私の読む「源氏物語」ー40-行幸
などと、急なことで驚きうまく接待しているかと心配する、すぐに子供の公達や、親しく出入りしているしかるべき公卿たちを、三条宮に急いで差し向けた。内大臣は、
「果物や、酒など、吟味して差し上げるように。私も参上しなければならないが、伺っては却って、人も多くなり騒々しぃようであろう。だから伺わず遠慮しよぅかと思う。」
などと言っているところへ、母の大宮の手紙が先の使者を追っかけるようにしてある。開いて読むと、
「六条の大臣がお見舞いにいらっしゃっているが、私の所は人が少ない感じがしますので、人目にも体裁悪く恥ずかしい思いです、源氏様のお見舞いは大変有り難いことでありますので、大袈裟に、私からこのように申したような風ではなくて普段のように此方にお出でてはどうですか。源氏様は貴方にお目にかかって申し上げたこどがあるようですよ」
と、いうことである。内大臣は読んで、
「源氏様は何を言いたいのであろうか。雲井雁のことに関し、大宮にタ霧中将が泣きついたのであろうか」といろいろと源氏の何を言いに来たのかを考えてみる。内大臣の心の中では、
「大宮もこのように、先が長くないような状態で、夕霧と雲井雁のことをしきりにおっしゃるので、源氏大臣が穏やかに一言私に頼むとおっしゃるならば、私もとやかく反対申すことはしまい。ところが夕霧が苦しむ様子もなく平気な顔をして悩んでいないのを見るのは面白くない。だから源氏が雲井雁の件を仰せられるかも知れないならば、源氏のお言葉に従った顔をして二人の仲を許そう」
と考えた。そしてさらに彼は、
「大宮と源氏二人が心を合わせて夕霧と雲井雁の結婚を許すようにと言われるだろう」
と思うと、その、雲井雁をタ霧に許す、一件は断りようのない事で、又一方では、「どぅして、雲井雁の件を承諾するものか」と、甚だしく自然に意地を張る気持ちもある。しかしやはり内大臣の心の中は、「母の大宮がこのように源氏が訪問されたことを文で知らせられ、又源氏様も私に会いたいとお待ちになっているのであれば、ご意向に沿って急いで三条宮に参ろう」
と考え直して、装束を特に気をつけて整えて、供の数も少なくして出かけた。
内大臣は男の子供も多いのでその子息全員引き連れて三条宮に来訪した。その光景は堂々としてそれを見る大宮は息子の姿を頼もしく見ていた。内大臣は身長は聳えたように高い上に、肉付きも身長に釣合って、大層貫禄があり、顔つきも歩きぷりも、大臣というに十分である。
紫の薄い色である葡萄染の指貫、 葡萄染
表は白、裏は赤の桜の下襲、その裾を長く引きずる、ゆったりとことさらに振る舞っているのは、人目にああ何と立派な姿であると見えるが、源氏は、桜の唐風の錦に似た綺の薄い織物の御直衣、今様色の御衣を重ねて、くつろいだ桐壺帝の皇子らしい姿が、ますます喩えようもなく一段と光輝いているが、このようにきちんと衣装を整えている様子には他に比べる人もない姿であった。
内大臣の息子たちはまことに美しい兄弟であるが源氏三条宮に来邸と聞いて、集合してきた。藤大納言、春宮大夫などと、内大臣の異母弟で、大宮の継子も、みな大きくなって内大臣に供して来邸した。別に自然と特別に呼んだわけでもないのに身分の高い殿上人、蔵人頭、蔵人の次官、近衛の中将、少将、弁官など、立派な十何人が集まっているので、人品が花々しく立派で理想的な人が、十人あまり自然に集りったから、大宮の御見舞は盛んであり、それらの人達よりも一段と地位の低い人地下人も多くいるので、自然と宴会になり杯が何回も回り、お見舞いというのにみな酔ってしまって、それぞれが大宮が立派な内大臣の息子を持ち、このように幸福が誰よりも勝れている境遇を話題にしていた。
源氏太政大臣も、ひさしぶりに内大臣との対面に、二人とも昔のことを自然と思い出し、離れているから雲井雁のことのような競争するような心も、当然起きてくる、今日のように向かい合って話し合うと、互いに昔の数々の懐かしいことを思いだし、いつものわだかまりのない気持ちで、昔や今のことを話すので、日が暮れて行く。内大臣は源氏に杯を勧め、自分も杯を取りながら、
「お伺いもしないで相すまないことでありました。もしも貴方のお呼びがないことで遠慮して、母宮のお見舞いを受けた事を聞いたままで過ごしてしまったならば、貴方の御叱り御不興を受けることになりました。このように此方に私が参りまして貴方の怒りを受けなくて良かったです」
内大臣は源氏に何か言われるかと先手を打って謝ったのであるが、源氏は意外にも
「お叱りを受けるのはこちらの方にありますようです。けれども貴方を恨めしいと思う事は、私にも沢山ごさりまするよ」
と少し意味ありに言うと、内大臣はあの雲井雁のことではないかと思い、厄介なことになったと少し身を縮めて源氏の次の言葉を待った。
「昔から、公私の事柄につけて、心を割って大小のことを言ったり聞いたりして古語にある「臣者君之羽翼」の羽翼を並べて帝の補佐をして参ったが、年月がたちいつの間にか互いに競い合うようなこととなり、その当時考えていた気持ちと違うようなことが時々出て来ました、例えば帝の妃のことで秋好中宮が帝の寵を得たり、夕霧とお主の娘雲井雁のことやらと、しかしそれは内々の私事でしかありません。
それ以外のことでは、まったく変わるところはありません。そのなかに何ということもなく年をとって行くにつれて、昔のことが懐しくなったのに、内大臣にお目にかかることがほとんどなくなって行くばかりですので、何事も地位相当の決まりがあるもので、内大臣として又関白でもあるから、地位なみの威厳を保つために、いかめしく振舞こともあるので、軽々しくは、私を訪問して下さらぬのであろう。と恨めしく思っていることもありました」
「そうで御座いますね、昔は、おっしゃる通りしげしげお会いして、私は今から思うと何とも失礼なまでにいつもご一緒して、何遠慮をすることもなくお付き合いいただきましたが、朝廷にお仕えした当初はおっしゃるとおり、あなたと羽翼を並べる一人とは思いもよりませんで、有能の身でもなくて、このような高位に昇りまして、朝廷に御勤め申す事の有難さに加えても、昔御付合戴いた事を、又御愛顧を蒙った事を思い知らないのではござりませぬが、年を取るとなる程、貴方の言われるとおり御機嫌伺いの訪問も、自然にと絶え勝ちになり御無礼ばかりがどうも多くなるのでござりますなあ」
などと、内大臣は源氏に詫びを言う。
源氏は内大臣の気持ちが分かると、ちらと玉鬘姫のことを彼女の父である内大臣に告げた。内大臣、耳に挟んで、
「それはまことのことで、そのような不思議なことが現にあるとは、またとなく珍しいことでございますね」
と内大臣はあまりの驚きに言葉少なく言って、何よりも先に泣きだし、暫くして落ち着きを取り戻して、
作品名:私の読む「源氏物語」ー40-行幸 作家名:陽高慈雨