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私の読む「源氏物語」ー54-柏木ー1

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 夕霧大将は柏木の病を予てから心配しているのであるが、柏木の病が重いと見舞いに訪れた。昇進の喜びをまず柏木に伝える。柏木の病床の部屋から、屋敷の門には、昇進の賀客と病気見舞客とご大勢押し寄せて、その者達が使用する馬や牛車が隙間もなく立ち並び、供の者達が騒々しくざわめいていた。柏木は今年になってからは起きあがることが出来ないままほとんど寝たままの状態であるので、大将の官位正式な重々しい立派な夕霧の姿を、寝乱れ姿のままでは柏木は対面することは失礼に当たると、もう少し病が直ってから会うことにしようと、考えながら、しかしもうとても病が治ることもあるまいと、親しい友人である夕霧に会わないのは残念なことであるので、
「こちらに入ってください。寝乱れた姿で無作法な様子ですので失礼ですが、病気のせいでと、どうぞ許してください」
 と夕霧を枕の脇に、祈祷の僧などを部屋から去らして、夕霧を招いた。

 夕霧と柏木は若い頃から少しの蟠りもなく仲のいい友人であり従兄弟でもある間柄で、夕霧は柏木と死に別れるような事にでもなれば、悲しみは柏木の親兄弟の悲嘆にも劣らない。今日は柏木の昇進の御祝賀に来たというわけなので、柏木がもしも病気でなければ本当に嬉しいことであるが、この姿ではさして嬉しそうでもないと、病気であるから柏木の喜びがないと夕霧は考えるにつけても残念であり、本来ならば二人で酒を酌み交わして大騒ぎをするのであるがと、来た甲斐がないと残念であった。
「どうしてこのように元気がなくなったのだ、今日はお前の昇進を祝いにきたのであるが、きっと喜びで少しは気分よくしてるのではないかと、わしは思っていたのだがね」
 と夕霧は言って二人を遮っている几帳の端をつまんで引き上げると、
「全く、くやしく残念なことになってしまいました。もはや昔の私ではありません、情けないことです」
 と柏木は言う、柏木はそれでも礼を失わないようにと立烏帽子だけを冠って礼儀を正し、病床から少し起きあがろうとするのだが起き上がられず、その様子は本当に苦しそうであった。立烏帽子は高貴な人が冠るもので、烏帽子を冠らないで、髪をあらわに出すのは、「もとどり放つ」と言って無礼な姿であった。
 夕霧が見た柏木は白い着物で、見た感じが良く、なよなよと軟かな布の着物を沢山重ねて着て、その上に夜具をかけて臥していた。寝床のあたりは、何となく綺麗でさっぱりと整っていて、香の香りがかぐわしく漂い、いかにも奥ゆかしくしてあった。その様子を夕霧は柏木は病床にあっても嗜みは忘れていないと、感じていた。病の重い人はどうしても髪は伸び放題、髭も剃ることなく、何となく汚い様子になるのであるが、柏木は病気で一層痩せ衰えてはいるが、特に白く上品な様子をして枕から頭を上げて、夕霧に何かと話しかける様子は弱々しく息も絶え絶えで哀れな姿であった。夕霧は、
「長い病気していたにしては特にひどく弱っているようには見えないが、元気であった頃の顔よりも、今の方が却って綺麗さっぱりとしているよ」
 と柏木を励ますように言うのであるが、友であり従兄弟の憔悴して枯れ木のように痩せてしまった姿を悲しみ憐んで、
「死ぬのを後先なく一緒にしようと、私は前に申したことがあったが、それなのにひどい事になったことよなあ、この御気分の重りなされた様子。せめて、何が原因でこのように苦しむのかを、知りませんで、こんなに親しい間がにもかかわらず、お知らせがないとは情けないことであるよ」
「私自身はこんなに酷くなるとは思いもよらないことで、どこが痛むとか苦しいこともないうちに、急にこのように、衰弱しようとは、思いもかけず僅かの間に弱ってしまいましたので、今では正気で居るのが辛いようです。死んでも惜しくないこの私を、いろいろと祈りや、願掛けの力で引き留められるので、この世に生きることはさすがに辛くなり、自分で死をせき立てる気がしています。
 そう思ってはみるが、諦めきれないこの世への執着は沢山あります。両親への孝養も中途半端なことだし、その上今回の私のことで心を悩まされ、また、帝にお仕えする期間も中途半端の程度であり、それはそれとして、自分の一身を反省する点では、官位などの昇進がはやばやと進まない恨みを心に残した事よ。けれども、そんな一通りの嘆きはさて置き、私は、心中に人に言う事が出来なくて煩悶している三宮との事がありますが、それをこのような臨終の際に当って、漏らすべきか心に抱いて死んでいくか、漏らすべきではないと、思うのですが、やはり隠し通そうと夕霧のほかに誰にこの苦しみを訴えられようか。兄弟は多くいますが、色々な事情で、たといそれとなく申しましょうにも、なんとなく面白くはないものです。
 君の父上の源氏様には少し許りの行き違いがあるので、この幾月も心中に御詫び申さねばならないことがありました、そのことを期待に反して、世の中の交りを、心細く考えるので、病気になってしまったと、思って悩んでいるときに、源氏様の御召しで、朱雀院の五十の御賀の楽所の予行練習の日、六条院に参って源氏様に御目にかかった時に、やっぱりまだ私を許す事が出来ないでおられるということを、源氏様の御目の端から感じました。心細く思っているときにさらに、この世に生き長らえる事は、源氏様に申しわけないという気持も多く困ったことだと思いましてから心が落ちつかず悩み始めて、その後このように弱り果てたのです。