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私の読む「源氏物語」ー39ー野分

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 と言いながら起き出したようである。蔀を隔てているのでどういうことか分からないのであるが、源氏が紫に言う声は聞こえてくるのであるがそれに答える紫の声は聞こえないで、源氏が笑いながら、
「貴女に一度も味合わせたことがない朝の早い別れであるよ。タ霧にはやぱやと起されて今もし、暁の別れを体験するとすれば、それは、貴女にはつらい事であろうよ」
 と、暫く二人で何かを話している様子であるが、夕霧にはとても優雅な二人の間柄に思われた。紫の上の声は聞こえないが、ほのかに冗談を言っている言葉の様子で、夕霧は、
「水も漏らさぬ親密な夫婦の間柄であるなあ」
と夕霧は源氏と紫の戯れ言に聞き入っていた。 
 源氏は自分で蔀を開いた。側近くにいた夕霧は遠慮して少し離れた。源氏は、 
「どうした夕霧、昨夜は大宮様はお喜びになったであろう」
「そのように大宮の祖母様はお喜びになりました。お祖母様は些細なことでも涙を流されます、それがお気の毒でたまりません」
 と夕霧が源氏に言うと、源氏も同じように思っていたのか、
「大宮様はもう長くは生きなされまい。だから今の間に細やかに孝養を尽くしておかねばならない、お前は毎日お祖母様の許に顔をお見せしなさい。内大臣は、大宮様の実の子供ではありながら、細かく行届いた面倒は見ておられないようである、いかにも、大宮様はかつて私に気に病んでこぼしておいででした。内大臣はお前の伯父ではあるが、性格は不思議に派手好みで表面を見よくするようであり、男らしく見せようと細かい目立たぬ事などに身を入れないので親に孝養を尽くすということなど、目だった表面的な大袈裟なことを考えていて、人が見てびっくりさせようという気持があり、本当に心の底からしみじみと、親身に世話をするなどいうことは無い人で、というのが元々あの方の性格なのだ。そうではあるが、内大臣は、心の奥の色々な考─秘策とか策略─が多く、大層賢明な人で、十分、文オも本才も比類なくわずらわしいものの、人間として、内大臣程このように欠点がないという人はなかなか居ないもので、だから内大臣をあまり咎めることは出来ない」
 と夕霧に言って聞かせる。
「ところでこの恐ろしい暴風に秋好中宮には誰かがお付きしていたのであるか」
 と源氏は心配して夕霧を使者に立てて中宮の見舞いに行かせた。見舞いの言葉は、
「夜のあの強き風の音を中宮はいかがお聞きになられました。暴風が吹き狂うておりました際に、暴風と同時に、風邪気味にちょぅどなりまして、私は今、大層苦痛に堪えかねておりまするから、お見舞いが出来ませぬ」
 と夕霧に伝言を言わせるようにした。
タ霧の中将は辰巳(東南)の御殿にいる源氏の前から下って、庭を歩いて、末申(西南)の中宮の御殿の方へ行き、中宮方の寝殿と東の対の間の廊下の戸口からあがって秋好中宮の御殿にと向かった。
ほんのりと明るくなってきた朝の夕霧の姿は、大変優雅で美しい。夕霧は秋好中宮の東の対の南側に立って中宮の寝殿をずっと見回すと、蔀を二間ほど上げて、ほんのりとした朝明けの頃であるので誰も人はいないだろうといつもは降ろしてある御簾が巻き上げられ、女房達が何人かがそこに居た。また、簀子の外側の勾欄に押しかかりながら若い綺麗な女房達が何人かが見えた。夕霧の目には夜明けのほの暗さの中で様々にくつろいだ女房の姿は、近くで見れば又違うであろうが、遠目ではどの女房がどうと言うこともなく美しい、と見えた。中宮は女童達を庭に降ろして籠の虫に夜露を与えるようにさせていた。
 童達は七、八月頃に着用する薄紫でやや青味のある紫苑色や撫子の淡紅色や紫色の濃い色や薄い色の袙の上に、表が黄、裏は青である襲の色目の女郎花の汗衫などの着物を着て、季節に似合った服色の様子で四五人づつ連れもってここ彼処の草むらに入っていろいろな籠を下げて草むらの中を右左へとさまよって虫に露を与えていた。撫子などの花が暴風で吹き飛ばされているのを拾たり、折れて散乱する枝を集めたりしている朝霧の中を舞うように動く姿はとても艶やかに夕霧には見えた。
 タ霧の居る東の対の南側に吹いて来る、夕霧を追う追風は、特別に匂わない紫苑の花でもすべてが庭に匂うている、その匂うてくる煉香の薫りも、どれも、秋好中宮が香をたきしめた御衣に接触された、その御衣の香を伝えているようにに吹くのであろうかと、良いように想像するダ霧は自然に緊張してきて、このままでは女房達の前には出られないと思うのであるが、それでもそうっと小声で挨拶の言葉を言いながら東の対の南側から姿を現すと、中宮の女房達ははっきりと目だって驚く様子ではないけれども、みんな奥の方に滑り込むようにして入ってしまった。
 秋好中宮が内裏に上がる入内の頃には夕霧はまだ幼い童であったので中宮の御簾の中には自由に出入りをしていた、中宮も夕霧を可愛がっていたので中宮付きの女房達も夕霧を幼いときから見知っていたので、今回急に夕霧が現れても他の男が現れるのとは違って割合平気であった。夕霧は中宮に父源氏の見舞いの言葉を伝えた後、夕霧とは童のときから親しい宰相の君、内侍などが中宮の側に付いているので、夕霧とこの女房達との個人的な話を小声でしていた。これはこれとして、そう紫上は類なく美しいとは言うけれども、誰が何と言うても、秋好中宮が、何事にも上品で気高く中宮らしく暮している生活ぶりを見るにつけても、夕霧は、紫上のこと雲井雁のことが何となしに思い出さずにはいられない。夕霧が帰ると、源氏と紫上の南の御殿には蔀を、こちらから向うまで全部上げて、昨夜、そのまま見捨てることが出来なかった美しい花々は、その美しさはどこかへ飛んでしまって萎れて倒れてしまっているのを、源氏と紫が並んでじっと見つめていた。そこへ階段下に夕霧が帰ってきて秋好中宮の返事を伝えた。
「此方に来られてこの暴風を防いでいただくと思っていました、子供のように心細く、私は、自然に思いましたが、おいでなさいませんでした。しかし御使を賜わったので、いかにも今は、動揺していた心も、おだやかになりました。」
 と口頭で中宮の言葉を伝えた。源氏は、
「不思議に、秋好中宮は、気が弱いお方である。女同士では暴風は恐ろしいことである、しかも夜の嵐である。本当にその通り、見舞ってあげない私を不親切であるとまあ思われたことであろう」
 と言って暫くして秋好中宮を見舞いに行くことにした。そのため着替えをしようと御簾を上げて奥に入っていく、夕霧が見ていると、御簾の奥に丈の低い几帳を近くに引き寄せて、その端から、ほんの少し許りこぽれて見られる袖口は、「いかにも紫上であろう」と思うと夕霧の胸が興奮して 「どきどきどき」と鳴る気がするにつけても、情なく浅ましいから、わざと外の方に目をやってよそを向いていた。源氏は鏡を見て小声で紫に、
「夕霧の朝の姿は我が子ながら上品に見える。夕霧も今はまだ子供じみているはずの年頃であるけれども、既に整うて気がきくと見られるのも、藤原兼輔の『人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな』の歌が忍ばれるようであるな」