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私の読む「源氏物語」ー51-若菜 下ー2

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 と言って日も暮れかけたので源氏は三宮の対へ向かって行った。三宮は、紫が自分を憎らしい女であると怒りに燃えているとは思いもせずに、七弦琴を習得しようと真剣になって取り組んでいた。

 そんなところに源氏がやってきて、
「さて今は私に稽古の時間を下さって,貴女もこちらに来て御休みなさいな。師匠の私は貴女の上達に満足していますよ。毎日苦しい稽古を続けて本当に上達したものだ」
 と薄着姿になった三宮を胸の中に抱きしめた。子供のようであった三宮ももう二十才になりすっかり熟した女である、男に抱かれて反応はすぐに始まる、深窓で育った女は遠慮をすることは知らない、声を出して源氏に甘える、女房達がすぐ近くで聴いていても恥ずかしくもない。細ひもを解き胸をあらわにして源氏の夜着の紐を解いて裸の胸を合わせて源氏を攻める、若い体が異性を知ると血の巡りが早くなり、頭の中が空白になってただ男の愛撫から繋がりを求めてくる。五十に近くなった源氏にはとうていついて行けない女との肉体の付き合いである、三宮はそんなことは考えもしないぐいぐいと攻撃してくる、源氏は燃えない、彼女は不満である、大声でそれを訴える、女房達は自分のように恥ずかしい。
 大殿籠もれる、常に変わらず。

 紫は源氏が三宮の許で夜を過ごすときは、独り寝で寝付かれず夜遅くまで起きて、女房達に物語の本などを読ませる。物語というものは大抵男女の恋物語が主なる筋書きと決まっている。浮気な男、色好みの女、二人の女と平気で関係を持つ男、その男に二人の女共は離れられない。このような類の男女の秘め事を集めた昔物語にも、話の結末は男というものは結局は、誰か頼りとする女がいてこそ、この世に落着いて過すことが出来ると結論しているようである。読む読者はそこで安心するのである。
 ところがこの私は、と紫は考える、どういう訳か物語の結論を聞き終えても落着かず、浮草のように浮いて頼りない有様で、なんとまあ過しているのであるわいという気持ちは解決できない。なる程、源氏が先日「人にすぐれたりける宿世とはおぽし知るや」と、私が親元で何一つ心配なく過ごしてきたように幼少時代を我が胸の中で育ったではないかと、仰せられたように、他の人より違っている、幸運な前世の因縁もあるのである身でありながら、源氏が他の女と私の気持ちが許せない浮気をする、という心配を一生離れることがない身で終わってしまうのではなかろうか。それを思うと本当に情けない一生であるわ。などと色々と悩み続けるうちに夜も更けて源氏不在のまま紫の胸の様子がおかしくなってきた。女房達が集まってきて紫の
体が熱で熱くなって、気分も大層悪いように見立てて、
「殿にお知らせいたしましょう」
 と紫に言うが、
「そのようなことしなくてよろしい」
 と女房達を制し、苦しいのをじっと耐えて、夜明けを迎えた。紫は体も熱で熱くなって、気分も大層悪いけれども、源氏は三宮方にいて知るわけがないから、急に紫方に帰らない限り、紫がこのように御病気であると、女房達は紫の命で知らせなかった。そこに明石女御から紫の呼び出しがあったので、女房が、ご病気ですと答えた。明石女御は聴いて驚き、直接女房を遣いに出して三宮の対にいる源氏に知らせた。源氏は聞いて胸がどきんとして驚いて急いで帰ってみると紫は大層苦しんでいる。
「どんな気分かな」
 と源氏は紫の胸を触ってみると熱が高いのが分かる、源氏は昨日紫に話した厄年だから行動を慎みなさいよ、と言ったことを思い合わせ、これは大変なことになったと感じるのであった。
 粥などを炊いて紫に進めるのであるが、食べようとしない。源氏は紫の枕元につききりで一日を過ごし、何かと介抱してどうしようかと心配していた。ちょっとした果物でも紫上は、何となしに、全く気が向かず辛そうにして、寝たままの状態が何日か続いた。源氏はどうなるのであろうと気が気でなく、数多くの寺や社に病気平癒の祈祷をさせる。六条院には僧侶を呼んで加持祈祷をさせる。紫はどこが痛むということもなく、ただ苦しく時々胸の痛みが起り苦しむ様子は本当に大変そうである。寺や社に色々な祈祷をさせるのであるがその効果が一向に現れない、病は重いようであるが、自然に恢復する徴候があるのは頼みになるけれども、その気配がないのは何とも心細いことであると思うので、紫の病気快癒以外のことが頭の中に全くなくなってしまったので、せっかくの朱雀の五十の祝いのこともしばらくは沙汰止みとなってしまった。朱雀院も紫が病気ということを聞いて丁寧なお見舞いをたび/\頂戴した。

 紫の病状は一向に変化なく二月を過ぎてしまった。源氏は本当に心配して、
「住む場所を変えてみてはどうかな」
と住居を移転すれば吉兆が得られるかと思って紫に言い六条院から紫の屋敷である二条院へと移した。急な引っ越しの決定で六条院の中はざわつき、紫が引っ越すのを嘆く人も多かった。冷泉院も紫の引っ越しを聞いて心配し、
「紫がもし亡き人となれば、源氏も必ずこの世から去り出家をするであろう」
 と考え込む。夕霧も心配のあまり精一杯紫を看病する。病気平癒の御祈祷は、源氏が行うのを夕霧が代行するのは源氏が看病で手を離せないので勿論のことであるが、夕霧自身も願主になって特別な祈祷を実施するのであった。紫が不意に意識がはっきりする時には、
「かねてから申上げている出家の事なのに、御許しなさらないのは、本当にまあ、辛いことで」 と源氏に念願するのであるが、源氏は紫の命はもう幾らもないであろう、もしも自分が一人残されたならばと、考えるよりも、自分の目前で紫が自分から進んで粗末な僧の姿に変って出家する様子を見てはとても我慢することが出来ないと、紫の出家の申し出が惜しく悲しいので、「前々から私が出家のあこがれを多く持っていながら、あなたがこの世に残されて寂しく暮らすのではと、堪えられないことなのでこうしてまだ俗世界に残っているのに、逆にあなたが私を捨てて出家されるとは」
 紫がこの世から仏の世界にはいるのを大変惜しみ、「出家すれば直るかも知れないのに、許されぬのが心憂い」と紫上は言ったがなる程、今は、全く生きる望みが全くないように弱り、いよいよ最後の状態に見えることが沢山あるから、源氏は紫の出家の願いをどのようにしようかと迷いながら三宮の方へは全く行かず、琴などは総て片付けてしまい六条院では総ての人が二条院に移ってきてしまい六条院は火が消えたように人影がなくなりひっそりとしてしまっていた。ただ三宮付きの女房などが至極ひっそりであるが残留していた。
「六条院の花やかな賑かさも、思えば紫一人がおられたからであったのだなあ」
 と残った女達は思っていた。
 明石女御も二条院へこられ源氏と共に紫の看病に当たる。紫はそのような有様を見て、
「女御は普通のお体でなくて妊娠でされています私の病の物怪などがついては恐ろしいからね、どうか遠慮して早く内裏にお帰りを」
 と苦しい息で明石女御を気遣うのであるが、女御は聞こうともしない。傍らに座っている明石女御の一宮姫の可愛らしい姿を見て大変悲しく泣き、
「若宮が大きくなるのを私は見ることが出来ないのが悔しい。若宮は私を忘れてしまわれるだろうなあ」