私の読む「源氏物語」ー46-若菜 上ー1
「私も色々と考えているよ。三宮の姉たちが勝手に夫を持ったことは軽薄のようであまり感心したものではないし、良い行動とは思わないが、高貴な家柄であるとはいえ女というものは夫を持つことによってこそ辛いことや楽しいことが自然と外に現れてくるものである。そのようなことで三宮の婚儀については悩んでいるのであるよ。そうは言っても、親に先立たれて、頼みとする夫などにも別れてしまった後に、独り身で過ごすことを決心するのも、昔であたら人々も心が穏やかで世間から非難されるような行動は誰もがとらなかったのであるが、今は人の非難も何とも思わないで女に淫らな行動をすることをよく聞くものである。また昨日までは高貴な家で大切にされてきた娘も親が死んでしまった後は位の低い安っぽい男にだまされて親の顔をつぶして名声を傷つけたり、親代々の魂に恥をかかせるようなことを沢山聞かれるから、女の身の上について後見を持つのも独身でいるのも身分の低い者に欺かれるのも、娘への心労は身分の高下を問わずすべて同じ事である。つきつめればその娘の宿命とも言うべきか。そのようなことは親ともいえ分かることではない。そのようなことを考えると三宮の事を私が決めるのも後ろ暗い感じがする。
何もかにも万事が、悪くてもよくても、当然娘を指導すべき親兄弟や乳母の考で指導しておいた通り娘が世の中を過ごして行くときは、その娘の前世の因縁の運不運で、晩年に落ちぶれる事がある場合でも自分自身の過失にはならず、これに反し、女自身が自由に夫を定めた時には長い間、その夫と連れ添うてこの上ない幸福があり、人の見る目にも、見よい状態になっている場合は自由勝手な婚姻でも、悪くはないものであるなと思われるけれど、それでもやっぱり何かの機会に人が二人の自由勝手な婚姻の事をふと聞きつけた時には、その婚姻は隠して実行したので親も知らず、兄弟乳母なども同意しないのに、自分一人の心から人目を忍んで夫を持つ事をしでかしたのであるから、女としてこれ以上の疵はないものである。普通の人間でも女の勝手な行動は平常な事とは言えない、まして高貴な身分の者では当然なことであるよ。
男に逢うにしても本人の考を無視して当然あるべきものでもないのに、女房達が当人の考えとは別に当人は嫌がっているのに男に世話せられて婚姻をし、その女の運命が決定せられるような事は、思ってみるとその女の平素心構えや態度が、大層軽率であるか考えてもいないと推量することが出来るので、三宮が妙に頼りない性質なのであるからね、心配の事よ。三宮の男に関しては乳母は軽々しく言わないでほしい、世間に漏れ出もしたら大変なことであるから」
と三宮を遺して出家をすることを考えて朱雀は後ろめたく思い、聞いていた乳母達は主人が出家をしていなくなった後のことを思うとその責任の重さに当惑していた。朱雀はさらに、
「三宮がもう少し大人になるまでこのまま男に嫁がせまい、と常には思っているのである。だがそれでは私の願いが遂げられない気持がするから、三宮の身の振り方をつけようと思い立たずにはいられなくて源氏に頼むことを考えている。弟源氏は乳母の兄の左中弁も話したと申したがなる程、源氏は婦人方が大勢あってもよく考えている性格で三宮を誰に預けるより安心な点は彼よりいない。北の方のような紫を始めとして関係のある婦人が大勢いるのであるが、何もいちいち、気に掛けなければならぬものでもないからなあ。三宮が嫁してからの婦人達との関係はどうこうなく円満に行っても、嫉妬などで悪くなっても、結局三宮の心の持ちよう次第である。源氏は気の大きい性格で頼みになり安心な点は世間の模範として比類なく勝れてることである。彼を除いて三宮の夫として誰がいるかなあ、蛍宮は人柄は良く源氏と共に私らの兄弟である。だから三宮にはどうかこうかと言うことはないのであるが、ひどく優美で風流がるがところが重々しい点が少し劣っている、いくらか軽い人間であるという感じが勝って見えるのであろうか。何となく頼りないのであるよ。
また、此方の別当の大納言の朝臣が、三宮の家司を希望しているこの男が三宮の婿になろうと言いおるが、それは家司を望んでいるような男であるから当然真面目なはずであると、関係の者は言うのであるけれども、大納言風情ではさすがに三宮の後見としては不足であるよね。
以前にもこのような親王の婿選びには常人より優れた評判の高い者が選ばれていたことであるよ。三宮をこの上なく大事にしてくれる点だけを、立派な事として婿を選んだとすると、物足らずで宮も飽きてしまうことであろう。太政大臣の息子の柏木が三宮に内心焦がれている噂は、かつて柏木の母の妹朧月夜の内侍督が話していた、彼であれば位が少し昇り人もこの人ならばと言うほどになれば三宮の婿にとは思うのであるが、しかし彼はまだ二十四歳の若輩者で軽い身分である。高貴な婦人を嫁にという志で未だに独り身であり落着いて、気位の高い様子は人より抜きんでて漢学の素養なども非難すべき欠点もなく、いずれは国家の柱石と当然なるはずの人であるから現在も将来も頼もしい人間であるが、三宮の婿にと決心するにはどうしても今の身分に問題がある」
と朱雀は悩むのであった。このように三宮のことで悩んでいる朱雀院の他の娘達は一向に問題もなく院を悩ますことはなかったが、しかし朱雀が内々で心配している三宮の結婚のことがいつしか彼女たち二人の姉の耳にはいり、又噂が広がって気をもむ人も多くなった。柏木の父である太政大臣は、
「柏木は今まで独り身であったのは、親王でなくば妻にしないと、決めていたので今回三宮のことが公になってくれば、三宮のことで柏木が召されたときには、本人は勿論我が家にとっても名誉この上ないことである」
と思い近親者には告げて、義理の妹になる朧月夜には太政大臣の妻である彼女の姉から自分の気持ちを朱雀に伝えてくれるように頼むのであった。朧月夜は愛する夫朱雀に言葉を尽くして太政大臣の気持ちを伝えたのである。
又蛍宮は左大将の黒髭に恋しい玉鬘を奪われてから玉鬘に恥じるような妻は娶らないと心に決めていた。そのようなところに三宮の話が聞こえてきて気持ちが動かないはずはなかった。彼は誰が三宮を獲得するのか気が気ではなかった。
藤原大納言は以前より朱雀邸の事務の責任者当であった。朱雀近くに使えて気を遣うこともなく話が出来た。朱雀が出家して山籠もりになれば娘の三宮姫が淋しくなるであろう、そこで自分が三宮付きになって姫を助け、三宮の気持ちを自分に向けさせようと朱雀院の許可を切に願っていた。
権中納言に在任している源氏の息子の夕霧も三宮のことを聞くと、かって朱雀院が人を介さずに直接夕霧に彼の心根を尋ねたことがあったので、直接機会があって朱雀に自分の気持ちを伝えることがあれば、取り上げて考えてくれることは間違いないと、夕霧は心が躍るのであるが、正妻となった雲井雁が夕霧と完全に解け合って夕霧を頼りにしている。
作品名:私の読む「源氏物語」ー46-若菜 上ー1 作家名:陽高慈雨