私の読む「源氏物語」ー46-若菜 上ー1
「そのように私も思っているのであるが、それも難しいことよな。昔も皇女から一般の者に嫁に行く者はあったが、あまり世間からの評判はよくなかった。今私はこの世を去るときに三宮の婿のことを色々と気に病むことでもないと思うのであるが、このように出家してこの世を捨てる中でも三宮の婿選びは、捨てて置くわけにはいかない事情があるので色々と考え悩み病はますます重くなっていくようである。取り返すことができない過去を思うと落ち着くことができないのであるよ。父の帝が在位中の時であっても皇女の婿選びに苦労しておられた、親王以外の者に皇女を降嫁した例は多くあったようであるよ、だから今出家をして俗世間から離れるに当たってますます三宮のことが頭を悩まし病が早く進むようである。人生は戻れないと思うと気がせいて仕方がない。無理な頼みであるが、この幼い内親王をあなたにお預け申すから、これと思う男を婿に定めてください。夕霧が独り者であったときにこの話を持ち出せばよかったものを太政大臣の娘雲井雁に先を越されてしまい今から思うと残念でしょうがないよ」
と朱雀は源氏に愚痴っぽく言うのである。
「夕霧はごく真面目な青年でありますから三宮とはよき夫婦になりますでしょう。しかしまだ位の低く経験も浅い者ですから頼りにできないでしょう。こういうことを言っては申し訳ないのですが、真面目な気持ちで心から私がお世話いたしますことにすれば、三宮も父上と暮らしたのと変わりなく思うのではないでしょうか、それにしても私もいい歳でありますから、この先どれだけ生きておられるか分かりません、もしものことがあれば三宮のお世話が中途で出来なくなることがあると思います、このことが三宮に申し訳がないということです」
と朱雀に言って三宮を引き受けることにした。二人は時間を忘れて話していたのでいつしか外は暗くなっていた。そこで朱雀の上達部、源氏に従った上達部たちともにそろって朱雀の前できれいに調理された精進料理を供された。朱雀の前には軽い香木の懸盤を据え、それに載せた御鉢などで彼が在家の人ではなく出家の身であることを表していた。それを見た参会者は涙ぐんでいた。しみじみと悲しく感ずる事柄などその外にもあるけれども悲しみのことはこのぐらいにしておこう。夜更けに源氏は朱雀の前を去って帰途についた。朱雀は集まったもの全員に感謝の気持ちの品物を贈った。前に記した三宮を嫁にしようと朱雀に三宮付きの事務を執らせてくれと願い出た別当の藤大納言も源氏の見送りに屋敷の前まで出てきた。朱雀はこの寒い日に見舞い伽気宇である源氏とつきあったのか風邪が酷くなり苦しいのであるが、三宮のことを源氏が承知してくれたので初めて気が休まった。
源氏は三宮を内に入れることをどのように紫に話そうかとあれこれと悩み考える。紫は源氏が三宮を妻とすることをうすうす聞いていたが内心では、そんなことはあるまい、昔前の齋院であった朝顔に源氏は実に懇ろに文を交わしたりしていたが、それ以上進むこともなく終わってしまった、こんなことを思い出して紫は源氏に、三宮との噂がありますが本気でお考えですか、とは聞くようなことはしなかった。そんな何事も心配なく過ごしている紫を源氏が見ると、彼女をいとおしく思い、三宮を自分が迎えることにしたということを聞いたならば紫はどう思うだろう私の彼女への気持ちは少しも変わってはいないが、もし三宮を妻としたならば紫への愛情はますます深くなるであろう。しかしこの源氏の気持ちを知るまでは紫は嫉妬と不振で苦しみ惑うことであろう、紫は源氏の気持ちを全く知ろうとはしないで苦しむばかりである。源氏は源氏でいろいろと考へて安心して心を静かにすることがなかった。二人の仲は近年になって以前にも増してうち解けあい二人の間で心置く事がなく肉体も精神も全く一つに解け合っていい男女の仲になっていた。しんみりとした睦しい御間柄であるから今回の三宮のことで少し心の隙間が出来たと感じ源氏は朱雀院から帰っても紫の寝所に行くこともなく自分の部屋で寝てしまった。
次の朝は雪が降っていた。源氏は紫の居間の方に行ってどんよりとした雪雲の空を見ながら過ぎた日々やこれから先のことをいろいろと話していた。
「朱雀院は弱っておいでになった。昨日お見舞いに行ってきましたよ。色々と心配事がおありの様子であった。その中で娘さんの三宮のことを特に心配しておいでになった。何かと私に言われて結局は私にお預けなさることになった。私はとんでもないことであるとお答えしたのであるが、朱雀院の思いが御気の毒で辞退することができなくなって承知してしまった。このことを世の人はどう思うであろうか。いい年をして三宮のような若い女を迎えるなんてすることではないと思い、先に左中弁から兄上の気持ちを聞かされたときに私はお断りの旨返答をしたのであるが、昨日兄上と対面した折に兄は心に深く思いこみの様子で女三宮の後見の事を私に依頼し続けなされた時にはその真剣さにお断りが出来なくて承知をしてしまった。山深い庵に移られるに当たって三宮をこちらにお引き取りすることになった。貴女にとって意に沿わない面白いと考えることでしょうが、そうであっても三宮がここにるという事態になっても、貴女を思う私の心は変わるようなことはありませんよ。三宮を粗略にもてなせぱ兄に申し訳が立たないことです。彼女を見苦しくなく立派にお招きいたしましょうぞ。貴女をはじめとしてどなたもどなたも仲よく心のどかに過していただきたいものだなあ」
源氏は紫に三宮に嫉妬をしないように機嫌をとる。妻としてこの六条院へ連れてこようとしている三宮よりも、これまでほんの一回切りの小さな源氏の浮気にまで、許すことが出来ないで嫉妬をする紫のことであるから、さてこのたびの三宮のことを紫はどう思っているのであろうかと肝が冷え切っている源氏に、紫は平気な顔で、
「これはまた本当に悲しいしみじみと同情に堪えない嫁取りでありますこと、私がどうして嫉妬などいたしましょう。私が今まで通りにこの六条院で暮らすことを三宮がおいやでなければ私は気持ちを落ち着けて過ごすことが出来ますは、三宮の母上は私の父式部卿の妹でありますから私を疎まないでしょう、従姉妹ですものね、三宮もそのように思っておられるでしょう」
と少しへりくだって源氏に答えていた。
「あなたがこのように心やすく承諾されては、
私にはもう愛情がなくなったのかと少し心配になりますね。せめて、あなたの大きな心で今回の三宮のことを許していただき紫も三宮も気持ちを分け合って、あの通りかわいい子供であるから優しくしてくださいよ。これからつまらない噂を貴女に吹き込む者達がいることでしょうが、そのようなことで心を動かさないようにして下さいね。他人の夫婦仲などはわからないものなのに勝手なことを言いふらす者ものです。
どんなことを言われたり聞いたりしても貴女の胸に納めて、事実を確かめた上で処置するのが一番ですよ、事実でもないことで早まって大騒ぎをしてつまらない嫉妬などをしないようにね。」
作品名:私の読む「源氏物語」ー46-若菜 上ー1 作家名:陽高慈雨