小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

私の読む「源氏物語」ー40-行幸

INDEX|6ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 

      わが身はなれぬ懸子なりけり
(貴女が源氏の娘でも、内大臣の娘でも、どちらにしても、突き詰めて言えば、私の孫にかわりはないのですね)」

 と、たいそう古風に震えた書体で書かれているのを、調度源氏もいろいろと指図をしに玉鬘の許に来ていたので、大宮の文を見て、
「古風な書き様であるけれども、おかわいそうに。この筆跡はあのお体では、それも立派な文体である事よ。大宮は昔はお美しい書体でお書きになっていたが、年を取るに従って、筆跡も年寄じみて行くものですね。たいそう痛々しいほどお手が震えていらっしゃるなあ」
 などと、繰り返し大宮の文を見て、
「三十一文字の中に、王櫛笥の縁語と無関係の文字が殆どなく、王櫛笥の縁語を連ね添えて詠むのは易しいことではなかろうい」
 と源氏は口先には褒めて内心は潮って、目立たぬように笑っていた。

 秋好中宮から玉鬘の裳着の祝い品として、白い御裳と白い唐衣、および御装束(小袿と下襲)と御髪上の調度など、類なく立派な品を、また唐から伝えた調合法による薫物を、玉鬘の好みに合うようにと特に念入りに調合して、例の如く色々の壷に入れて、それらを玉鬘に祝儀として贈られた。 六条院に住んでいる源氏の夫人方は、みな思い思いに、玉鬘には御装束を、玉鬘に付いている女房達までに櫛や扇などの品々まで、それぞれ特別に作り出した出来ばえは、優るとも劣らない。夫人たちが競争で趣向を凝らして、装束や櫛や扇など様々の贈物を造るのに有りったけの力を尽くしたから、贈り物は面白く見られるけれども、二条の東の院に住む空蝉や末摘花達は、このように六条院の夫人たちが祝いの準備をしていると聞いてはいたが、空蝉などは御祝いをする身分でないから、ただ聞き流していたが、一人だけ常陸の宮の末摘花は、不思議と几帳面であるので特別の行事があることを見逃さないで、義理堅く昔気質の気持をもっているので、どうしてこのような目出度い祝いを他人の事として聞き流すことができようかと、きまり通り用意をするのであった。
 殊勝な心がけである。末摘花が玉鬘に贈った物は、淡墨に青味のある色の青鈍色細長一襲、鈍色は喪服用の色である。それに、つゆ草の色を加えたものは、必ずしも喪服ではないが、祝儀用には適さないが、末摘花は、その事に気がつかないのである。 それに濃い紅色の黒ずんだ染色。昔は流行したが、当今は流行おくれの色である袷の袴は、表と裏だけで、重ねの色の美しさを表現するため、表と裏との間に加えた色違いの一重の絹である中重(なかえ)がないうえに、長い年月貯えていたので古くなったから紫色が霧がかかったように白ばんだ色に見える市松模様の霰地の小袿とを、結構な衣装箱に入れて、風呂敷を大層きちんとして、差し上げた。それに付けた手紙には、
「私を誰と、御承知しておられる中に入らないので、気が引けますけれども、このようなめでたい時は知らないふりもできません。見苦しいけれども御祝いに差上げます。もし不用の場合には女房たちにでもお与え下さい」
 と、衣裳類は怪しいけれども手紙の書きぶりだけは、おだやかである。源氏が末摘花の贈り物を見てたいそうあきれて、いつもの彼女らしい行動であると思うと、恥ずかしくて顔が赤くなった。
言い訳がましく源氏は、
「末摘花はどうも旧弊な人であることよ。彼女のように内気な人は出しゃばらず内に引っ込んで表に出ない方がいいのである。お祝いの品もこのような物では、世話をしている私までが恥ずかしい思いをする」
 と言って、玉鬘に、
「返事はお出ししてください。返事を出さなければ彼女はきまり悪く思うでしょう。父常陸宮親王が、彼女を大事に慈しんでいたのを思い出すと、他の人より軽んずるような事は気の毒な方です」
 と玉鬘に言う。贈られた小袿の袂に、慣例に従って第三句に唐衣を置いた歌が書いてあるのが見つかった。

 わが身こそ恨みられけれ唐衣
      君が袂に馴れずと思へば
(自分の身の不運が、いかにも恨まれずにはいられませぬ、君が袂に馴染まれないと思うとわたし自身が恨めしく思われます)

 筆跡は、昔でさえそうであったのに、たいそうひどくちぢかんで、彫りこんだようにやや太くて強くて、固い書体であった。この歌を見て源氏は、憎くい女だと思うものの、下手な書体を見ての可笑しさに堪えきれないで、誰にともなく、
「この歌を詠むのにはどんなに大変だったろう。まして今は昔以上に助ける人もいなくて、思い通りに行かなかったことだろう」
 と、末摘花の現状を気の毒に思うのであった。
「どれ、この返事は、忙しくても、わたしがしよう」
 と源氏言って、
「妙な、誰も気のつかないようなお心づかいは、なさらなくてもよいことですのに」
 とお礼も言わずにただ憎いように書き、

 唐衣また唐衣唐衣
   かへすがへすも唐衣なる
(唐衣、また唐衣、唐衣いつもいつも唐衣とおっしゃいますね)

 と書いて、
「本当に、唐衣という言葉は、末摘花が、専ら好む事であるから、この歌を詠んだのである」
 と言って、玉鬘に詠んだ歌を見せると、彼女はそんなことを言われてと笑って、源氏に、
「まあ末摘花様にお気の毒。本当に貴方がからかったように見えますわ」
 と、彼女を気の毒に思う。この段はつまらない話が多かったこと。

 内大臣は六条院に腰結い役としてはそれ程まで行きたいとは思わなかったが、腰結い役と頼まれた、源氏の娘と世間では評判である玉鬘が、夕顔が生んだ自分の娘である話を源氏から聞かされた後は、娘と一刻も早く会いたいという気持ちが心にかかっていたので、六条院に早くに参上した。
 裳着の儀式は、慣例以上に事を加えて、新しい趣向を凝らして源氏は催した。
「なるほど前から私に依頼された通り、特に気を遣われた儀式である」
 と内大臣は思うのであるが、ありがたいと思う気持ちの一方で、どうしてこのように人の娘のことをこれまでしてくれるのかと考えさせられた。
 亥の刻(午後十時)になって、内大臣を源氏は玉鬘の御簾の中に入れなさる。正規の裳着の式の様式は当然で、御簾の内部の座席をまたとない立派に飾って設け、源氏は内大臣にお酒、酒の肴を勧める。灯りは、裳着の慣例儀式よりも少し明るくして、源氏は気配りよく内大臣をもてなすのであった。
 内大臣はとても玉鬘が愛らしく言葉をかけたいと思うのであるけれども、今ここで言葉をかけるとあまり突然なことで娘も気が動転するのではと思うから、無言のまま裳着の腰結いの式を始めた。玉鬘の側によりしきたりに従って腰ひもを結びになる時、内大臣は無言でいるのが堪えきれない様子である。
 主人の源氏は、
「今夜は、祝い事の故 昔のことは言葉に出しませず秘密にして置きますから、内大臣も何の事情も御存じないようにしてください、事情を知らない人の手前を繕って、ありふれた一般の裳着の作法の腰結の役を行うというだけに願いたい」
 と内大臣に注意して言うのである。
「なる程尤もなことであります。貴方のご好意はあの娘に伝えようと思いますが、伝える方法はどうもございません。」
 と杯を源氏に勧める、