私の読む「源氏物語」ー47-若菜 上ー2
三宮が源氏の許に降嫁してから三日ほどの間朱雀から源氏から両方の家から今回の婚儀への引き出物として関係の人々に大層立派なな品が贈られた。源氏の北の方として自他共に許してきた紫の上も今回の源氏と三宮の婚儀のことを聞いたり垣間見たりするたびに、平気で済ます事のできない心の状態であった。なる程、源氏が言った通り女三宮の降嫁につけて紫が三宮に見劣りするようなことはないとしても、それでも三宮がこの六条院に現れるまでは紫が源氏の愛を一心に受けていたのであるが、さて三宮が源氏の前に座るとなると彼女は紫よりも遙かに年が若く、これから先自分よりも長く生きることであるから、侮り難い堂々とした様子で、六条院に花やかに降嫁してきたのを紫上は何とはなしに面白くないと自然に思ってしまうのは、はしたない自分であると紫は反省するが、それでもこの嫌な気持ちを平気を装って今回の三宮の輿入れを源氏と心を一つにし一緒になって何でもない些細なことまでも三宮の世話をするのでこのひたむきな紫上の姿を見て、本当に珍しい紫の態度であると、源氏は見ていた。降嫁して源氏の妻となった三宮は、今年は十四歳であるが、体はまだ年齢の割に小さく、これから成熟していく過程にあるといってもあまりにも幼稚な様子で、本当にもうまるで子供といっても言いようであった。
そんな三宮を見て源氏はかって紫を引き取ったことのことを思い出していた。考えてみると紫は気が利いていたので相手にしがいがあったけれども、目の前にした三宮は幼稚さだけが目立つので源氏は、
「これでいいのだ。こんなに幼稚では人を憎んだり嫉妬したりするようなこともないであろうから、出しゃばって紫上と争う事などはあるまい」
幼稚な三宮を見て思うのであった。だから三宮を六条院に迎えても見栄えのしない嫁であるよと、安心していた。
三宮が嫁としてきて三日間は、一般の場合でも男は嫁の許に通い続けるのであるから源氏もそれに従って三夜三宮の許に通い共寝するのであった。世間では三日目の夜には、露見式があり三日夜の餅の儀がある。紫は源氏からそんな夜一人で寝るような目(夜がれ)に会ったことがなく馴れない気持であるがこれも仕方がないことと我慢をしているのであるがいつも側にいて源氏の温もりを感じて安心して眠りにつくのが、独り寝は寂しく眠りつけない夜であった。源氏が三宮の許に出向く際に衣装をしっかりと薫きこめる様子を紫はじっと見つめて考えこみ、ぽんやりしている姿は、大層可愛く見えて美しい。そんな紫を見て源氏は、
「どうして世の中のこと色々とあっても紫のほかにまたもう一人妻を並べて見るようなことになったのだろう。これも私の気持ちが浮ついていて気が弱くなってしまった自分の誤りで、こんな結果になってしまって申し訳が立たない。若いが夕霧を婿にときつく推薦すればよかった」
源氏は我ながら今回のことをあきれた行動と思い涙を流しながら紫にさらに、
「今夜ばかりは止むを得ない婚儀の習慣であるから許して欲しいなあ。自分もどうも気が進まないであるが、気が進まないといつて、三宮を粗略に扱うことは兄朱雀院が耳にするようなことでもあればね」
と動揺する心の内を紫に分かってもらおうと伝える。紫は少し微笑んで、
「あなたご自身の気持ちさえ何かと理由をつけて決定することができないのに、まして今宵許りと言われる理由も、朱雀院のお耳にはいるとか仰って、あなたのお気持ちがきっちりと決まらなければ、私などが定めかねる事でございますよ」
と源氏が紫に色々と言い訳がましく言うのに、あなた自身の問題ですよと言わんばかりの紫の答えに源氏は、三宮と共寝をすることに喜んでいる自分がなにやら見透かされているような気がしてとても恥ずかしく、片肘ついて物に寄りかかり紫から目をそらすと彼女は硯を持ち出して、
目に近く移れば変はる世の中を
行く末遠く頼みけるかな
(新しい女に心が移るとすぐに、男の心も変る世の中であるということを知っていても、私は末長く私に対する気持ちが変わらないものと、貴方を頼みにしているということですよ)
古今和歌集、恋五、紀有常が娘「天雲のよそにも人のなり行くかさすがに目には見ゆるものから」、貫之集、第九、雑の女のもとより送って来た歌十首の中「秋萩の下葉につけて目に近くよそなる人の心をぞ知る」という古歌をふまえた歌を紫はすらすらと書いて源氏に渡し源氏も読んで、情けないことだがこれが正しいことだと、筆を執り
命こそ絶ゆとも絶えめ定めなき
世の常ならぬ仲の契りを
(人の命は限りがあるので自分の思うようにはいかないから、絶えるものとして時が来れば絶えてしまうでしょう。けれどもそんな無常のこの世で普通と違っている私達二人の間の縁であるから、それは絶える時がありますか、ありませんよ)
と歌を返して源氏はなかなか三宮の許へ行かないのを紫は見て、
「人が見たら見苦しいことですよ」
と源氏をせき立てるので、いつもより柔らかめの装束を着て薫きしめたいい香りを残して三宮の対へと出て行く源氏を紫は見送りながら、紫の心中は平常ではなかった。
元々紫は源氏が新しい女の許に走るということを考えたこともあったが、今は全くそのようなことを考えもしないで、源氏の浮気心は収まったのであろう、もう私意外に他の女を見ることはあるまいと気を許して安心してきた末の今になって、このように世間が見ても異常と思う今回のようなことが起ってしまった。当てにできる世の中でもないのであるから、これから先源氏を信用できないと、紫上は考えるようになてしまった。気を遣ってしっかりとなんでもないように振る舞っているが、側に仕える女房達は気丈に振る舞う紫を見て、
「意外な事が突然起こりましたこと」
「源氏様には多くの婦人方がおいでになるのにどなたも紫様に遠慮して過ごしておいでになるので婦人方の間でのもめ事がなく無事に日々を過ごしておいでですのに」
「無理に六条院に移りこれ程人を人とも思わない三宮様のなされ方に、よもや紫様が遠慮をなさることはないでしょう」
「そうであっても遠慮なさらないとして、毎日のこと、つまらない小さな事で揉めるようなことでもあれば、きっと面倒な事でしょう」
と勝手なことを言ってい嘆いているのを紫は全く知らないようにして、女房達と楽しく色々と話をして源氏のいない夜を過ごすのであった。紫は自分と三宮の関係をこのように女房達が変な方向に話を持って行くのがおもしろくなかった、
作品名:私の読む「源氏物語」ー47-若菜 上ー2 作家名:陽高慈雨