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私の読む「源氏物語」ー43-真木柱ー2

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 さて今宵は自分の屋敷に玉鬘を連れて行こう、と鬚黒大将は内裏を退去した玉鬘の行く場所を我が屋敷にと決めた。この考えを前もって源氏や内大臣に告げたならばとても許して貰うようなことでないから誰にも自分の計画を告げずに、急に思いついたようにして、 
「私は急になんか風邪気味になったから、自宅に帰ろうと思います、その間、玉鬘と別々では彼女も大層気にかかり不安でしょうから、内裏から退出する玉鬘も、我が家へと連れ帰ります」
 と上手いぐわいに口実をつくって源氏に申すようにして玉鬘を我が家へと連れて帰った。それを聞いて玉鬘の父の内大臣は、
「急なことであるなあ。初めて嫁として自邸に移すに就いては、嫁入の儀式というものがあるはずであるが、鬚黒大将はそんなことはしないつもりであるのか」
 と思うのであるが、必要以上に大層なことを言って彼の行動を妨げるのも、鬚黒のことだから気にしないでおこう、と思い、
「どうなりとも玉鬘のことは鬚黒に任せよう、もともと私は彼女のことを源氏任せで、私の自由にならない事であるから」
 と鬚黒に伝えた。源氏はそれを聞いて、
「えらく急なことであるなあ、私は承知はしないが」 と思うが玉鬘が鬚黒邸に移ることには止める理由がなかった。玉鬘も、伊勢物語の「須磨のあまの塩焼く煙風をいたみ思はぬ方にたなびきにけり」という歌を思い自分もあの塩を焼く煙のように男の考えるままに靡くのであるよと、鬚黒の屋敷に連れて行かれることを意外に思って、
「盗まれた娘と思えば」と自分を鬚黒に盗まれた女であると考えると何となく源氏の許から離れて自由な身になったような気がして嬉しく思ってきた。鬚黒も安心したことであろう。
 先日玉鬘の局に帝が直接訪れて親しく話をされていることに鬚黒は大変嫉妬をするのを、素性の卑しい人こそこのように嫉妬すると考えて、玉鬘は不快で、鬚黒の人柄が情けなく小さい下品な男に思えてきた。鬚黒との夫婦仲には、打解けずよそよそしい御扱い(態度)でますます機嫌が悪くなった。
 鬚黒の北の方の父である式部卿の宮も娘を鬚黒の屋敷から引き取りあのように鬚黒に強く抗議をしたのであるが、それ以後は、鬚黒が一向に何も言ってこないので、あのように強く言ったのが悪かったのであろうかと、思い悩むのであるが、式部卿宮は、「私が生きている限り娘の面倒は見る」といって娘である鬚黒の北方を引取ってしまった。鬚黒はそのようなことに構うことなく、玉鬘にぞっこん溺れて昼夜と共に過ごして気が昂ぶると昼夜関係なく女体を求めて止まるところがなかった。

 時は二月、如月になった。源氏は、
「なんということをする、鬚黒のやり方は薄情なものであるよ。『鬚黒が、全くこんなにはっきりと玉鬘を引取る』というようなことを私は前以て考えてもみなかった、鬚黒に油断したのが残念なことよ」 と人の見る目もきまりが悪く、玉鬘の事が、万事気にかからないことなく玉鬘が恋しくてならないのであった。
「縁などというものは前世から定まっていて、いい加減なものではないということは事実であるけれども、自分があまり度が過ぎた呑気な気持ちでこのような人のせいではない事を、どうも心配することよ」 と朝な夕なに玉鬘の姿を幻のように思い見ているのであった。
 鬚黒大将のような、風流らしくもなく、無愛想な人物に、玉鬘が相添うて一緒に居るような所に、つまらない冗談ごとを言うてやるのも、源氏は面白くもないと自然に気がねし、消息文を書きたいのであるが、我慢してそれもしないで堪えているところに雨がひどく降り出しあたりが何となくのんびりとしてきた。かつて、玉鬘が六条院に居た頃は、このような雨の日の手持無沙汰も紛らわす場所として、玉鬘の部屋に訪れていろいろと話をしたのが、源氏には大変恋しく感じついに玉鬘に文を書いて送ってしまった。その文は玉鬘の古くからの女房である右近にこっそりと手渡すようにしたのであるが、一方では、右近が気を回すことも考えて、書きたい事はあっても遠慮して、言いたいことを全部はよう続けないで、内容は、ただ玉鬘の想像に任せた事柄などを、表面は親らしく書いて、よく読んで推察すると、源氏の恋心を巧みに書いたのである。源氏は文の最後に、

 かきたれてのどけきころの春雨に
       ふるさと人をいかに偲ぶや
(降り続いて、のどかなこの頃の春雨に、貴女のもとの里の人を、どんな風に思出しなさるか、如何ですか)
 雨が降って何もすることなく手持ち無沙汰な折りに貴女のことを残念に思い、昔を忍ばずにはいられない事が、沢山ごさりまするけれども、さて、その事々をどのようにして貴女の胸の内にお知らせしようか」
 というようなことを書き送ったのであった。右近は玉鬘が一人いるところを狙って、そっと源氏の文を玉鬘に手渡した。玉鬘は文を読むや涙を流して、自分の心の中にも鬚黒邸で時を過ごす内に、源氏の事を、思出さずにはいられない、のであるが、源氏は実の父ではないから、まともに正面から 「恋しい方、何とかして源氏に会いたい」ということは言えない仮の親なので、源氏の言うように、
「本当に、何かの機会に源氏に会うこともあろうかそのようなことはこの後一生ないであろう」
 と玉鬘が思う彼女は可哀想である。彼女はそれでも時には煩わしくていやであった、源氏が欲望丸出しの言動で迫ってきた懸想の様子を思い出すと、右近女房も知らないことであるので、自分一人で思い悩むのであったが、右近は二人の間を察していたのであった。うこんは、
「源氏様と玉鬘様との間はどうなるのであろう」
 と、今も納得出来ないと右近は考えているのであった。
 玉鬘は、
「返事を書くのも文章も筆使いも下手なので恥ずかしいことであるが、返事をしなければ源氏様はまた気を使いになるであろう」
 と考え源氏に返事をしたためる。

 眺めする軒の雫に袖ぬれて
     うたかた人を偲ばざらめや
(長雨の降っている軒からしたたる雨水を、恋しさに物思いをしている涙の雫と思い、私の袖はその雫に濡れて少しの間も源氏様を思出さないであろうか、始終思出しておりまする。)
 時が過ぎます本当に私も何もすることがなく、源氏様のお文にありました「つれづれにそへても云々」と言われます通り、格段の寂しさを感じています。畏れ多い事で御座います」
 と親しみを敢えて表さずにうやうやしく書いたのである。
 源氏は玉鬘からの返事を広げて、彼女の言う軒の雫を見て涙をすると言うくだりを、水のこぼれるような涙であるかと、自然に思い自分ももらい涙が出そうになるのを、「何と弱々しいい男と、他人に見られたら情けないことである」と何げない風をしているけれども、玉鬘が恋しくその想いが胸に一杯になる気がして、昔、源氏の父である桐壺院の中宮であった弘徽殿女御の妹、朧月夜尚侍の君と源氏は竊に通じ合っていたのを、姉の桐壷院の弘徽殿女御が無理に源氏に逢わせないようにした。このことは源氏が須磨に流れた原因の一つであるが、その時のことを思いだし、朧月夜のことはもう悲しくないが、玉鬘のことは直接眼前の問題であるせいであろう、彼女は仮にも世間には親と言うことになっている自分が娘と関係を結びたいと思うなど世に類例がなく