小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

私の読む「源氏物語」ー44-梅枝

INDEX|5ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

 と宮は冗談のように源氏に言う。源氏も自分の書いた冊子を親しい弟であるので隠すこともなく見せて、二人でお互いのを批評し合う。源氏の冊子は唐の紙の特に上質のものに草書で書いてある、「これは見事である」と蛍宮は見ていた。また、高麗から渡った紙で、きめが細かで、柔軟で書きやすい紙質で、紙の色は派手でなく、それでいて上品で優美な紙に、落者いて、ゆったりとした女手である平仮名で、端麗に注意深く書いてあるのは「較べようがない」と蛍宮は涙を流さんばかりである、その涙までが筆に沿って流れ加わる気がして、いくら見ても飽きない、また、この国の紙屋院で作る色紙で色合がはでなのに、自由奔放な草仮名の歌を筆に任せて思う存分、自由自在に散らし書きしてあり、見ても見飽きない。蛍宮はあまりの見事さに言う詞がなく、他の人の作品にも目を移して見ることができなかった。
 左右衛門の督は賢い人のようで、偉そうな書風のを盛んに書いているが、まだ、筆法が、垢抜けしない気がし、しかも、筆法を、苦労して取繕って加えて書いた様子である。この人の歌も何となくきらびやかで異なる書体を選び出してきて書いてあった。 婦人方(朧月夜や紫上達)の書いた冊子は、取出して蛍宮にお見せにならない、元斎院の宮である朝顔のものなどは自分との噂もあることであるからとうとう見せることはなかった。若い人達の葦手書きの冊子などは、思い思いに考案工夫してあるので、どこと言うことはなく趣がある。宰相の中将である夕霧のは葦手書きで、水の勢いを表現して、なよなよとせず、乱れ立っている葦の生え方など難波の浦の景色に似通い、しかも、こちらの葦とあちらの文字とが行き交って、大層すっきりと冴えた紙面である。また、大層おごそかに、豊かにゆったりとした水流や、そそけた葦などと趣をかえて、文字で岩を書いたもの(文字様石)などの配置は趣向を考えて書いてある一面もある。
「何時まで見ても、飽きない。この葦手書きは、仕上げるのに時間がかかるものであろうなあ」
 と興味を持って眺めていた。蛍宮は好奇心が旺盛な人で夕霧の作品を特に褒めていた。
 今日は又この筆蹟の事などを源氏と蛍宮は話し始め様々の色紙を継ぎ合わせて、巻物仕立にした継紙の継色紙の手本などの古いもの新しいものなどを源氏が取り出してきたので、蛍宮は自分に従って源氏の六条院にきていた子供の侍従の君に屋敷に取りに行かせた。持参させた物は、嵯峨天皇の御代に書き記された「古万葉集」から抜き書きをした四巻、醍醐天皇が古今集を唐から舶来した薄浅葱色の紙を継ぎ合わせて、同じ色の濃い紺色の小さい模様のある薄い錦の包装表紙に同じ紺色の宝石の軸や五色の糸を組んで作った平たい紐などが作りようは優美でな古今集二十巻を巻毎に、手の筋を変えながら、とても美しく、書き尽くしてあった。それらの巻物をよく調べようと切灯台の灯明を低くして源氏が見ると珍しい物なので、 
「胸の高鳴りが納まらない。最近の人はこの書体をまねて満足しているだけであるわ」
 と、源氏は手にした蛍宮が持参した巻物の万葉や古今の書体を褒め称えるのであった。暫くして蛍宮はこれらの物を源氏に差し上げると言うのであった。
「娘がおりましても、これらの古万葉や古今を持っていても、その娘が、古い上手の筆蹟を見て、感心するようなことがない場合は、その娘に私は伝えまいと思うし、況んや私には、娘がないから、保存しておいても、そのまま、きっと朽ちてしまうに相違ないからね。明石姫に持って貰うのが私としては嬉しいのです」
 と源氏に自分の気持ちを告げて蛍宮は源氏に贈呈した。源氏はその礼として侍従の君に、手本であり、一般の書籍ではない唐人がわざわざ念を入れて、丁寧に書いた立派な書道の本を、沈香で作った箱に入れ、立派な高麗笛をそれに加えて源氏は蛍宮に与えた。
 源氏は又、最近は専ら仮名は、草書を更にくずしたもので、いわぱ草書の又草書ともいぅべきもので字体も定まらない。そこで何らかの基準を作ろうと、世間で評判の能筆という者を身分を問わずにそれ相当な冊子を渡して、書体を聞きただしては書かせた。それらは筆の劣る者のは明石姫の箱には入れないようにした。わざわざ書く人の身分や階級を分けて、冊子や巻物を無難な者に書かせた。書の手本となるものの他に珍しい宝物と言っても好いような冊子もあり、中には唐国や高麗にも珍しいような調度品の中に、螢兵部卿宮から贈られた、この万葉集と古今集のがあり、いかにも「見たい」と、衝動に走る気持ちを抑えようとする若い女房も大勢いたのであった。また繪も調度品の中にはかって源氏が書き記した須磨日記なるものを源氏は、後世にも伝えて、人にも知らせよう、と考えて明石姫の調度品に加えようと考えたのであるが、もう少し明石姫が成長して世の中のことを認識し理解出来るまでは、と考え直して調度品には加えることはしなかった。
 内大臣は明石姫が冷泉帝の元に入内する準備をしていることを人伝てに聞いたのであるが、自分の娘雲井雁が入内出来なかったことが残念で悲しんでいた。雲井雁はいまや娘盛りに成長して新鮮で美しい女であった。その大事な娘が毎日晴れない顔で過ごしていることが、父の内大臣の心配ごとであったが、それはそれとして、かって雲井雁と愛し合った源氏の息子夕霧は今も心の中で彼女を思う気持ちは変わらずあるのであるが、自分から進んで雲井雁を妻にと内大臣に申し入れすることはなく、いたって穏やかに過ごしている。内大臣としては、かって二人の仲を無理に割いた手前いまさら頭を下げて娘を貰ってくれと頼むのは、世間の笑い者になる、「夕霧が雲井雁と一緒になりたいと懇望したあの時に許してやればよかった」と、雲井雁の悲しみを夕霧一人のせいであると決め付けることが出来ずに後悔するのであった。このように内大臣の態度が柔らかくなったことを夕霧は何となく知ってはいたが、未だにあの時の内大臣の仕打ちを恨めしく思っていて、何でもない様子で振る舞ってはいるが、心の中では雲井雁を思う気持ちが一杯で他の女に気持ちが動くようなことがなく、心底雲井雁に恋い焦がれている、夕霧はやるせない気持に落ちることもあったが、「浅緑の六位の身で姫に懸想をするとは、馬鹿にしたあの雲井雁の乳母どもに、今に見ていろ納言の位を得てそちたちの前に現れようぞ」と決心したあの乳母達の言葉への反発決意は未だ心深くに強くあった。源氏はそんな夕霧を見て「頼りない独身者よ」と心配して、
「内大臣が娘の雲井雁の事を断念してしまったならば、右大臣や中務親王などがお前を娘の婿にとえらい意気込んでいるらしいが、そのどちらかの娘を選ぶように決心してはどうか」
 と夕霧に言うのであるが、夕霧は返事のしようがないので無言で答えないまま、恐縮した様子で源氏の傍らに伺候していた。その姿を見て源氏は、夕霧が承服しないものと思ったのであろうか、