三宮の出家とはどう考えればいいのだろうと、俗世界から三宮が去ることが悔しく、心が耐えきれずに三宮が居る几帳の中に入って、
「私がこれから先何年も生きられないのが分かっていながら、私を捨てて、貴女はどうして出家しようなどと考えるのですか、気持をよく鎮めて、今まで通り、もう暫く、煎じ薬を飲み、食べ物などもしっかり食べなされ。出家することは尊い行動であるけれども、体が弱っていても、仏道修行はなさるでしょうが、この際は一方では出家のことを考え、もう一方では体の治療そし、元気になってから出家するのがいいのではありませんか」
と三宮に言うのであるが、三宮は頭を横に振り、辛いことを源氏は言われると、思っていた。
源氏はそのような三宮を見て、柏木とのことがあってから彼女に対する自分の仕打ちを恨んでいるなと、見ている源氏は三宮が哀れであった。
作品名:私の読む「源氏物語」ー54-柏木ー1 作家名:陽高慈雨