私の読む「源氏物語」ー47-若菜 上ー2
「殿にはあれこれと婦人方がおられますが、殿の心を満足するような方はおられませんし、今風のはなやいだ婦人はおられません。殿は目移りの激しい方で、色々と婦人方に声をかけられて関係を結ばれておられましたが、今回の三宮様の御降嫁はとの浮気封じに効果的でありますよ。あの方の童好きの気持ちがまだ残っておいでであるのでしょう。私も三宮様と親しくなりたいと思っていますが、それを人々はあらぬ事を言って二人の仲を裂こうとなさいます。対等の身分の人か、又は目下のように考える女に対する場合こそ、聞き捨てもならず,自然に腹が立ってきます。といっても三宮様は朱雀様が大事な娘を考えに考えた末殿へと決められたことで、三宮様はどのように気を遣っておられるか、とだけを考えています」
と女房達に注意を込めて言うと、中務や中将の君などという源氏と時々添い寝をする女房達が、互に目くばせをしながら、
「あまり度を過ぎた、人の良い、紫上の御同情であるなあ」
とどこまでが紫の本心かと疑っていた。これらの女房達はかっては源氏の女房であるときは夜の床に奉仕したりして慣れ親しんだ仲であったのであるが、それぞれが歳になったので夜の奉仕は出来かねて今は紫の女房として彼女の意に沿って仕えていた。
明石の上や花散る里といった紫に次いで源氏が大切にしている婦人も、
「紫様が北の方であるのでどのようにお考えであろう。もともと源氏様から見放されてしまった私共は、今回の三宮の降嫁があっても、源氏様がますます遠くなって却って気楽でござりまするが。」
紫上の気持ちを推測して心配して、見舞いの文を贈って慰める者もいるが。それを見て紫は、
「このように私を憶測する人こそ私にとっては迷惑なことです。この世の中も、明日の事もわからず、本当に無常なものであるから、くよくよと悩んでばかりいてもどうにもならないものですよ」
なんて思っていた。
源氏が三宮のところに入り浸っての留守中、あまり夜ふかしをしているのも、二人の時は早々と床にはいるのが何時もの例であったから、女房達が紫が独り寝の寂しさに物思いでもしているのではと不審に思うであろうから、と寝所に入ると女房がしとねを準備してくれる。明石の上や花散る里という方々の文の慰めにあるように、なる程横に源氏がいない床は寂しい、そのような寂しさをこの方々はすでに長い期間、私が源氏を独り占めにしている間、独り寝の寂しさを経験しているのだと、いまになって紫は平気ではない気持がするのであるが、過ぎた昔に源氏が須磨に退かれたときに一人寂しく毎日を送った時は、今は京都、須磨と、遠くに別れていても同じ世の中に住まいしているのだ、無事であるという消息を聞いただけでうれしく思い安心した、と我が身のことよりも源氏様のことをさぞかし寂しいことだろうと心配したものであった。あの時にもし、ごたごた騒ぎに、自分か源氏が死んでしまったならば、何とも言うことが出来ない情けない夫婦仲であったとしか言いようがない。と紫は考え直した。折から吹く風は冷たく考えることが多い上に横に源氏がいないので体が温まらず紫はなかなか眠ることが出来ない、体を動かすと、宿直の女房が
男のいない寂しさに眠れないのだろうと、詮索されると思うと体を動かす事も出来ないのも大変つらいことであった。一番鳥の鳴く声が聞き眠らずに夜半も過ぎた独り寝がしみじみと紫は物寂しいのであった。
とくに源氏が冷淡であると紫は怨んでいるのではないけれども、やはり恨み辛みがあるのであろうか、源氏は三宮と添い寝をしていると夢の中に紫が現れたので源氏は驚き目を覚まし、紫の身に何か異変でもあったのであろうかと気持ちが乱れているときに鶏が突然に鳴き出した、夜は深厚で夜明けにはまだ相当あるにもかかわらず源氏は三宮の対から紫の対えと急いで帰って行った。残された三宮はまだ子供っぽいので乳母達が源氏との間で何かがあるといけないと心配で、寝所近くで宿直をしていた。彼女達は源氏が三宮の対の妻戸を押し開けて急いで出て行くのを不思議そうに見送っていた。夜明け前の薄暗い空に、雪の光が白く見えて、あたりはまだはっきりしない。源氏の帰った後まで残っている源氏の匂に乳母達は、
「暗闇は物の見分けもつかないけれども、香だけははっきりとわかりますね」
と乳母の一人が独り言を言っていた。
白砂の庭には雪が所々に残っているのであるが、白い庭であるしまだ夜が明けないときであるから雪と砂の見分けがつかない、
「まだ雪が残っているよ」
と源氏は誰にともなく小さな声で言って紫の対の格子を叩くのであるが、久しく源氏が朝早くに帰ってくるようなことがなかったので、女房達は源氏とは分かっているのに少々源氏を憎んでいるので空寝をしてしばらく格子を開けずに源氏を待たせた。待たされた源氏は、
「えらく待たされて体が冷え切ってしまったわい。このように暗いうちに帰ってくることは、紫を大事に思う気持がいかにいい加減ではないことが分かるだろう。私には罪も咎もありませんよ」
と女房達に言うと紫の寝ている記帳に入って紫が上に掛けている表を引きはぐって見ると、紫は一重の下着姿で横になっているがその一重の袖口が涙で濡れていた。紫は目覚めてその袖を隠すようにする、その姿は源氏に何一つ恨み心もなく源氏を優しく見上げている、源氏は自分が三宮のところで休んでいるからといって油断のない寝姿であると、源氏は自分のしていることが恥ずかしく紫がいっそう美しく感じるのであった。どんなに貴族であっても欠点という物はあるものだが、源氏は考えて紫上を女三宮と比較していた。
源氏は自分も一重だけになって紫の横に臥し自分も紫も腰ひもを解いてお互い肌を合わせた。源氏は紫のぬくもりをからだにかんじながら、その昔紫を拐かすように連れてきて、毎日相手になって人形遊びやら少女の楽しみにつきあい紫が女に目覚める日を待ったことを思い出し、三宮のこともあるので紫が自分を避けようとするのをぐっと抱きしめながら
紫の気持ちを穏やかにしようと優しい言葉でなだめつつ紫の体を愛撫した。紫は三十を過ぎた頃から間遠になった体の関係が今夜の源氏のしつこいような愛撫で徐々に昔に戻っていくような感じがして心の中が熱くなって源氏を求める暖かいものが湧き出てきた、この歳になってと少し恥ずかしかったが止めどもなく吹き出してくる愛の泉は女の性で止めることが出来なくなった。源氏も三宮の幼いしぐさに満足が出来なかったこの何日かを取り戻すかのように燃えてきた紫に合わせるように全身に男の愛欲がほとばしり紫の湧き出る泉の中に何のためらいもなく入っていき二人の体は一つになった。
愛のうねりは源氏も紫も年齢を超えて一日中続き、その日は朝になっても起きることなく三宮の方へは源氏は行かなかった。その言い訳に源氏は三宮に文を送った、
「今朝方の雪に気分が悪くて何となく体がすぐれませんので、こちらの気楽な場所で休んでおりますのでそちらへはお伺いできません」 受け取った三宮の女房の乳母は、
「その由、三宮に申し上げました」
作品名:私の読む「源氏物語」ー47-若菜 上ー2 作家名:陽高慈雨