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私の読む「源氏物語」ー39ー野分

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 と夕霧は源氏と玉鬘の睦みごとを考えた。さらに夕霧は昨日見た紫上の容姿と玉鬘を較べてみると様子は玉鬘が見劣りするけれども、玉鬘を見るとなんとなく嬉しくて自然に頬笑まれる彼女の容姿は、紫上とたしかに引けを取らぬと夕霧は見ていた。本当に玉鬘は、満開の八重山吹が咲き乱れている中に、露が降りてそこに夕日が当たっているという光景を玉鬘を見た夕霧は想像していた。秋の季節に山吹とは合わないたとえであるけれども、タ霧にはやっぱり、そのように自然に思わたのであった。しかし花というものは見栄えのする美しさも限りがあって、ぼさほさになった花蘂なども、醜く交るものである、。玉鬘の容姿が美しのは何にも例えることが出来ない。玉鬘の前にはお付きの女房もいない、源氏は、しんみりと玉鬘とひそひそ小声で話しをしている間は真面目な態度であった、源氏は立ち上がった、すかさず玉鬘は、

 吹き乱る風のけしきに女郎花
     しをれしぬべき心地こそすれ
(吹き乱れる風の様な貴方のあまり淫らな私への態度に女郎花の私は、萎れてしまい、きっと死ぬに違いない気がします)

 風を源氏に女郎花を玉鬘自身に例えて詠ったのを、夕霧は詳しく聞こえなかったが、源氏がその歌を口に出して読むのを夕霧は、はっきりと聞き取れないままに聞くと、父源氏がねたましくはあるものの玉鬘との仲に興味を感ずるので、見てはならない事でも、やっぱり最期まで見届けたいと思うのであるが、自分の居る位置が近すぎると源氏が思うであろう、と夕霧はその場を去った。その間に源氏は玉鬘にお返しを詠った。

 下露になびかましかば女郎花
     荒き風にはしをれざらまし
(表面には現われない、ひそかな露である私に靡くならばよいであろうに、そうすれば女郎花も荒い風には萎れず何の苦労もしないであろうのになあ。)
 あのなよ竹を御覧なされよ。風に靡くからこそ折れませぬ、だから苦労もない」

 など聞えたのは、玉鬘が強情で自分に靡かないからこそ苦労もするのであると、言う意味を込めていた。いずれにしろ他人が聞いたらこの歌のやり取りは綺麗なものとは思わないであろう。

 そのまま源氏は花散里の屋敷へと向かった。今朝の寒さから冬支度を思い出しての俄仕事であろうか、裁縫などする老女房達が花散里の前に多くたむろして、大勢で細櫃のようなものに真綿を引きかけて、真綿を引き延ばしている若い女房も居る。 その周りに綺麗な黄色にやや赤味のある朽葉色の、地の薄い織物、紗、絽、羅の類で流行の紅色で、砧で充分に打って光沢を出したうす物などを花散里は打ち広げていた。訪れた源氏はその有様を見て花散里に、
「それらは夕霧中将の下襲の用意か。折角用意しても、帝の御前における壷前栽の宴もこの暴風のおかげで開催されるかどうか。このように吹き散らされては催しどころではあるまい。草花も見るところがないほど惨めなものになってしまっているよ」
 と言いながら源氏はそこらを見回すと、どういう物に仕立て上げられたのであろうか、様々の絹織物の色彩などが、大層綺麗であるから。
「このような染色技術は紫上は巧妙であるが、その紫上にも花散里は劣らないなあ」
 と、源氏は思う。源氏の着ている直衣である花の模様を織り出した絹織物を、最近摘み取ったつゆ草やべに花で、花散里がちょつと薄く染め出した色の二藍は、大層申分のない色をしている。源氏は、
「夕霧にこそ、このような色に染めて着せて欲しい。この二藍は、若い人の色合で、夕霧には似合うように思う」
 と花散里に言って、そのまま源氏は自分の屋敷に帰っていった。
 うるさい面倒な婦人方を台風見舞に、源氏がまわる御供に付いて歩くので、夕霧は何という事なく心が不快になり、雲井雁や惟光の娘で五節の舞姫となった綺麗な娘達に送らなければならない文を朝早く書けず、日が高く上ってしまって遅れてしまったと考えながら、明石姫の所に参上した。姫の乳母が、「姫様はまだ紫上様の所におられます。昨夜の大風におびえられて、今朝早う起きあがれませんでした」 と夕霧に告げる。夕霧は、
「野分が荒れ模様であったから、明石姫君の許に宿直して警戒 申しあげようと、昨夜私は思ったのですが、三条の大宮が恐ろしがっておられたから、三条宮の祖母大宮の許に居りました。姫君のお気に入りの雛の御殿は、被害はなかったでしょうか」
「姫君の御殿の被害は」と夕霧は言うべきを、「ひいなの殿」などと、酒落て言ったから、お付きの女房達は笑い出したのである。女房達は、
「扇の風が吹いてくるだけでも、明石姫君は、大変な事として御心配なさるのに」
「殆ど、今少しで御殿が潰れるのではないかと思うほど、風が吹き乱れました」
「この雛の御殿の世話に困っておりまする」
 などとそれぞれ口々に夕霧に語る。夕霧は雲井雁や惟光の娘への文のことがあるので、女房達の話に付き合っておられず、女房の一人に、
「そんなに立派でない紙がございますか。それと女房方の御部屋の硯とを貸して欲しい」
 と、女房達に頼むと、明石姫の置戸棚の所に寄って行って、女房達は、姫君の御料紙の巻紙一本を硯の蓋の中におろして、夕霧に渡した。
「いやいや、そんな姫君の御料紙のような立派なものでなくてもよい。これでは恐縮です」
 と固辞するのであるが、明石上の地位を考えてみるに、夕霧はこのようなことに遠慮することはない気がして、文を書き始めた。夕霧は、明石姫君は将来后になる方であっても、その母の身分は高くないから、それ程恐縮する事はないと思ったのであった。 女房から貰った紙は紫がかった薄紙であった。墨を注意してすり、筆の穂先を見ながら気をつけ念入りに書き、筆をやすめて考え又書いて、思考しながら書いている様子は、大層立派である。そうであるけれども夕霧は、紀伝道の儒学者出身であるから妙に型に固定して、面白くない文面である。雲井雁へは、

 風騒ぎむら雲まがふ夕べにも
      忘るる間なく忘られぬ君
(野分の風が吹き荒れ、群がった暗雲の飛散して来往する晩でも、私は、君を忘れることなく、又私の忘れる事のできない君なのである)

 と詠って、風にもまれて吹き折れた萱につけたので、女房達はそれを見て、
「あの美しい交野の少将のよう」
「いかにも、紙の色と同じ色に合わせて、それを結び付ける花の折枝を、揃えなさるのでござりましょう」
 と紫の紙であるのに、萱は紫でなくて違っている事を、女房達に夕霧は言われて、
「それ位の色の事も、私は分別がつかないのであったよ、この野のあたりに咲いている花であるかなあ。女房達が何と言っても、野分の過ぎた許りの今日、それは困難であろう」
 と、夕霧はこのような女房達にも言葉数が少ないように思われて、女房達が気を許して話しかけるのも夕霧はそれに応ぜず、大層生真面目で、気品がある態度であった。もう一つ文を書いて二通を家人の右馬助に渡すと、右馬助はそれを気の利いた童と、夕霧の随臣の一人に渡し小声で何かを命じる、その姿を若い女房達は、胸をどきどきさせて夕霧の消息文の行先を知りたがっていた。