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私の読む「源氏物語」ー42-真木柱

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 鬚黒の北の方は小柄な人で日頃の病に痩せってしまいなよやかで弱々しそうで、髪の大層美しくて長い女であったのが最近はかためて抜け落ちたように少なくなり櫛を使うこともほとんど無く、その髪が涙に濡れてからまっているのは、本当にあわれである。元々この北の方は女としては目立つような所がない人で男から見て悩ましく見えるところのない人であるがが、父の式部卿の宮に似てあでやかな明るい顔だちであった、それが気鬱の病気のせいで、化粧もせず、衣装も簡単なものにしておられたから、目立つところはなかった。そんな彼女に鬚黒は
「お父上の式部卿の宮のことを私が軽蔑するようにどうして言うことがあろう。貴女の思っていることが外へでも漏れてしまったら、そのような人聞きの悪いことを言わないでください」
 と、慰め諭すように言って更に、
「あの私がしばしば訪れる源氏様の六条院、あの立派なまぶしいほどの御殿に、慣れない無粋な姿で真面目な様子で出入りする時も、あれやこれやと何かにつけ人目に立つであろうと、気が引けるから、玉鬘をこの屋敷に移そうと思っている。源氏様があのような、またとない御声望を、私の口から今更貴女には申しませんが、私などが恥ずかしく思うほど万事に行届いている源氏の周りに、貴女が、私が玉鬘を迎えるについて、彼女を嫉妬したり、また私に背いてこの屋敷から去ったりするという事が漏れ聞こえたならば、貴女のために気の毒であり、源氏様にも申訳ない事であろう。だから気持ちを抑えて、玉鬘との間柄を円満に話合って貴女はここで暮らしなされよ。例え貴女が父宮のもとに帰られても、私は貴女のことを忘れるようなことはありません。この邸に止っていても里の式部卿官邸に帰っても、どちらにしても、私たちは長い年月の間連添うたのであるから今更私の気持ちが変わるようなことはないが、貴女が里へ帰ったならば、世間の評判となり、貴女は人からの物笑われ者になり、それが又私のためにも軽率なことであるからね。やっぱり長年連れ添った夫婦の契りに沿ってお互い助け合っていこうよ」
 と鬚黒は北の方を慰めなだめるが、北の方は、鬚黒の言葉には耳も貸さずに、
「貴方の薄情さというものはどうあろうとも、私は気には致しませぬ。気鬱の病で人に物怪に憑かれたと言われる人並でない私の不運を、いかにも、父式部卿宮は御心配なされお嘆きです。しかも長年連れ添うて来た者が離縁をすれば世間の笑いものになると、父君が心配なさるから、そのお気持ちが私には御気の毒で、どうして、里に帰って、父宮に顔を合わせ申そうかと、思い悩んでいます。さらに、源氏様の北方紫上は、他人ではなく腹違いであっても私の妹です。紫の上は、父式部卿宮の御存じないままの状態で、子供の時から祖母の手で育ちなされた人で、後になって紫上は、祖母の手から源氏様に渡ったのです。源氏様がこのように玉鬘の親のようにして、玉鬘を鬚黒の妻にと世話なさる恨めしさを、いかにも父式部卿宮は、考えて仰せられるのであるけれども、私の力ては何ともなりかねます。只玉鬘を、今後貴方がどう扱いなさるかを見ているだけであります」
 と道理に適ったことを鬚黒に言うので、鬚黒は北の方に、 
「大層よく道に適ったことを言われるが、何時ものように御気分が変ると、困る事も起きてくるのであろう。玉鬘と私の結びつきは紫の上の知らないことである。紫の上は斎宮のような方で何事も人任せであるので女房達から、軽蔑されている玉鬘の身の上までは、紫上が世話されましょうかされますまい。そうすれば、紫上は、玉鬘の親らしいことはされますまい。しかるに、玉鬘が鬚黒に嫁いだのは紫上の指図である、という噂が立つならば源氏様に対して私は申し訳が立たないことになります」
 などと鬚黒は一日中北の方の所にいていろいろと北の方をなだめようと話をするのであった。
 日が暮れると鬚黒は玉鬘会いたさに気もそぞろになり、さてどういう口実を作って玉鬘の許に行こうかと考えている内に雪が降り出した。このような雪の降る夜に、わざわざ出かけるとは人目も悪い、また目の前にいる北の方の様子も嫉妬にめらめらと目が燃えだしているように見え、鬚黒もそれにかこつけて、自分も北の方に立腹して当然であるのに、なぜか今日はおとなしくして冷静な態度でいる様子がいじらしいので、出かけようか止めようかと、鬚黒はなかなか考えが纏まらずに格子の蔀なども上げてあるのをそのままにしておいて庭を眺めてそわそわした気持ちでいた。北の方はそのような鬚黒をじっと見ていて、
「あいにくの雪ですわねえ、どうしてこの雪の中をお出かけ遊ばすのですか。さぞ御つらいことでござりましょう。うかうかすると、夜もふけてしまいますよ。急いで御出かけなさい」
 と鬚黒を玉鬘の許に行くようにそそのかすのである。玉鬘に浮かれている鬚黒の現在では、何を言おうにも、しようにも、これまでである。これ以上は駄目だ。どうにもならない。止めても止めがいがあるまい」
 と諦めている北の方の様子が気の毒である。鬚黒は、
「このような雪の中をどうして出て行かれるか」
 と北の方に口先では言うのであるが、心は玉鬘の許へと飛んでいるので、
「やっばり、当分の間だけ、私の玉鬘への浅くない気持も知らなくて、私が通って行かなければ、玉鬘に飽いてしまって捨ててしまった、夜がれと、玉鬘の女房達が、無理に私の事を噂し、また、源氏様も内大臣も、そんな噂を、とやかく耳にしては御考えなさるような事を、私はどうも気がねするので。出掛ける口実に言うのである。心を落着け静に考えて、貴女はやっばり私の気持ちを、最後まで見届けて下さい。玉鬘をこの屋敷に引取ってしまったならば、私の出歩く事がなくなり、従って貴女に夜がれもせず、貴女は気鬱も起こらずきっと気楽ですよ。このように、貴女が気鬱でない時は、私も他の女に気が移るようなこともありません、貴女に添い寝して充分に心ゆくまで情愛を注ぎましょう」
 などと言うので北の方は、
「ここで私の添い寝をされても貴方は、玉鬘が此の屋敷にいては貴方の心が彼女に向いていることははっきりしています、それが私には苦しいことです。貴方はたとい外の女と添い寝をしていても、せめて心だけは私に向いておられれば、冷たく凍った私の心も袖の涙の氷も、きっととけてしまうでしょう」 と穏やかに鬚黒に言うのであった。
 玉鬘に逢うために出かけようとしている夫の鬚黒のために。衣装に香をたきしめようと、御火取を取り寄せて、女房達に鬚黒の衣に丁寧に香をたきしめさせた。北の方自身は糊けがなく柔らかい衣装を纏いゆったりとした姿は、一層ほっそりとして、病に弱っている。そのうえ気分的に落ち込んでいる様子は、本当に可愛そうである。いろいろと考え悩み泣きはらして目が腫れているのが鬚黒にとっていくらか気に入らないけれども、同情して「いじらしい女と、北の方を見ていると、それも別にいやとは、気にかけないで、
「このように正気で、何かと話をするのを自分は、どうして可哀想とも思わないで長年暮らしてきたのだ」