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私の読む「源氏物語」ー44-梅枝

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「このような結婚のことを私も父桐壺帝の言葉に従わなかったから、お前に口出しすることはつらいけれども、私が今になって昔を振り返ってみると、私が従わなかったあの父桐壷帝の諭されたことは後々まで永遠に不変の事実・真理なのであったと思う。夕霧が寂しく独りでいるから、気が向かぬ事でもあるか、又は、好ましい高貴な身分の娘を望んでいるのか、なにか考えでもあるのかと、世間の人も思うことであろう。しかし、前世からの運命というものに引かれて、つまらない女に結局靡き従うことになってしまえば、このように何時までも結婚をしないで、全く尻つぼみで竜頭蛇尾に終わってしまっては、全く格好が付かないことだ。 大層高望みをしても女のことは思うようにはいかないものである、それでも限られた女の中からあれこれと女を選ぶ好色なことはしないように。私は子供の頃から宮中、内裏で生活していたので、自分気儘なことが許されず、気詰まりな生活で過ごし、少しでも間違ったことをすれば、軽率者と非難を受けはせぬかと、懸命に慎しんでいたのであるが、それでも、お前も聞いていることであろうが、やはり、女好きの性質から朧月夜との事件の咎めを受けて、本当に、きまりの悪い思いで須磨退居を、かつてはさせられた。位階は低くどうと言うこともない身分の者などは、自由に女遊びをするが、夕霧はそのような軽い行動は絶対にしないように。気をゆるめて自由な浮気心が自然に起ってしまうと、制止する事のできる愛妻がない時は私も昔は身を持ち崩すようなことがあったよ。そういう恋してはならぬ女に執心して、相手の女の浮名をも立て自分もその女から、この男のためにあらぬ浮名を立てられた、と恨みを受けるのはどうも一生の心の傷となるぞ。結婚してから見立て違いをしたと思いながら世話して一緒に暮らすにつれて、次第に我慢しきれなくなるが、やっぱり、思い直すような気持を習慣づけて、ある場合は、その女の親の娘を思い同時に婿を大事に扱う気持に免じて大目に見てやり、ある場合は、女が親がないので、世渡りが不如意であるとしても、人柄から手放しにくい女であれば、その点をその女の美点であると数えてでも、妻女として相添いするようにしなさい。自分のため相手の女のため結局は良くしようとする気持ちを持つべきである。それが、思慮分別のある人間という事なのである」
 と源氏は自分と関係があり今なお親しく援助をしている、朧月夜、末摘花、花散里などのことを思って夕霧に諭すのであった。
 夕霧は父源氏の女に対する接し方を聞かされ、雲井雁を思う気持ちが一時的にも離れて他の女に気が移るなどとは彼女に気の毒であり、人間ではないと考えることにした。雲井雁も父の内大臣がいつもより自分を見る目が、何となくよりふかく自分を心配しているように見えるので、自分が夕霧に捨てられた不運をかなしんでいる、と思い彼女も心が暗くなっていた。それでも表面は何げなく平静で、ゆったりとした風をして、内心は物思いに悩んで毎日を過すようにしていた。
 夕霧からの文は彼が雲井雁を思い出すときにしみじみと情愛の籠もった文面で送られてきていた。これが彼の本当の気持ちであると雲井雁は信じながらも、女も年齢を重ねていくと男女の関係に馴れどうしてもやたらに、相手の男の気持を疑うようになっているが、夕霧の文を読んで、世間に慣れていない雲井雁は心にしみじみと信じてみる点が沢山あった。
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「中務宮がどうも、源氏太政大臣に、御内意を戴いたので、夕霧様を姫君の婿にでもしようかと考え、源氏と御話し合いなされた」
 と誰かが内大臣に告げたので、内大臣は悲嘆を新たにして、がっかりして胸が一杯になる。そこで、人に知られないようにこっそりと雲井雁に、
「中務宮との縁組の評判を、私は聞きました。冷淡な夕霧の御心であるよなあ。夕霧を雲井の婿にと、かつて源氏の大臣が、夕霧と雲井雁の婚姻に、口を御ききなされた際に、「私が強情であった」というので考えを変えなさったのであろう。ここまで来た私が意気地なく源氏に頼み込むようなことをしたら、どうも人からの物笑いになるであろうなあ」
 と涙ながらに雲井雁に言う、聞いていて彼女は父の言葉が恥ずかしかったが、何とはなしに涙が出るからきまりが悪くて父内大臣から顔をそらして、横を向いた姿が絵のように美しい。
「もし、何かするならばどうすれぱよいであろうか。やっぱり、自分から、積極的に申し出て、夕霧との話を纏める方がよいであろうかなあ」
 思案にくれて父親が雲井雁の部屋から立ち去ってしまった後もそのまま廂の間に近い所で、じっと物思いに耽り、 
「何となく気が弱くなって涙が流れてしまう。この涙を、父はどんなに思いなされたであろう。夕霧への未練の気持ちとでも思いなされた事であろう」
 色々と雲井雁は思い悩んでいるところに夕霧から文が届いた。雲井雁は気持ちが離れたと夕霧を恨みながらも文を開いた。文の内容は非情に細やかな物であった、文中に、

 つれなさは憂き世の常になりゆくを
        忘れぬ人や人にことなる
(貴女の私に対する薄情さは、世間なみの女、私に無関係の人と同じになって行くけれども、その薄情な人を忘れない私は、世間の普通の男と違っているのであろうか)

 とあり、雲井雁は、
「私への恨みだけは言っているけれども、少しだけでも中務宮の姫君とのことを、それとなく言われない夕霧様の冷淡さよ」
 と思いこんでしまうのは悲しいことであるが、


 限りとて忘れがたきを忘るるも
      こや世になびく心なるらむ
(今はこれまでであると言って、御身が忘れかねると仰せられる私をば、人の婿となって私を棄ててしまうのも、これが世間なみの普通の心なのであろうか)

 夕霧は雲井雁から受け取った返書にこの歌だけが書かれてあるのを夕霧は、変な事を雲井雁が言うと、文を下にも置く事ができず、不審に思って頭を傾けて考え続けていた。
 中務宮の姫君との縁談を夕霧は考えてもいないし、ましてこの一件を、雲井雁が聞き知っていようとは、考えてもいなかった。
(梅枝終わり)