私の読む「源氏物語」ー52-若菜 下ー3
浮気を知り三宮への愛は消えたと思っても、自分を裏切った恨めしさと並行して、若々しい三宮の体を思うと恋しさもおさえがたく、六条院へ源氏は帰ってきた。三宮の前に坐り悪阻のために顔色が優れない姿を見て、源氏は胸を痛め、可哀想でならない。彼女の気分が良くなるようにと祈祷師を呼んで彼女のためにあらゆる経文を唱えさせた。源氏と三宮との生活は、今までとは変らず、却って以前よりもいたわり深く親密になったように見られた。ゆったりと打ち解けて語り合う二人、本当はすっかり三宮から源氏の心が離れて親密さはなくなっているにもかかわらず、人前だけの体裁を繕って、内心は煮えくりかえるような嫉妬心である
源氏の気持ちは三宮にとっても内心は苦しいことである。源氏は、柏木から三宮宛の恋文を見たことを、三宮には一言も言わないのであるが、三宮はそのことをひどくたまらなく考えている様子が実に幼稚で露わにして分かりやすいのであるある。そんな三宮を見て源氏は、間違いというものは、全くこのように幼稚な性格から起こったものであろう。大らかなのは良いことであるといっても、この姫のようでは知恵遅れとしか言いようがないと、源氏は考えると男女の中は、すべて不安で周りの関係ある者達のことが気掛りに思われ、特に娘の明石女御もあまり柔和で、大様であるので気にかかる。だから三宮を柏木が恋したように、もしもこの明石女御に恋をするとしても、その男は、柏木よりも悩みが深いであろうなあ。明石女御も大らかであるから、簡単に近づくことが出来ようが、しかし、それは源氏の夫人三宮を相手とするのと違って、帝の女御を相手にする恋であるから、身分も高く男は近づくためにはどんな方法があるのかと手を考えて心を悩ますであろうと、源氏は思うのである。女という者は明石女御のように、打解けてはっきりした所がなく、内気でしなやかに靡くようであるのを、男は馬鹿にして軽くその女を見るのであろうか。そんな女に懸想して急に目が留まり心ひかれ、その女が拒んでも、女が気強くないために関係が出来てしまう間違いは、男の方に罪があるのであろうか。
鬚黒が玉鬘を我が者にした経緯も、玉鬘にはこれといった後見者もなく、幼いときから筑紫のような田舎に漂泊者のようにして育ったのであるが、明石女御に比べると気が利いて苦労していて、自分も娘として引き取り父親の気分で養ってきたが、娘からはずれて女として見てこなかったとは言えない。しかし、彼女は穏かにそのような男の性欲を、素知らぬ風にして私と接して玉鬘は源氏と過ごし、鬚黒とはあんな無分別な女房小弁の計らいで玉鬘の許に夜這いをして忍び込んで来た時にも、はっきりと、鬚黒を拒絶した状況を女房達に見知られたために、源氏から公然と許されたように自分は辛抱して鬚黒に体を許し、このことは自分の本心からで、間違いによる婚姻とは世間に広まらないようにした、ということなんかを今源氏は思い出して、あの玉鬘の態度はどうであるか、実に才気のある仕方であったなあ。鬚黒と玉鬘とは、生まれる前からの宿縁が深い仲であったのだろうか、二人の仲はこのように長く連れ添っている。このことは結婚の動機が、馴れ合いでも正当な順序を踏んでも、いずれも同じようにあって欲しいものながら、玉鬘と鬚黒の結婚が、玉鬘一人の才覚で実現したと、もしも世間の人が思出すならば玉鬘は少し気が軽くなるであろう。源氏はいろいろと過去を振り返って、ともあれ、玉鬘はでかした者よと、思うのであった。
二条の内侍かむの君と呼ばれる源氏と最も肌が合う朧月夜のことを、歳を取っても源氏は忘れることが出来ないのであるが、三宮と柏木の秘め事と同じで、後暗い男女の秘め事は、辛いものということが分かり、朧月夜と数々の体の関係を経験してきたことは、彼女の性格が優しすぎる男好きの気の弱い性格からであって、源氏は自分の取った行動は、今回の三宮のことから幾らか軽率な事であったと今になって考えていた。朧月夜が念願の出家を果たしたと、聞いたときに源氏は、哀れな女であると共に惜しい女を逃がしたと、残念で悔しくまず文を書いて朧月夜の許に送ったのである。朧月夜があれほど親しく秘め事を重ねたにもかかわらず、源氏に一言の相談もなくこの世を捨ててしまったことが、彼の心に深い傷となって残った。彼の文は歌と共に、
あまの世をよそに聞かめや須磨の浦に 藻塩垂れしもたれならなくに
(君が尼になったことを噂に聞いて、須磨の浦に私が海人のようにかつて、涙に濡れて佗住いしたのも、原因は貴女とのことからなのですよ)
「世の色々の無常を思い出家を願っている私が、貴女に先を越されて残念であります。『この世を捨てなさっても、毎日の回向に私のことをまず最初に念じて下さいませ』などと言うのは悲しいことであります」
と朧月夜に寄せる想いの多くを述べ綴った。朧月夜は朱雀院が出家をされてすぐにでも後を追おうと出家のことを考えていたのであるが、源氏との逢瀬が妨げになって、ついつい引き延ばしをしていたが、人には源氏が自分の出家に反対しているということは知らせないで、心の中で源氏との古い交際を情ないとは思うものの、やはり二人の相性が良いのであろうか、度々の逢瀬のことを思い出すと体中が熱くのぼせ上がり、二人の縁は辛いものであったが絆の強さは緩いものではなかった、などいろいろと二人の逢瀬の場面を思い出し、源氏の子供が本当に欲しかったと思うのであった。源氏への返事は、これが最後の文となるであろうと、心を込めて書いた。筆使いも思いのこもった優雅さで筆先を走らせた。
「世の中は毎日のように変わっていくものと、思っているのは私一人だけかと思っていましたが、貴方が出家に遅れたと、おっしゃる、
あま船にいかがは思ひおくれけん
明石の浦にいさりせし君
(どうして私の出家に後れを取られましたのでしょうか、かって明石の浦で魚を取る蜑の漁師になった貴方が、明石の上と仲良くなさっていたからでしょう)
回向のことは一切衆生多くの方をいたしますが、貴方のことは絶対に忘れはいたしません、ご安心を」
濃い縹(薄藍に近い)色の紙に、尼であるから慣例に従って樒に挿して、ひどくしゃれた文章は昔ながらの書き方で優雅であった。源氏が二条院にいたときに送られてきたので、朧月夜の文を紫に、朧月夜が尼となった現在では男女の関係が全く絶えてしまったことであるから、届いた文を見せてあげた。
「出家するなどと大口たたいて、一向に実現しないことを大変馬鹿にされたよ。その通りだから我ながら恥ずかしい。こんな心配事の多い俗世界を出家もしないでよく我慢できるものよ。
作品名:私の読む「源氏物語」ー52-若菜 下ー3 作家名:陽高慈雨