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私の読む「源氏物語」ー49-若菜 上ー4

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 入道の文の言葉は、ひどく堅苦しく、親しみのないものであるのを、古ぼけて黄ばんだ檀紙(陸奥紙)の厚ぽったい五、六枚に書かれてあったが、それでも相当に香で深く染まった紙であった。明石女御は祖父の文章を読みながら心に響くものを感じ涙を流すその横顔が何ともいえぬ上品な魅了するものである。 源氏は三宮の許にいたが、中の障子を開けて気軽に明石女御の許にやってきたので、あまりの急なことで明石の上は入道の文箱などとともに几帳を引き寄せて隠れてしまった。
「若宮が驚いて目を覚ましてしまったかな、一時も見なければ恋しくてたまらなくなるよ」
 若宮は紫が連れて行ってしまっているので女御は答えることも出来ずにいると、明石の上が、
「紫様がお連れしておられます」
 と源氏に明石女御に代わって几帳の蔭から答える。
「それはけしからぬ事である。あちらに、若宮を独り占めさして紫は懐から一向に若宮を離さずに世話しながら、そのために自分の衣装が絶えず赤子に汚されて着替えもたびたびのことであろう。どうして簡単に若宮を紫に渡すのかな、紫はこちらに着て面倒を見ればいいのである」
「そのお言葉は大層情けない、こちらに渡って若宮を見よとは、あまりにも人の心を知らないお言葉、紫様の親切も知らず思いやりがないことであります。女の子は誰彼と人に見せるものではありませんが、若宮様は貴いご身分と申しましても、男の子供でありますどこへでも自由に出かけられます。ですから、紫様と私の間柄を冗談にも悪くは言ってもらいたくございません」
 と明石の上は紫とは親密の仲であることを源氏に訴えた。源氏はその言葉を聞きながら笑って、
「お二人仲が良くて若宮の世話から私をはずしなされたな。差別なさって今では明石上も紫上も私を見放し除け者にして、偉そうにと申しなさのはまだまだそなた達は子供ですよ、几帳に隠れて言いたい放題なことを言いよって」 
 といいざまに源氏は几帳をひっぱり取り除いたので、柱に寄りかかっていた明石の上が清楚で恥ずかしそうに源氏を見ていた。入道から送られてきた文箱も片付ける暇もなく、今更取り除くのもわざとらしいと思い、そのままにしておくと、
「謎めいた不思議な箱があるな。おまえの良き人からの恋文かな。」
「まあ、変な邪推の言葉。貴方は最近お若くなられたようですね、聞いても意味のわからないような御冗談などが時々出て来ます」
 と笑いながら源氏に答えているが、内心は
父入道のことを考えている姿は、源氏もおかしいなと思い、
「どうしたのだ」
 と言う源氏の心配の言葉に応えるのも面倒であるが、
「あの明石の入道から、内々で致しております御祈祷の書付と、外に、礼参をまだ果してない祈願などを貴方にお伝えする折があれば伝えてくれと言うので送って参りましたものです。未だにその折がなかったものですからこのように置いておりましたが、御覧になりたければどうぞ見てくださいませ」
 なる程、これは大変な曰く付きの物であるなあ、と思い、
「そなたの父入道は、仏道をしっかりと修行して、そち達が京へ上った後住んでいたのであろう。長生きをして長い年月を勤行した業績である功徳の積もりも、比べるものがないほど高いものであろう。この世に由緒ある身分の高い立派で賢明な法師の人も、よく注意してその人を見ると、この俗世で自分の名声に執着している間、煩悩や迷いに濁るせいであろうか、いくら知性のある法師殿と言われてもその生き方には限度があって、明石入道の今の姿にはとても追付くことが出来ないであろう。いかにも仏道に悟りが深く、それでいて相当に風梢のある人柄となられたことであろう。聖者ぶって、この俗世界から解脱しているような顔をしているのでもないものの、内心は、」すっかり俗世界でない世界、即ち極楽浄土に行って住んでいたと、入道には私の逢った昔も見られた。その入道が以前にも増して心にかかる係累もなく、俗界から絶縁して解脱しきっているであろうからねえ。私が気軽な身であるならば、人目を忍んで明石浦に行って、本当にもう一度入道に逢いたいものである」
「今はあの源氏様がご存じの住みかを離れて、鳥も通わぬ山奥深くに住んでいると聞いています」
「さようか、その文箱は遺言であるな。連絡は取ってはいるのか、遺言のことをそなたの母尼君は悲しんでおることであろう。親子と言うことよりも夫婦というのは格別の情愛という物がある」
 源氏は明石の上に涙ぐんで言う。
「歳を取るにつけて世の中のことを私も色々と学ぶうちに不思議に恋しく、自然に思い出されるのが入道の人柄なのであるから、まして夫婦の深い縁の間柄では、尼君にとっては、遺言はどんなに感慨無量であろう」
 と源氏が言うのを聞いていて明石上は、入道の消息文の夢の話も、源氏に思い当たることもあるのでは、と考えて源氏に、
「あまり見る機会もない梵字とか言うような大層変な文字を使った筆蹟でありますが、源氏様が当然御目を留めなさる点でも交っておりまするか、どうぞ御覧くださいませ。最後の御別れ、と言って父入道に別れて上洛致してしまいましたが、やはり会いとうございます」
 と言って姿よく泣き崩れた。

 源氏は文箱を手にとって、
「梵字とか言うような大層変な文字を使った筆蹟と申したが、なかなか立派な筆蹟ではないか。まだまだ入道は年寄りとは言えないな。筆蹟や文章、その外万事何事につけても仕来りをよく知っていて、確かにそれなりの人物としてこの社会を渡っていけるのであったが、ただ、世渡りのことになると処世の術がどうも足らない人であったなあ。入道の先祖の大臣は大層賢明で、忠誠を尽くして朝廷に奉仕されたのであったが、その間に、何かの失態があったのであろうかその結果で、大臣の家系を継ぐことが出来なかったのであった、と人が言うのを聞いたことがある、だが今、女系ではあるが、入道の娘のおまえから明石女御、春宮の若宮へと栄えて行く道中で、家系を継ぐ者がないとは、もう言うことが出来ないことも、入道の多年の仏道修行、勤行の効験であろう」
 と流れる涙を袖で拭いて、手紙にある入道が見た夢の話の件をじっくりと読んでいた。
 入道は変にひねくれて、何という事なく高い理想を持っていると、世間の人は見ているし、源氏も自分ながら、明石の上を我が女にするようなことはあってはならないことと知りながらも、関係が出来てしまってと、あの当時は思い悩んだのであるが、この明石女御の誕生ということが、自分の前世の縁でこうなったのであると、自分の心に言い聞かせて悟ったけれども、見えない将来の事は、はっきりしないことであるから、どうなる事かと気にかかり、心配して過して来たのであった。そうか、入道は自分の見た瑞夢を信じて、文に書いているように自分のような高位の者を期待を持って娘の婿にしたのである。源氏が、無実の罪で、須磨や明石あたりに、あの時に流浪したのは、なんとこの明石女御一人を設けるためであったのだ。入道は大変な願掛けをしたものよと、源氏はどのような願いを神に願ったのかを知りたくて、心の中で入道に手を合わせて入道の願文を手に取った。