私の読む「源氏物語」ー47-若菜 上ー2
と口上で使者を通じて源氏に返答した。聞いた源氏は、特別な返事でもないわ、とおもった。源氏は朱雀院に三宮のことを話すのもみっともないことである。三宮のところには当分通い詰めて人目繕っておこう。と思うのであるが、愛しい紫がいるので三宮に心は進まないから、しばらくは三宮のところに通い詰めようと紫とは夜をともに出来ないが、三宮のことを決めた初めから、このようなことになることは当然思った事であるがなあ。源氏は思い続けているのであった。紫もまた源氏が自分の側にいることは、三宮に思いやりがない行動であると愛する夫と別れる事は苦しいが三宮のことを思うとどうしたらいいのだろうと、彼女も人知れずに苦しんでいた。
源氏は昨夜も三宮の許には参らなくて紫と床をともにして四十の賀を受けたにしてはまだ体が若いと紫に思わせるほどの愛撫で彼女を心底うっとりと満足させゆっくりと起き出し、三宮に断りの文を送った。まだまだ性格は子供じみて別段気にすることもない三宮ではあるが、それでも源氏は筆を選んで雪にちなんで真っ白い紙に、
中道を隔つるほどはなけれども
心乱るる今朝のあは雪
(あなたと私とが行き来出来ないほどに中道に雪が積もったのではないけれども、貴女の許に参ることが出来なくて恋しさに心が今朝の雪のように降り乱れています)
雪にちなんで白い梅の花の枝に文を結んで三宮に送るように近くの者に、
「必ず西の渡殿から三宮に差し上げるように」
と使者にたつ男に注意をした。西の渡殿は三宮の女房の局のある所であり自分は今紫の許にいる、雪の庭を行き又帰る使者を紫の目に触れないようにと源氏は気を遣ったのである。源氏はそのまま庭に近いところで使者の帰りを待っていた。白い直衣姿で文を結びつけた白梅の残りの花をいじりながら貫之の歌「降りそめて友待つ雪はうぱ玉の我が黒髪の変るなりけり」、家持の「白雪の色わきがたき梅がえに友待つ雪の消え残りたる」を思い出しながら庭に残った雪にまた降ってくるであろうかと雪空を見上げていた。丁度その時に若い鶯の鳴く声がした、
「折りつれば袖こそ匂へ梅の花ありとやこゝに鶯の鳴く」
源氏は古今集の歌を口ずさんでいた。
源氏は見えないように手に持っている花を隠して御簾を手で押上げて、鴬の鳴いている紅梅の梢を眺める、その源氏の姿は、どう見ても明石姫や夕霧の親であり、また、準太上天皇という重い位の人物とは思えないほど若々しく男の魅力あふれる優美な様子である。三宮からなかなか返事が来ないので源氏は中に入り紫に手折った白梅を見せる。
「花というものはどの花もいい匂いがするものだ。昔誰かが言っていたが、この匂をもしも桜の花に移してしまうならば、桜の花に心が移って、少しだけでも外の花に心を分けるという事はないであろうかねえ、ないでしょうよ。けれども、香によってこそ、梅にも心を引かれまする」
と源氏は紫の機嫌を取るために昔の文人の言葉を借りて紫に言う。さらに、
「この梅も花が咲き乱れる前に早く咲いたので私が手折ったのであろうか。桜が咲いたら並べて見比べてみよう」
と紫に語っているところに三宮からの返事が来た。鮮明な赤色のごく薄く漉いた鳥の子紙に包み方も体裁よく小ざっぱりと包まれてある返事を手にして源氏は、紫に悪いような気がして胸が痛むが心では、三宮の筆蹟が大層幼稚であるのをすぐには紫に見せるわけにはいかないと、紫から離れるが紫は他人を見下ということはしないのであるが、なにぶん宮家の女である三宮がこのように幼稚な文であるのを他人が知るのは三宮の見識にも関わると、源氏は考えて紫から隠すようにするのであるが、それも紫に悪いような気がして、端の一部分を広げたまま源氏は読んでいるのを、紫は横目に見ながら何かに寄りかかっていた。三宮は、
はかなくてうはの空にぞ消えぬべき
風にただよふ春のあは雪
(貴方のお出でがない故に行く末のあてもなくて、落着く所もなく、きっとこのまま消えてしまうに違いない風に漂う春の淡雪のような私でございます)
三宮の筆跡は源氏が想像していた通りに本当に幼稚で子供が書いたようなものであった。源氏は十五にもなった女がこのような筆跡であるとは、と横目で見ていた紫は三宮の幼稚な筆使いに驚くのであるが、三宮もその人を妻にした源氏も気の毒であるから見ないような風をして、そのまま、何も言いなさらなかった。これがもしも関係のない他の人の文であれば、源氏も遠慮しないで辛口の批評が飛び出すに違いないのであるが、三宮が可愛いので源氏は紫に、
「気にしないで下さいよ」
と軽く言っておいた。
日が変わって今日は源氏は昼三宮の許に行く。新婚三日までは夜ぱかり通う。宮中では新しく召した女御に帝は五日目に通うしきたりがあり、今回の源氏と三宮の婚儀は準太上天皇の許に嫁してきたということで三宮は女御入内の作法に従ったということから、源氏は帝に合わした行動をとった。今までは夜の渡りであった源氏をほの暗い闇の中だけで遠くから眺めていた女房達も、今日は化粧もきれいに施した源氏の姿を明るいところで拝見してそのあでやかな男ぶりに、三宮のお仕えしてよかった、と源氏をうっとりとした目で見つめていた。三宮の乳母達は十分に世間の苦労を味わって来ているのであるが、老いぼれてしまい、うっとりとしている若い女房達に、三宮の婿君の源氏の様子は自身こそはいかにも立派であるが、紫の外に囲っている婦人方が多勢あるから、その女達との間に三宮は思わぬ不幸な出来事が起こるのではないかと、今回の三宮の嫁入りが嬉しいと思うと同時になにやら先が危なそうにも感じていた。 当の三宮は大変優雅に自分の部屋は源氏の正妻の北の方であるから飾りつけなど堂々と大袈裟で非常にきちんとして美しいけれども、本人の三宮は何一つ考えるでもなく頼りない様子で、体が細く小さいので衣裳が座っているように見えるほどたおやかでなよなよとしているた。源氏と向き合っても別に恥じ入る様子もなく、幼児が人見知りしない感じがして、気を遣うこともなく可愛い様子であった。そんな三宮を眺めながら源氏は、兄の朱雀は
男性的で堅実な漢学などはあまり優れていなかったと、世間も私も思っていたが、しかし、趣味に関しては見事な腕前であったにもかかわらず娘の三宮をこのように凡庸な女にしか教育できなかったのか、朱雀院が大層注意深く育てになった皇女であるとの評判であったのに、と予想に反した三宮の姿に源氏は悔しいけれどもかわいらしくて女の色気があると前に座って笑顔で源氏を見ている三宮を、これからどう接して行こうかと考えていた。結婚のしきたりとして三日夜に通ったのであるが、源氏はまだ三宮の体には触れていなかった。紫の時も彼女の成熟を待った、今回も三宮が女になるまで待つと考えているが、彼女の年齢はもうすでに男を迎えてもいい歳であるがと、源氏は亡き葵と初めての夜に葵が積極的に源氏を求めてきたのを思い出して、その時葵は今の三宮と同じ歳であったがと、源氏は三宮の体を求めてもいいのではないか、やはり源氏は女好きであった。
作品名:私の読む「源氏物語」ー47-若菜 上ー2 作家名:陽高慈雨