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私の読む「源氏物語」ー45-藤裏葉

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 このようなことがあって源氏の娘である明石姫の内裏への入内は益々準備に忙しくなり四月二十日になった。紫の上は、御生(みあれ)の祭へ明石姫入内のお礼参りのため参詣した。この祭りは五月中の午の日、午前十時頃、神主が衣冠で乗馬し、神馬を伴い、色々の神具を持った人々の行列を従えて、葵橋をわたり八瀬村の御生の社に至って、別雷神を迎える。この行列は、午後に往きと別な道から、下鴨神社に帰る。帰りの神馬には、御神体(御幣)が乗っている。その行列は鳥居をくぐり、鳥居と社殿の中間の辺の、やや広い場所の南側の幄舎に神馬を繋ぐまでつづく。その幄舎の前に、立楽の人々が並ぶ。舞人が、東遊を舞う。それが終ると、御神体は神主によって、社殿内に納められる。初夏の日暮れ頃にその式は終る。この時から、別雷神は下鴨に鎮座まします事となる。この幄舎前の催しを見るのである。紫は六条院に住む源氏の女達を見に行かないと誘うのであるが、夫人たちは紫の誘いに乗って出かけると後ろに従って車を連ねることになるので、まるでお供の人と見られるのが面白くないので、明石の上、花散里、末摘花ら他の女達は従うのを渋っていた、源氏、紫、明石姫三人はあまり大袈裟な行列ではないが、車二十台ばかりを連ねて、先駆けをする者もあまり多くなく質素な行動としたのであるが、それでも人目に立つ行列であった。早朝に出かけて参詣を済ませ、帰途に祭りを見ようと見物用の桟敷に座った。源氏、紫、明石姫三人の女房達もそれぞれの車を源氏達の車に続いて桟敷の所に駐車したので、その賑わいはめざましく、これは源氏一行のものであると遠くからもはっきりと見分けが付くほどに豪勢なものであった。源氏はそのような中で、昔秋好中宮の母六条御息所が、源氏の正妻の葵の一向に祭り見物の車を押し出された一件を思い浮かべていた。そこで紫の桟敷に歩み寄って、
「その時の権勢を頼み、驕慢な振舞をして、葵上のあんな(御息所の車を押しさげた)事は、どうも、思いやりのない事であった。六条御息所を、とても軽侮していた葵上も、その御息所の恨みを負うようなことで死んでしまった」
 と、紫に葵上の死んだ時の事情を話そうと思ったのであるが、祭りの時にあのような物の怪の話をするのは不吉でもあると思って言うのを止めてただ、
「葵が死を賭して生んだ夕霧が六条御息所の怨霊を押しのけ葵の子息であるが普通の平人で、ようやくこんなに出世して位も上っている。秋好中宮は、葵から押しのけられた御息所の娘であるが、並ぶ者もない中宮の地位になり、考えて見れば、因果応報とも申すべきか全くどうも感慨無量である。これを見るとこの世というものは、定めがない浮いたものであるから私たちは、思うとおりに生きていきたいのであるが、もしも私が死んだ後は、もし貴女が生き残るならば、貴女の晩年が思うに任せず、その上たとえようもなく落ちぶれてしまってと、私は考えて心配せずにはおられませんから。貴女は今の勢にまかせて心驕りををすることなく慎み、他の婦人方と、親愛の情を交わしなさいよ」 
 と鴨の祭りに来て昔を思い出して紫に話すのである。源氏の桟敷に上達部達が来ているのを見て源氏は又自分の桟敷に帰った。近衛府からの賀茂祭への勅使は、柏木であった。内大臣御殿で、柏木の出立する所に参集して見送り、そこから上達部達が祭見物に源氏の桟敷に来ていたのである。源氏の乳兄弟である椎光の娘で、夕霧が好きで想いを寄せている藤典侍も内侍使として、賀茂祭の使者なのであった。
藤典侍は宮中で冷泉帝、東宮をはじめ位の高い人達からの評判が特によくて、使いの褒美を沢山頂いていた、これも父親惟光が源氏の乳兄弟である縁である。宰相中将である源氏の子供夕霧は帰ろうとしている彼女に文を送ってきた。もともと二人は男女の関係はないが仲のいい関係であったので、夕霧が雲井雁と結婚することを聞いて心の中がもやもやしていた。その彼女に夕霧は、

 何とかや今日のかざしよかつ見つつ
       おぼめくまでもなりにけるかな
(何という名称であったか、今日、賀茂祭に頭に插すかざしはねえ、それを、一方では目の前に見ながら、その名称を忘れて、何であったかとおぽつかなく、はっきり思い出せぬ程までに、なってしまったものであるよ)
 逢われないのは、興ざめあきれる事である」

 と歌が送られてきたのを、最近夕霧からの文がないのを藤典侍は気にしていたので嬉しく車に乗る忙しい時であったが、

 かざしてもかつたどらるる草の名は
          桂を折りし人や知るらむ
(頭にさしていても、私も見ながら思い出されない草の名は、かつて進士に及第した物知りの人(夕霧)は御承知であろう。(逢う日(葵)が稀になった理由は、御身こそよく御存じであろう。やんごとない雲井雁に定まったからでござりませぬか。)
 御身の如き物知りの学者でなければ、逢う日を忘れる理由は、わかりますまい」

 深く考えずに取りあえずさらさらと書いて、夕霧に返歌をした。
 大した事はない、一寸した歌であるが、「いまいましい返歌である」と藤典侍に一本とられた気がしたが夕霧は嬉しかった。この藤典侍に夕霧は、心が疼きこれから先人目を忍んでこっそりと出合いをすることになろう。
 
 話しは代わって、明石姫の入内には源氏の北の方である紫の上が付き添っていくのが普通の考えであったが、「紫は内裏に付き添っていっても、そう長くは滞在することは出来ない。このような機会に実母の明石の上を付き添わせよう」
 と源氏は考えた。紫も、 
「実母明石上が、当然付添うはずの事なのに、母と子とがこんなに離れて過すのを、明石上も、気分を害して嘆き悲しんでおられるであろう。姫もこの頃は母のことを思い慕っている。このままにして置いては明石の上からも、姫の方からも、私は恨まれるであろう事は、耐えられない」
 と考えていて、
「この際、姫に明石の上を付き添わせて入内させたら如何。明石姫がまだ子供の気持ちから抜けていないようであるからら心配しています上に、姫に従う女房達は殆ど若い者達です。乳母達も十分に行き届いた世話をすることは難しいことでありますから、そうかといって私が出向いても期限があることで、何時までも姫の側に付き添うことは出来ません、姫が安心できるように実の母である明石の上を付添にあげたら姫も安心してお勤めが出来るのではないでしょうか。どうか明石の上を内裏に送って上げてくださいませ」
 と源氏に訴えた。
「それはいい考えをしてくれた」
 と源氏は、早速明石の上にその旨を伝えた。聞いた彼女は大変喜んで、常ずね思っていたことがやっと実現できたと、女房の装束をはじめとして、何やかやと、万端の事についての用意は紫がする支度の様子に、劣りそうもないように忙しく準備をしはじめた。