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私の読む「源氏物語」ー43-真木柱ー2

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 あの鬚黒と別れた元北の方は、月日がたつに従って、鬚黒から受けた仕打を、「情けない仕打ちを受けた」と思い沈んで、物の怪と言われている鬱の病もひどくなって、惚けたようになっていた。鬚黒大将のこの別れた北の方へ普段の病気見舞いはいろいろと行届いた考えで世話して、子供達の世話を以前の通りにするので、北の方は鬚黒から離れることが出来ない。鬚黒は生活上の世話は、玉鬘を新しい夫人としたにもかかわらっず、前と同様に続けているのであった。娘の眞木柱に鬚黒は逢いたいのであったが、このことだけは絶対に北の方は承知をしなかった。真木柱の幼ない心のうちにこの父鬚黒を、祖父式部卿宮も、母君も真剣に非難して、自分と父親の間を前よりも増して遠ざけようとする事ばかりなので、真木柱は心細く悲しいのに母の北の方は父親鬚黒と会うことを絶対に許してくれなかった。眞木柱は父親と会えない心細さに悲しいのであるが、男の兄弟達は自由に父親の屋敷を訪ね、父親の新しい女である玉鬘のことを自然と何かにつけて姉真木柱に話をして、
「玉鬘は私たちを可愛がってやさしく親しみ深くなされまする」
「明けても暮れても、始終、風流な事を好んでなされまずる」
 などと語るので聞いている眞木柱は弟たちが羨ましく、このように父鬚黒邸に出入して気楽に起居する身でないのが自分の宿命であろうと嘆くのであった。玉鬘は不思議に、男につけ女につげ、どちらにつけても、不幸の種をまく尚侍の君であった。男には、冷泉帝・螢兵部卿宮・源氏、更に柏木や夕霧などに恋い焦がれさせ、また式部卿宮をも憤らせた。女には、鬚黒の元の北方や、その母大北方、真木柱などが玉鬘の被害者であった。
 この年の十一月霜月に、いろいろとあったが可愛らしい赤子を抱いて玉鬘が人前に現れたので、鬚黒大将は、
「思い通りになってめでたいことである」
 と赤子をこの上なく可愛がるのは当然のことである。その有様は想像する事は簡単であろう。玉鬘の父の内大臣も自然に「望み通りの運である」と満足に思っていた。特にわざわざ力を入れて内大臣が大切に世話をする娘の弘微殿女御に玉鬘は容貌も風格も劣るようなところが無く、今は頭の中将となった柏木も玉鬘を兄妹として仲良く接しているのであるが、それでもそれはそれとして、かつては、玉鬘を他人と思って口説こうと懸想した時もあるから、その名残りで玉鬘への男としての欲望が諦めきれず、玉鬘に接するのにまだある程度彼女を女としてみる目があるが
「宮仕えをして帝と睦み合い皇子をも産んで過すことができたであろうに」
 とおもい、鬚黒との間に出来たこの男の子を可愛らしく美しいと見るにつけても柏木は、
「今まで子供がない冷泉帝の嘆きを見てきたので、玉鬘がもし帝と関係が出来親王を生んでいれば玉鬘にとって名誉な事であろうけれどもなあ」
 と、大層虫のよい事を柏木は考えていた。玉鬘が尚侍としての公式な身分は、当然規定の通りに鬚黒の邸に居て仕事はしているのであるが、内裏に参内することは、このように子供を授かった以上止めねばならないであろう。それは当然のことである。
 
 そうそう、あの内大臣の隠し娘で尚侍を狙っていた近江の君は、もともとの性分であろうか男好きであり、落着きのない性質までも加わっているので、父親の内大臣も手に負えなく困っていた。すでに女御として参内している娘の弘徽殿女御も、
「軽率な事件を、この近江君がしでかすであろう」 と心配で胸を痛めていたのであるが、父親の内大臣が、
「今はおとなしくして皆さんと仲良くして」
 と近江に注意をするのであるが、彼女は聞こうともせず仲間達の中に出て何やかやと勝手なことを言いまた行動をするのであった。事が起こったのは何時であったろうか、殿上人が多く集まりそれも名のある方々が総て集われて弘徽殿女御の許に参り、楽器を演奏し穏やかな拍子を取って、遊ぶことがあった。その日は何となく美しく穏やかな秋の夕暮れであったが丁度、宰相の中将である夕霧も弘徽殿女御の方に立寄り、何時も生真面日な夕霧の言動とは違い、この日は型を崩して打解け集まった男達と冗談などを言い合うのを弘徽殿の周りの女房達が日頃の夕霧とは違った姿を珍しがり、
「夕霧様はこんなに柔らかいところもおありで、やはり皆様方より優れて立派な方でありますね」
 と褒め合っているのであるが、この近江君が、女房達を押分けて前面に出て坐って居るのであった。
「あら、近江の君は何と偉そうにして」
「これはまた、どうしたことで」
 と近江に後ろへ下がるように言うのであるが、近江は大層意地悪な目で女房達を睨んで、下がろうともしないので女房達は、どうすることも出来ず、
「無遠慮なつまらない事でも、言出しなさるであろうか。そんな事を言出しなさらねばよいが」  と思って、女房達は無言のままで互に膝をつきあっているのに、それにも頓着せず、あの生真面目な人物である夕霧を、
「この人、この人であるよ、私のいとしく思う人は」と、夕霧を褒めちぎり大声で騒ぎ立てる声は、御簾の外で楽器を演奏している殿上人達の所まで、はっきりと聞えてきた。女房達が、本当に困った事である、と思うけれども、近江君の声は大層よく通るので、

 沖つ舟よるべ波路に漂はば
     棹さし寄らむ泊り教へよ
(沖の舟(夕霧)がまだ寄るべが無くて(雲井雁に定まらなくて)波路に漂うている状態であるならば、私が、棹をさして沖の舟(夕霧)の側に寄りましょう、行き着く所を私に教えて下されや)
 舟棚の無い小さな舟が、同じ所を行き来して漕いでいるように、同じ女を追いかけて夕霧様は恋いにお迷いでしようか、そういうものではござりませぬ、ああ失礼私は悪い女ですでござりまするよ」

 と詠い、また言うのを、夕霧は聞いていて不快で、
「弘徽殿女御の御殿には、こんなに慎しみのない、無作法な女御などは居ないと聞いていたが、さて、この声は誰であろうか」
 と思いながら、
「あの、評判に聞いている人近江の君であったか」 と思いだして可笑しくなり、

 よるべなみ風の騒がす舟人も
       思はぬ方に磯伝ひせず
(寄り所がなく縁が定まらなくて困り悩んでいる私でも、思う方にはよるが思わないいやな方にかかり合う事はしないよ)

 夕霧が相手にしないので、近江君は、きまり悪くうつむいて恥じていたようであった。
(真木柱終わり)