私の読む「源氏物語」ー40-行幸
大宮も気分がおさまったところで源氏は昔のことや今のことなどを、あれこれととりまぜて大宮と話をする、そのついでの話に、玉鬘のことを話そうと、
「内大臣は、毎日お見舞いに来られるであろうから、今日もお目にかかれたら、どんなに嬉しいことでしょう。前々からぜひとも内大臣にお知らせしたいことがございますが、なかなかお会いする機会がなくて、気になっています」
「あの子は公務が忙しいのでしょうか、それとも親に対する孝心が深くないのでしょうか、それほど見舞いに参りません。貴方のおっしゃりたいことは、どのようなことでしょうか。夕霧中将が雲井雁のことで内大臣をよく思っていないこともございますが、二人のなり染めは私はよく知りませんが、今となって二人の関係を元に戻すことは、これだけ二人が噂になった以上、どうすることも出来まいし、そんなことをするのは馬鹿げたようで、かえって世間の人の噂を煽るというものです。などと私はあの子に言いましたが、一度言い出したことは、昔から後に引かない性格ですから、私の言うことなどを、分かってくれないように見受けられます」
と、源氏と供に見舞いに来ている夕霧と雲井雁のことと思い源氏に言うので、源氏はにっこり笑って、
「二人の事は今になっては、何と言うても取返しのつかない事とし、大目に見て許し、内大臣は構いなさらない事もあるか、と聞いておりましたので、私もそれとなく内大臣に、かつて申した事がありましたが、内大臣が夕霧を厳しく訓戒なさるのを、かつて見ました後は、何で、あれ程まで自分は、口出しをしたのだろうと、体裁悪く後悔致しております。
世の中の色々の事に関して、汚れには清めということがございますので、まあそんな風に清めをして、雲井雁の浮名であるタ霧との関係を、清かった元の通りに取戻し、綺麗に洗い清めなさるのでは、たぶんなさってタ霧よりもっと勝れた者を婿にする気でおられるであろう、このように、内大臣の残念に思っている雲井雁の夕霧との関係の汚点が、末の下流に待ちうけていても、底まで深く澄むような水はどうも、現れ難いこの世であるように思うのであります。何事も、後になるほど、劣って行くその差が、どうも多くなり勝ちのように思う。だから私は雲井雁の婿も最初の恋人である夕霧がよく、後に現れる婿は劣るであろうと思うのです。そこで内大臣のタ霧に対する立腹の気持を、不便におもうのです」
などと大宮に話すのであった。
源氏は夕霧と雲井雁のことをそこまで言うと、大宮に改めて話を変えて、
「実は、内大臣が昔世話をされた女の娘さんがどうも、私の思い違いがございまして、予想もしなかったところで捜し出しまして手許で育てているのでありますが、その時は、その娘や関係の女房達も「そんな間違った事である」と言ってくれなかったものでしたから、それ以上の詮索をすることもしませんで、ただ私は子供が少ないものですから、それを口実に、私の子供として何かまうものかと事の大事を考えずに、少しも親身な世話もしませんで、年月が過ぎました。ところが何処からお聞きになったのか、帝から仰せになることがございました。冷泉帝は源氏に、
「内侍司の長官の許で働く内侍が止めてしまい今人がいない、それで内侍所の職務が整理も秩序もなく、女官なども仕事の指示をあおぐ内侍が居ないために、どうしてよいか動きようが無くて困っている。現在、年老いた内侍の典侍二人と、外に又、当然に尚侍になる事のできる人達が、それぞれ尚侍にと申し出ているが、てきぱきと事を処理できるような立派な人を選ぼうとしても、その適任者がいない。やはり、高位の家柄で、そこの娘の世間の評判も軽くはなく、家庭内に問題を抱えていない者が、昔から尚侍となっている。仕事ができて賢い娘という選考ならば、高位の家の娘でなくとも、長年の典侍としての勤めの功労によって昇任する例もあるが、いまのところ、『その点に該当する人もいない』というならば、せめて一般の世間の声望ある者を選ぶことにしょうとおもうが、玉鬘はいかがな者か」
と内々にお言葉がありました。玉鬘を宮中に差し出すことは「とんでもないことだ」と、私はどうして思いましょう、とても適任と考えています。
宮仕えというものは当然女御とか更衣となるべきはずの理由で、身分の高い人でも低い人でも、上下を問わず帝の寵を得て添い寝をし、それを機にときめこうと心がけ望んで、宮仕えに出るのが、いかにも理想が高いという事なのである。それが表向きの公務として、内侍所の事務を扱い、公職に関する用向きを処置し、整理するような事は、外から見ては、何でもないつまらない浅薄な事のように、自然思われましたけれども、そうとは限りません。ただ、どのような勤めであっても、当人の人柄が自分の出世を左右するものと思い。それならぱ玉鬘を宮仕えに出そう、と決心しました。そこで彼女に年齢を尋ねましたところ、内大臣の隠し子で、お引き取りになるはずの娘であることが分かりましたので、そのことを説明し、裳着の腰結役を依頼いたしましたところ、大宮様のご病気のことが分かり、それを理由に腰結役を辞退されました。それでは仕方がないと裳着を中止しようと思っていたのであるが、幸い大宮の病気も平癒日かずいたことを源氏は知り、
「やっばり、このように思い立った機会に、ご病気もよろしいようでですから、玉鬘の裳着を実行しますから腰結役をよろしくと内大臣にお伝え下さいませ」
と大宮に申し上げた。大宮は源氏から思いもかけないことを聞き少し驚いて、
「なんとまあ驚きました。どうしたことでありますか。私にまた一人孫娘があるとは。内大臣は、いろいろとこのように名乗って出て来る者を、何の疑いもなく引き取っているそうですが、玉鬘というその娘はどのような考えで内大臣の子なのに実父には行かず、間違えて貴方の所に名乗り出たのでしょうか。最近あの内大臣がわが子捜しをしているという噂が耳に入らず、源氏様のお子になったのでしょうか」
と、大宮は少し不審に思って源氏に尋ねた。
「このことにはそれなりの理由があるようです。詳しい理由は内大臣も自然とお分かりになるでしょう。家柄もない常人の女との交際に存在するものと似たようなことが、ごたごたして年を遡って煩わしい事情がありますから、大臣も外聞が悪くて、仮に事情を明かしても、喧しく人が噂するでしょうから、このことを息子の夕霧にさえ、まだ玉鬘の事情を知らせておりません。ですから大宮様も他人にはお漏らしになりませんように」
と、源氏は大宮に固く口止めをするのであった。
内大臣に母親の三条大宮から使者が向かい、源氏太政大臣が三条宮にお越しになっていらっしゃるから至急こちらに参るようにと伝言があった。内大臣はそれを聞き、
「大宮の所は女房や下働きの者が少ないので見すぽらしい中に、いつも物々しい出で立ちの源氏太政大臣を迎えさぞや慌てていることであろう。源氏の御供の衆を中門などに出迎えてうまく接待しているだろうか、源氏の御座席を設けととのえる女房達も、気がきいててきぱきとする者はいないだろう。夕霧中将は、お供で来ていることだろう」
作品名:私の読む「源氏物語」ー40-行幸 作家名:陽高慈雨