私の読む「源氏物語」ー42-真木柱
上の申の日 平野祭 春日祭 当麻祭
上の酉の日 梅宮祭 率(いさ)川祭 当宗(まさむ ね)祭 松尾祭 中山祭
中の子の日 大原祭
中の丑の日 園韓(そのから)祭
中の寅の日 鎮魂祭
中の卯の日 新嘗祭 大殿祭
中の巳の日 斎宮鎮魂祭 大極殿祭
中の申の日 吉田祭 日吉祭
下の卯の日 東三条の神楽
下の未の日 臨時祭
下の酉の日 賀茂臨時祭、この夜、御神楽がある。
このように、一ヵ月に十五日が祭日である。この中には、大和の神社もあるが、すべて宮中に関係がある。
そのようなことから下位の女房(女官)どもや掌侍(内侍)どもが、尚侍の玉鬘の里邸である源氏の六条院に始終来て玉鬘方も花やかに、人の出人が多く忙しい時なのに、鬚黒大将は、男は女と共寝をした翌朝は暗い内に帰るのが慣例であるのに帰りもしないで、日中でも隠れたようにして玉鬘の許に居座っていた。玉鬘はそれが非情に不愉快で、内侍の督の職についている玉鬘は女房達の相談を受けながら腹が立っていた。
蛍兵部卿の宮は鬚黒が玉鬘を夫人としたことに、以前より増して「鬚黒めが欲も玉鬘を奪って悔しい」と思っていた。紫の父親である式部卿の宮の息子、紫や現在まだ鬚黒の北の方の兄であるが、妹である鬚黒の北方が、鬚黒から冷遇せられている事が世間のもの笑いの評判となっていることが嘆かしいうえに鬚黒に玉鬘を取られた悔しさが重なって物思いに悩み沈む状態であるけれども、
「玉鬘が鬚黒の妻になったからには、もう彼女を思っても馬鹿らしいことだ」
と、諦めてしまっていた。
髭黒大将は評判の生真面目な人ということで都では有名なひとであった。その男が玉鬘に心を奪われてしまい勝手の面影を全く失いまい夜女が喜ぶような派手はでしい衣装を着込んでひとめをしのんでたまかつらのもとへ夜這いする髭黒の姿をおかしいと玉鬘の女房達は見ていた。たまかつらは元々快活で賑やかなことが好きな性格であるが、髭黒にはその性格を隠して会えば塞ぎ込んで、源氏が反対するのを押し切って髭黒に体を許したことは、自分が納得して髭黒になびいたのではないことを源氏は十分わかっていることを、蛍宮が思いやりが深い方で優しくたまかつらに接してくれたことを思い出すと、髭黒に体を奪われたことが恥ずかしく悔しくて堪らないので、髭黒が訪れたときは不愉快である自分の気持ちを隠すことなくそのままを露に鬚黒にしめすのであった。
源氏、また玉鬘を知る者は玉鬘が髭黒の愛人になったことを気の毒に思っているが、周辺の人達は未だに源氏と玉鬘の間を疑っている、それを源氏は疑いをきれいに払拭しておかねばと、
「私は、だだ体だけを求めたり、人の道に外れた曲がったねじれたような恋は好まないよ」といいながらかって冷泉帝の秋好中宮に寄せた恋心、朝顔斎院に見事に振られたことを思いだし、今は紫の上にまでも
「玉鬘のことを疑っておいででしょうが、私の心は浄いものですのに」などと潔白を訴えるのであった。
源氏は玉鬘が髭黒の夫人と定まったからには、自分の女癖を玉鬘にこれ以上迫ることは出来ないと覚悟は出来たのであるが、体が玉鬘恋しと疼くとき、以前はどうにかしてわが女にして、と考えたこともあったのであるから、今もなお執念を燃やしていた。そのよぅなわけで源氏は昼間髭黒が不在のときを狙って玉鬘のもとに押しかけていくのであった。玉鬘は最近なんとなく気分がすぐれずに気落ちして沈んでいたが、源氏がこのよぅに突然来訪されては横になっているわけにもいかず夜毎の髭黒がしつこく体を求めてくるのに頭髪も化粧もぼろぼろになっているのを源氏に見られるのが恥ずかしく几帳越しに源氏に会う。源氏も前とは違って今は彼女は人妻であることから幾分他人行儀に対面して穏やかな世間話をしていた。
玉鬘は律儀で固いだけの柔らかなところがない平凡な、世間にありふれた性格の鬚黒に、何回も接している内に馴れてしまったようで、その鬚黒に較べて言いようもない立派な源氏の様子や態度を四方山話をしている内に、鬚黒に体を許してしまった自分の運命をどうすることもなく悔しく涙がこぼれてきた。そのうち身近な事柄に話が進み几帳近くの脇息にもたれいた源氏は几帳を端から覗くようにして話していた。源氏は玉鬘を少しやつれたように見た。玉鬘は妊娠していた事を聞いていた、自分の女とできずに他人の女として手放すのもあまりにも残念である、そのように思うのはどうも自分は物ずきであるなあ、と源氏は鬚黒の女と完全になった玉鬘を惜しいと後悔する。それで源氏は涙ながらに
おりたちて汲みは見ねども渡り川
人の瀬とはた契らざりしを
(貴女と私とは、深い仲になったがついに体の結びはなかったけれども、それはそれとして又、三途の川瀬を渡る時、貴女が、私ならぬ他人に手を引かれて川瀬を渡るものと、貴女に、かつて自分は約束はしなかったのに)
鬚黒に手を引かれてとは意外である」
と言って涙にむせる鼻をかむ様子が、玉鬘は久しぶりに涙を流す源氏が懐かしくしみじみと心を引かれた。死後に女が三途の川を渡るときは最初の夫がその女の手を引いて渡してやるという俗説を源氏は詠ったのである。玉鬘は顔を隠したまま、
みつせ川渡らぬさきにいかでなほ
涙の澪の泡と消えなむ
(三途の川を渡らない先に、何とかしてやっばり、涙の川の水路の泡となって消えてしまいたいと思いまする。鬚黒などに手を引かれるのはいやであります)
歌を聞いて源氏は、
「涙の川とはよく知らない答えであります。涙の川に消えるにしても、消えて行くあの三途の川瀬は、必ずそこを通過しなければならないから貴女の手は私が取って、御渡りをきっと助け申したいと思いますよ」
と冗談を言って微笑み、
「冗談はさて置き、本当は、この世にない私の愚鈍さ、貴女と琴を枕の添寝にも貴女の体を求めることもしないで、鬚黒の物にした事も、又貴女が嫌がるような無理な事をしないから、私は女には心配のない男であると思われる点も、すべて世間には例のない私のことを、貴女は、そのうちに御わかりなさる事もあろう、例え貴女が心堅い女であっても、私に心を御寄せなさるであろうと、いかにも私は頼もしいのであるよ」
と玉鬘に語りかけるのを聞きながら彼女は、は自分勝手なことを言うと思うのである。源氏は話をそらして、
「帝が貴女の出仕を待ち遠しくしておられることがお気の毒なので、やはり、ちょっとでも出仕されませ。鬚黒が我が女と、貴女を家の中に閉じ込めてしまってからでは尚侍として出仕するような宮仕も、困難なように見える。そうではあるが、貴女を思う私の心は、貴女が宮仕後に、とも角も良縁を、と言う私の心は変わってはいないが、お父上の二条の内大臣は、鬚黒大将との仲をご満足のようなので、出仕は安心です」
作品名:私の読む「源氏物語」ー42-真木柱 作家名:陽高慈雨