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私の読む「源氏物語」ー43-真木柱ー2

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彼の考えが悲しいことであった。
「好色である人は、自分の心から求めて、絶えず苦労をしているものなのであるよ、自分もその類であった。然し、今は鬚黒の邸に居るであるから玉鬘に心を乱すこともないだろう。我が身にはもう関わることが出来ない恋の相手であるよ」
 源氏は感情の高ぶりを抑えようと、和琴を取り寄せて思いっきり弾き、さきに玉鬘が親しみ深く弾いていた大和琴の爪音を、思い出していた。源氏は大和琴の最も単純で基本的な曲を弾きながら、
「美しい藻は刈るな。玉鬘を自分は簡単な気持ちで思っているのでない。」

 をし たかべ 鴨さへ来居る 
 原の池の や 玉藻はま根な刈りそ や
 生ひも継ぐがに や 生ひも継ぐがに

 と唄う源氏の心の中は、古今六帖の歌

 原の池に生ふる玉藻のかりそめに
      君をわが思ふ物ならなくに

 というのが本心であったろう。

 と源氏が少々やけ気味で歌うのを彼の恋する玉鬘が見たならば、情けない姿と見るであろう。

 一方内裏では、少しだけ対面してもう玉鬘の虜になってしまった冷泉帝が、別れて内裏を去る彼女の赤い裳を垂れて行ってしまった姿を瞬時も忘れられないで、内裏から退出の時の様子を思出していた。冷泉帝は、
 立ちて思ひ 居てもそ思ふ 紅の
       赤裳裾引き 去にし姿を

聞きにくいいやな万葉の古歌であるけれども、玉鬘と別れた後は口癖になって、どうやら玉鬘のことを思い詰めているらしい。冷泉帝からの文がこっそりと玉鬘の許に送られているようである。貰う玉鬘は自分が情なくつらいと、しみじみと思い込み、冷泉帝から送られる慰みの歌に対して、つまらないことをなさると思い、冷泉に対して心を込めた返事もすることはなかった。鬚黒と過ごしながらも、飼って六条院で過ごしたときの源氏の気配りや、驚くような男の欲望、あれやこれやが心にしみ込んでいて彼女には忘れることが出来ない懐かしいことであった。
 三月弥生になって源氏の六条邸庭園の藤や山吹が心が晴れ晴れするタ日に輝くのを源氏は見ながらも、先ず思い出されるのは、女として育てがいのあると引き取った玉鬘のことだけである、そう思うと紫と共に住む春の庭と言われているところから、玉鬘がかって住まいしていた西の対へやってきて二人で眺めた庭をじっと見つめていた。呉竹の小さな垣根に、わざわざ人手を加えたようでなく咲きもたれている山吹の美しいつやつやしさは、見栄えがするものであった。
 源氏は一人花を眺めて、古今六帖の「口なしの色に衣を染めしより言はで心に物をこそ思へ」を思いだし「山吹は口なし色の花であるから、その色に衣を染めて着て」と、古歌の意味を取って、「もう何も言うまい」と独り言を言って、
 思はずに井手の中道隔つとも
       言はでぞ恋ふる山吹の花
(意外に二人の仲は隔たっても、口なし色であるから物は言わなくて、心中に恋い慕っているよ、山吹の花(玉鬘)が)
 山吹の花の玉鬘が目の前に始終見えて、忘れられない」
 源氏は万葉集巻八、大伴家持の歌「高まどの野べの顔花面影に見えつゝ妹は忘れかねつも」また、古今六帖第六の顔鳥の歌「夕されば野べに鳴くてふ顔鳥の顔に見えつゝ忘られなくに」
 などを思い出し、玉鬘が山吹の花のように豊艶であるので源氏や夕霧更に女房達も玉鬘を山吹の花と見ていたことで源氏は庭に咲く山吹の花を見て独り言を言うのであるが、誰一人聞いた者はなかった。
 こんな歌を一人でこっそりと詠うほど、玉鬘が恋しくて、源氏は玉鬘を宮仕えに出しても、時々は呼びかえして見ようと考えたのであるがさすがに玉鬘と離れたという心の空白を、玉鬘の居なくなった今、いかにもはっきりと感じているのであった。宮仕えに出ても、時々は逢って見ようなどと考えたのは、源氏の勝手な思いであることであった。
 かる鴨の卵が、池のあちこちに沢山あるのを、源氏が見つけて、卵を柑子橘のように紙などに包んで果物と思わせて、わざわざ贈るのではなく、有り合わせの物のようにして、玉鬘に贈った。当然源氏はその贈り物に文を付けた、その文を目立つようにしないで 
「その後御無沙汰しています、貴女のことを気にしている内に月日が過ぎていきましたが、貴女から消息もなく、冷淡な人だと、恨んでいますが、それは貴女お一人ではなく夫と定めた鬚黒大将の考えでもあると聞きまして、何か公式の催しの場でなくては貴女にお目にかかることが出来ない、と思うと口惜しく感じています」
 と言うような文面で親らしく文を書いて、

 同じ巣にかへりしかひの見えぬかな
       いかなる人か手ににぎるらむ
(かつて、お預かりした甲斐もなく、その雛が、孵った六条院の巣の中に見られない、それでは今その六条院の雛は、どんな人が手に握っているのであろうか)
「人妻となったとしても、どうしてそんなに親にまで疎々しくするのか」などと思うと、鬚黒が貴女を握り持っているのが、どうもねたましく不快である」

 などと源氏が書いてあるのを鬚黒大将が見て、大笑いして、
「女というものは一旦嫁ぐと親御の所にも容易に訪ねて行き親に逢うというようなことは、何かの機会がなくては決して出来ないことである。況んや実の親でもない源氏様が何で、玉鬘を諦めきらず逢いたがって、時々恨み言を言いなさるのだ」
 とぶつぶつ呟く鬚黒を玉鬘は憎い奴と玉鬘は思っていた。
「返事はとても私は書けません」
「それでは私が代わって書こう」
 と鬚黒が筆をとる、端から見れば見苦しいことである。

 巣隠れて数にもあらぬかりの子を
       いづ方にかは取り隠すべき
(巣の中に隠れて、子供としての勘定にも入らない仮の子供を、どなたに誰が隠しなどするでしょうか)普通でない貴方の御機嫌に驚いて、このように弁解申し上げる。何となく恋文みたいなお文でした」
 と鬚黒は玉鬘に代わって源氏に返事をした。受け取った源氏は文面を見て、
「鬚黒大将が、平素の真面目な態度や言葉使いに変わって、こんな冗談を言った事は初めて聞いたよ。珍しいことだ」
 と笑っていた。しかし源氏は心中に鬚黒がこのように玉鬘を我が女と抱きしめて離そうとしないのを源氏は、欲望を断ち切られた大層つらいことと打撃を受けていた。